第14話 発覚 1-2

 美来たちが再びテレビ局にやって来たのは一二月の頭の土日で、女優の片桐葉月やタレントたちの忙しいスケジュールを縫っての撮影になった。

 特に売れっ子の葉月はバラエティー番組撮影後、すぐに次のドラマ撮影が控えているため、失敗による撮り直しが利かないと聞かされた。


 番組は年が明けた三日ごろに放映されることが決まり、休日でもあり、家族が揃ってテレビを見るゴールデンタイムに流されると聞いて、Des Canaillesのメンバーたちは、失敗したらどうしようと震えあがった。

 ムードメーカーの理久は、昨日までは、大丈夫だって、俺に任せろとみんなを鼓舞していたのに、本番の今日は、仲間と共に緊張した面持ちになり、楽屋が並ぶ廊下をぎくしゃくしながら歩いて行く。


 ロボットみたいな理久に気合を入れるため、美来がポンと理久の背中を叩いた瞬間、理久がわっと声をあげて跳び上がった。その勢いに他のみんなもドキリとしたが、あまりのリアクションに三人が同時に噴き出した。


「心臓が止まったらどうしてくれるんだ。ほんと、びっくりしたんだぞ。おい、お前ら、いい加減に笑うのやめろよ。撮影中に飛び上がるような仕返しをしてやるぞ」


 理久が向きになればなるほど、三人が笑う。

 未来と渚紗も涙を流しながら、もう喋らないでと訴える。

 幸樹までも、笑い過ぎて腹が痛いといいながら、まだ笑っている。

 仲間の笑いに理久がつられた。みんなの緊張が和らいで、Des Canaillesのメンバーはいつもの調子を取り戻していった。

 

 以前出演したときののクッキングは、お題がその日に与えられるという設定だったため、理久たちは下ごしらえの要らないものを作ったが、今度はゲストに本格的なものを食べて欲しいと桧山に話したところ、即承認された。そのためDes Canaillesのメンバーは、前日と本番二日間に渡っての収録となる。


 一日目の収録は、美来たちが初めてテレビ局に見学をしに来た時に、スタジオを案内してくれた女性ディレクターの上野が受け持つことになった。

 料理はできないけれど興味があるという言葉通り、理久たちが作っている最中に質問を入れたり、手際の良さを褒めたり、歓声を上げて場を盛り上げる。


 美来がパイ生地を作る様子を覗きに来た上野は、勘の良さを発揮してみせた。

 美来がバターと粉をフードプロセッサーで混ぜ合わせる時に、最初は一気に回さず、タン、タン、タン、と短くスイッチを入れたり切ったりするのをカメラを呼んで収めさせたのだ。プロではない美来たちに、質問を浴びせることで料理の邪魔しないように心がけていることがわかり、美来たちは安心して料理に集中することができた。

 渚紗や幸樹も、下ごしらえで重要な個所になると、これ映してくださいと気軽に声をかけ、収録はスムーズに進んだ。


 今日は二日目の収録日にあたり、前日下ごしらえをしたものを仕上げて、葉月たちに食べてもらうシーンを撮る。四人は出演者に挨拶するために控室を回ることになった。

 まずは、最初に片桐葉月の控室を訪れ、理久が挨拶を述べてから、他の三人が頭を下げる。葉月はにっこり笑って、理久に期待してるわよと言った後、美来に顔を向けた。葉月の視線を受け止めた美来は、知らずに身体に力が入り、葉月の口から飛び出すであろう辛辣な言葉に備えた。 


 日本全国に知れ渡る大物女優をおばさん呼ばわりしたのだ。何を言われても仕方がないと思っていると、葉月はただフッと笑ってあなたもねと言う。

 何が私もなのだろうかと考えて、葉月が理久に賭けた言葉「期待している」に思い当たり、胸が熱くなった。

 言葉に詰まって返事もできないまま、理久に背中を押されて控室を出る。途端に緊張感が解けて、廊下に座り込みそうになった美来を理久が支え、良かったなと飛び切りの笑顔を見せた。

