第二章 大路祥子でーすっ!

第7話 後輩登場

「本日から営業部に配属させて頂きます、大路祥子です」

 ここまでは普通の挨拶。

 初々しい黒のリクルートスーツと白いブラウス。

 笑顔が眩しい。

 でも、その後が問題。


「友達からは、オーショーって呼ばれてますっ! 今日から、オーショーって呼んでくださーい。どうぞよろしくでーす!」


 このノリ。

 学生あがりの陽キャたちの典型だろ。

 髪の毛はその明るい性格を印象付けるような栗毛色。いや、どちらかといえば金髪に近く、毛先にちかづくにつれてゆるく巻かれている。ばちっと大きな二重の瞳がチャームポイント、常ににこにこ、なんだかこちらまで楽しくなりそうな新入社員の女の子。

 この子が俺の初めての後輩になる。

 その第一声がこちら――


「名前が一二 三ひとに みつってまじうけるんですけど」


 あはははと腹を抱えて、やだなーもうって感じで肩を叩かれた。のっけから先輩感0。0過ぎてこっちもうけるんですけど。あははとは笑わないけど。


 時を遡ること、1ヶ月前――


 課長に呼ばれて会議室に向かうと、おめでとうと一声かけられた。

「来期からお前も主任に昇格だ。今までは仕事を覚えることが多かったが、これからは後輩指導にあたってもらうから、そのつもりでな」

「はい」

「まあ、肩ひじ張る必要はない。だが、これからは自分だけでなく、人の成長もサポートしていかなくてはならないから、がんばれよ」


 後輩指導……

 この俺にも、後輩という存在が。期待に胸を膨らませ、かつ人を育てるという責任感の重さに身が引き締まる。

 彼、彼女(この時はまだわかっていなかった)の将来が俺の双肩にかかっている……っ。


 と。


 思ってたんだけど。


「先輩って、皆からなんて呼ばれてるんですか?」

 にこにこ、ずいっと顔を近づけ、

「ひーさんでいいですか? それとも、みつさん? はたまた、ワンツースリー?」

 はははは、まじでうけるんですけど―っと、腹を抱えて再び肩を叩かれる。


 どこの会社でもそうだが、当社も多分にもれず配属前に、まずは入社時教育というものを受ける。業務はさておき、会社の歴史、組織構造、福利厚生の説明がメインになる。新卒面接において、学生たちは会社のHPなどを参考に面接に臨む。だが、はっきりいって外に公表している情報というものは当たり障りないことだらけ。内部情報というものは入社して、組織の一員とならなければわからない。そのため、この入社時教育で、一通りの内容を改めて説明されるのだ。


 そこで一番重要視されているのが――社会人としてのマナーである。


 はっきりいって、学生がご大層な資格やら特技、研究を履修していたとしても、何の役には立たない。即戦力というものは、ただの言葉であり、実戦向けではない。

 目上の人には礼儀を払う。

 元気に挨拶。

 名刺の渡し方。

 電話の応対。

 諸々――

 このような基礎的な事項を徹底させる目的がある。

 基本こそが全ての基本であり、基本を疎かにする人間に仕事はできない。

 なんだか、早口言葉かつ禅問答のようでもあるが、それは真実に近い。俺も入社してからことあるごとに、そう教えられた。

 のだが――


「あたし、コミュ重視派なんで、先輩もあんまり気を遣わないでくださいね」

「お、おう……」

「喉渇いてませんか?」

「いや、別に」

「これ、新発売のジャスミン茶なんですよ。これ、マジで美味しいですから、今度飲んだら感想聞かせてください」

「わ、わかった」

「あ!」ぽんと拳を手のひらにのせて、「もしかして、先輩ってあたしが初めての後輩ってやつですか?」

「ま、まあね」

「はは~ん。いや~、ドキドキですね。先輩」


 おかしい。

 うちの人事部はちゃんと仕事をしているのだろうか。

 そう眩暈を感じずにはいられない。

 あとで内線電話で教育担当に確認してやろうかと鼻息まで荒くなってしまう。


 初日に見せた、あの初々しさを全力で体現するリクルートスーツはもう着ていない。既にあか抜けたオフィスカジュアルの装いだ。


「あたし、ばりばりやるんで。まずは格好から入るのが、自分流なんで」


 だ。

 そうだ。


「先輩、そろそろお昼食べにいきましょうよ。毎日、頭にいろいろ詰め込まれてるから、まじで糖分たんないし。残糖分2%ですよ。ってか、少なっ、みたいな。あはは。あたし、いいとこ知ってるんでっ」


 こっちこっち、早く~と軽いのりで手招きされる。さっきまで、得意先の状況やこれから提案する企画書を説明していたのだが、わっかりました―とこれまた軽~く返されてお昼休みとなる。

 絶対に、俺の話、聞き流してただろ。

 そんな俺の疑惑は、屈託のない彼女の笑顔にいとも簡単に吹っ飛ばされる。

 そうして、午前終業のチャイムとともに彼女に連れられて向かった先は――


「あたし、ここの餃子ちょー好きなんですっ」


 そう、ここは――


 餃子の王将だ。



――第二章 大路祥子でーすっ!――


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