 この笑顔を番組の終わりにも見られますようにと心で願う。美来は今までで一番美味しいデザートを作ろうと心に誓った。


 タレントは売れっ子かそうでないかによって、一人部屋だったり、相部屋だったりと待遇が違うようだ。四人が楽屋を尋ねて挨拶をすると、テレビの露出度が多い有名人も、少ないピン芸人も、みんな笑顔で頑張ってねと応援してくれた。


 渚紗はファンのお笑い芸人と握手ができて大はしゃぎをしてしまい、幸樹に注意をされてしゅんとなる一場面もあったが、ファンだという気持ちを素直に出せる渚紗をお笑い芸人たちは気に入ったようだ。

 ちゃっかりサインをもらい、写真まで撮らせてもらって、渚紗は大喜びをした。


「ねっ、みんな芸能人って気さくな人ばかりだね?」


 渚紗の天真爛漫な発言に、芸能人を見慣れている理久が答えた。


「俺たちがお笑いとは無関係の中学生だから、ライバル視する必要がないんだろ。しかも美味しい料理が食べられて、正月のゴールデンタイムに出演できるとくれば、彼らには願っても無い仕事なんだと思うよ。だからテレビ慣れしていない少年少女を気持ち良くさせて、雰囲気を盛り上げようとしてくれるんだろうな」


 理久って大人と感心する美来に、渚紗が擦れてるのよと口を挟む。達観してるよなと呟いた幸樹を指して、理久が渚紗に、彼氏の方がよく分かってると言ってからかった。


 時間はあっという間に過ぎ、収録前の最終確認が始まった。

 脚本を持ったADやディレクターが、司会者の立ち位置の確認を行い、ホールスタッフやカメラマンたちに細かいチェックを入れる。ライトの当たっていない暗い部屋の隅でも、スタッフが動き回り、スタジオ内が一気に慌ただしくなる。


 スタジオの一段高くなっているところにあるのが、葉月やタレントたちのテーブル席だ。キッチンセットを見下ろせる席に座ったゲストたちが雑談を始め、笑い声が所々で上がった。

 天井の鉄骨の枠に備え付けられたライトが、誰もいないキッチン周りをこうこうと照らしている光景を目にした美来は、もうすぐここがDes Canaillesの戦場に変わることを想像して、一段と気を引き締めた。


 スケジュールが正月の三日に決まったと、みんなのスマホに知らせが入った時、誰もが正月の三日に放映するなら、お節を作るのかと思った。

 理久が桧山に問い合わせたところ、お節に飽きるころだから、洋食の中でも得意のレシピで構わないと言われて、全員がホッとした。


 美来は、せっかくなら新年に関係するケーキを焼きた位と思い、スマホで調べたところ、ガレット・デ・ロワというフランスのケーキがヒットした。

 一月六日の公現祭(キリスト教の祝日で東方の三賢者がキリストの誕生日を祝って訪問・礼拝したと言われる日)に食べるケーキらしい。

 直訳すると王様のお菓子と呼ばれる王冠を冠った丸いケーキは、アーモンドクリームが入ったパイ生地のお菓子で、中にフェーヴという小さな陶器の小物が一つ入っている。昔は本物のフェーヴソラマメを入れたのだが、今は名前だけが残り、陶器の人形や、小物に姿を変えていった。


 切り分けたケーキの中からフェーヴが出てきた人は、王冠をかぶってみんなから祝福を受けることができ、一年を幸福に過ごせるという言い伝えがあるので、ケーキを食べる時には、自分のところにフェーヴが隠れているようにと、誰もが期待に胸を弾ませるそうだ。まさに正月番組に相応しいと思い、美来はガレット・デ・ロワを作ることに決めた。


 食材を用意してもらうために、メニューは理久たちのものと合わせて、あらかじめ紙に書いてディレクター宛てに送ったのだが、ガレット・デ・ロワに目を留めた桧山から美来に直接電話がかかってきた。


『美来ちゃん、お願いがあるんだ。葉月さんのケーキにフェーヴが入るようにして欲しいんだけれど、できるかな?』


『はい、多分できます。ドライフルーツを上に飾って、ひとつだけ違う種類を載せれば目印になります』


『そうしてくれる? この間は嫌な思いをさせてごめんね。葉月さん、以前に可愛がっていた子役の女の子に裏切られたことがあってね。ちょっと思い出しちゃったみたいなんだ。本人は反省していたから許してやって』


 美来には、それが番組のために桧山がついた嘘だと分かっていたが、理久のために、あと一度の収録を穏便に済ませたい気持ちがあったので、素直に応じた。


『いえ、……私も酷いことを言ってごめんなさい。収録の日はよろしくお願いします』


『こちらこそ、よろしくね。期待しているから頑張って』

 

 あの時、桧山が電話で言っていた葉月の反省は、絶対嘘だと思っていた。

 でも、先ほど楽屋であった葉月は、桧山の言葉を裏付けているような態度を見せた。何もかもマイナスに取る自分が恥ずかしくなり、せめて期待に沿って美味しいケーキを焼き、葉月に少しでも認めてもらいたい気持ちが湧いてきた。


 スタジオ内のキッチンの真ん中に置かれた大きな材料台の中心には、細身で背の高いゴージャスな台座が据えられ、足元を隠すように生花が活けられている。デコラティブなトップの台座には、ガレット・デ・ロワに載せる王冠が置いてあった。通常は紙で作った王冠なのだが、ここにあるのは本物と見紛うばかりの黄金の美しい王冠で、その横には小皿に載った陶器のティディベアがライトで光輝いている。フェーヴの代わりの小さなティディーベアは、葉月に届けられる予定だ。デザートと共に気に入ってもらえることを美来は願った。


 番組前のチェックが終わり、収録スタートに向けてのディレクターのカウントダウンの声が、静まり返ったスタジオに響く。

 Des Canaillesのメンバーは、カメラの前に整列すると、高座に座る葉月たちに向かってよろしくお願いしますと頭を下げてから、キッチンの持ち場へと散っていった。


 まず、美来が向かったのは冷蔵庫で、そこから黄色っぽいパイ生地と、白っぽいパイ生地二つを取り出して、のし台の上に置いた。

 パイ生地は材料を混ぜ合わせた後、麵棒で伸ばして長方形の形に折りたたみ、冷蔵庫で寝かせなければいけないので、昨日美来は、デトランプと呼ばれるバター生地と、ブーマニと呼ばれる小麦粉と水を混ぜ合わせた生地を作るところまでを済ませて冷蔵庫に入れた。


 今日はその続きで、美来は、長方形に折りたたまれたデトランプの生地を、麵棒で細長く伸ばすと、たたんだままのブーマニを包み、裏で継ぎ目を合わせる。その上に麵棒を押し当て、継ぎ目をなくすように伸ばし始めた。


 バター生地はライトの熱と手の熱で、容易に柔らかくなりすぎてしまうので、素早い作業が必要だ。グッグッと麵棒に力を入れて長方形に伸すと、三つに折りたたみ、次は伸ばして四つ折りだ。

 そしてラップに包むんでもう一度冷やすことが必要だ。時間が限られているため、生地を二〇分だけ冷凍庫入れて素早く冷やすことに決め、大きな作業台の下に置かれたお菓子専用の小型冷凍庫冷に向かった。その途中で、前菜の飾りを取りに来た渚紗と鉢合わせて、立ち止まってしまう。


「ごめん美来、お先にどうぞ」


「ありがとう。昨日のスタジオはクッキングだけだったから動線が良かったけれど、今日はちょっとやりづらいね」


「うん、気を付けないと、ぶつかっちゃいそう」


 今日のスタジオでは、理久たちのフレンチ料理と美来のデザート、そしてゲストたちを効率よく映す必要があるため、キッチンの真ん中の材料台に全ての調味料や食材が集められている。隣どうしで立っている美来と渚紗の動きが重なり、今みたいにぶつかりそうになることもある。お互いに気を付けようねと言葉を交わし、それぞれの目的の箇所へと急いだ。


 真ん中の材料台を囲うように調理台やコンロが設置されているのは、Des Canaillesのメンバーが、材料を切ったり、盛ったりする場面や、鍋やフライパンで調理する際の作業中の表情がカメラに映りやすいようにするためだ。特にコンロはゲストに見えやすい位置に置いてあって、火が立ち上る様子を楽しめるように配慮されていた。

 今、ゲスト席には、理久が昨日作って冷やしておいたコンソメジュレが、前菜として配られ、ゲストが、おいしそうと声をあげている。賑やかなステージの上に、渚紗が小箱を持って行って司会者に渡すと、その中から一本ずつ引いて、ジュレに飾ってもらうように頼んだ。


 かわいい調理服に身を包んだ渚紗が、何を運んできたのかと、ゲストたちは興味津々で、我さきにと中を覗き込もうとする。司会者が派手な動作で追い払い、小箱を最初に葉月に渡して中身を引かせると、隣の席に回した。司会者が順番にと言い終わらぬうちに争奪戦が始まった。


「何これ?お子様ランチの旗みたいでかわいいわ。あら、富士山が描いてある」


「どうやら初夢くじを兼ねた旗のようです。葉月さんは運が強い。一番良いものを引かれましたね。どうぞジュレに飾ってください」


 司会者がにこやかに言うと、隣の席から、なすびよ、なすび! とおかまキャラ芸人が旗を振って大騒ぎをする。


「いや~ん。なすびだって。ス・テ・キ」


「おーい。鎌田。ゴールデンタイムの放送なんだから、下品なこと言うなよ」


「私、ひよこが描いてある。なんで? 鷹じゃないの? ひよこって何?」


「芸のレベルがひよっこだから磨けっていう意味じゃないのか?」


 スタジオ内は、旗をめぐってトークバトルで大盛り上がりを見せている。ゲストに料理を待ってもらっているときも、何か楽んでもらえないだろうかと、昨日スタジオに来る途中で美来と渚紗が話し合い、急遽小道具係に作ってもらったのだ。


 ようやく全員が旗を飾り終えたジュレは、小エビの姿や、パプリカの赤や黄色に彩られ、見た目は爽やかだが、ぎっしりと旨みが濃縮されていて、ゲストの胃をいたく満足させたようだ。美味しいと感嘆する声が聞えた。

 ゲスト席がある段から降りてきた渚紗に、理久がオードブルを皿に盛ってと指示を出す。幸樹はスープに取り掛かっていて、二人は目を合わせると、順調な滑り出しに、にっこりと微笑みあった。


 渚紗がセンターの台に積んであるオードブル皿を取ろうとした時、細長い皿の端が誤って中央にある飾り台を引っかけてしまい、背の高い台が傾いた。

 ちょうど、カスタードクリームの材料を取りに来た美来が、傾いた台から滑り落ちる王冠をキャッチしようとして手を伸ばす。加えて陶器のティディーベアを載せた小皿までが勢いよく滑り、ティディーベアが空中へと飛び出していく。慌てて掴もうとした渚紗の指に弾かれたベアが、弧を描くように上に上がった。


 フェーヴにするティディーベアは、今日のデザートには絶対に欠かせない。陶器でできているそれが床に落ちた瞬間、粉々に砕けてしまう様子が二人の脳裏をかすめ、渚紗と美来があっと叫んだ。

 その声に振り向いた幸樹が、ダッシュしながら手を伸ばして、すんでのところでティディーベアを掴む。だが、無理な体勢からバランスを崩して渚紗にぶつかった。自分より体格のいい幸樹にぶつかられた渚紗は、王冠を片手に飾り台を抑えようとしていた美来をも巻き込んで、台の上にあった調味料類をなぎ倒してしまった。

 派手な音がして、床に砂糖や塩の入った入れ物が転がり、床の上が真っ白になった。


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