Epilogue-2 進路


 ピピピピピッ。無機質な機械音が朝を告げる。

 クローゼットから少し埃を被ったブレザーを引っ張りだし、シャツの上から袖を通した。洗面台の鏡の前に立って、ネクタイを結ぼうとしたが、二回失敗した。

 充電が終わったスマホを見たが、どこからも連絡が来ていなかった。

 朝食は何にしようか、冷蔵庫を開けたが、空っぽだった。


「しまった……」

 恵に出会ってから、結局買い物は行けず仕舞いだった。仕方なく、インスタントのスープパスタにお湯を注いで、待つ間にテレビをつけた。


『昨日午前五時半ごろに佐世保市を震源とした地震発生から一晩が経過しました。佐世保市で最大震度4を観測する地震が発生しましたが、震源の深さが0・1Kmという観測史上最も浅い震源でした。また震源地が在日米軍基地の敷地内であったとのことです。地震の影響により、米軍の燃料タンクが全て爆発し、まるで空襲の後の焼け野原のような光景です』


 リポーターがカメラを誘導すると、おれと影森が戦った跡地が出ていた。これが、堀池が言っていた事後処理、というやつか。

『また爆発の影響か、浅い震源のためか、原因は調査中ですが、非常に強大な、地球を三周するほどの空振を観測したと、気象庁から発表されています』


 黄昏の破壊力は、そんなに凄まじいものだったのか。もし、影森がおれたちを殺し、もっと自由に力を使えていれば。考えるだけでゾッとする。

 スープパスタを食べ終わると、通学カバンに水曜日の時間割の教科書とノートを詰め込んで、黒いマフラーをして家をでた。いつも通りの近所の道。ふと、恵と出会った路地が目に入った。恵と楯山の戦いで、アスファルトがえぐれていたような記憶があったが、何事もなかったように綺麗だった。


 武蔵境駅について、いつも通り東京行きの列車に乗った。流れる車窓には、青空が広がっている。どこまでも透き通る、綺麗な色だ。佐世保と出雲は山が広がっていたが、改めて関東平野は広いんだな。

 住宅街が過ぎ去っていく中、徐々にビルが増えていく。気がつけば車内は人でいっぱいになっていた。みんな、スマホとにらめっこしている。


 行き先を表示する画面の隣のニュースは、佐世保の件で持ちきりだ。少しだけスマホを見ると、米軍の新型兵器の誤爆だとか、中国の工作員の仕業だとか、ネット上では色んな記事が錯綜していた。


 そして、新宿に着くと、洪水のように流れ出る人の後に、ホームにでた。相変わらず、人でごった返している。みんな、それぞれの人間関係があって、誰かと生きているんだろう。

 小田急に乗り換えなければ。そう思って歩き出した瞬間、対岸のホームに人がいた。


 おれは、その人を見逃さなかった。恵だ。綺麗なパンツスーツ姿で、左腕を包帯で巻き、頬には四角形の傷パッドが貼ってあった。包帯をしているからか、ジャケットを上に羽織り、その上からベージュのトレンチコートを羽織っていた。

 おれは、周りで人が行き来していることに気に留めず、恵に手を振った。そして彼女の名前を呼んだ。多分、他の人はみんなおれを注目しているんだろう。だが、そんなことどうでもいい。おれには、彼女とここで出会えたことが何よりの喜びだった。


 恵も、おれに気づいたようで、右手で優しく振り返してくれた。直後、大きな音を立てて電車が入ってきた。プシューと空気が抜ける音がして、人がどんどん入り込んでくる様子が見えた。

 すると、窓際に恵が立った。しっかりと彼女の姿が見えた。そして、少しだけ彼女は口元を動かした。


——またね——

 おれは、頷いた。多分、笑っていた気がする。そうして、その電車が視界から消えるまで手を振った。

 そうこうしているうちに、少し傷がついた腕時計で時間を見ると、いつも乗る藤沢行きの急行がもう出て行ったタイミングだった。しまった。遅刻確定だ。


 駅ナカの喫茶店で朝食がてらコーヒーでも飲みに行こう。そう思って一階に降りて、店の前まで行った。だがこんな時に限って店内はサラリーマンと、ラフな格好の大学生が籠っている。クソっ、素直に学校に行けってか。

 JRの改札を出て、いつも通り小田急の改札に向かった。


 いつも通り、急行に揺られて十八分。経堂駅にたどり着いた。降り立った小田原方面のホーム、あの事件から二週間近く経過しているんだな。少し、ホームを歩いた。あの時、飛び散った血は、綺麗さっぱりなくなっていた。あの時、親父が立っていたところにきた。反対側の新宿方面のホームを少しぼーっと見た。あそこにおれが立っていた。新宿方面のホームからチャイムが鳴ると、白いロマンスカーが通過して行った。


 学校に行かなきゃ。

 駅を出ると、案外静かだった。そりゃそうだ、生徒たちはみんな、もう一限目だ。

 おれだけが通学路を歩いている。なんだか不思議な感じだ。いつも一人だったが、周りは賑やかだった。

 校門は閉められていた。そうだ、忘れていた。遅刻組は裏門から入らなきゃダメだったんだ。


 ぐるりと学校の周りを一周して、裏口から入った。ふと、ベンチと桜の木が見えた。桐生先生とコーヒーを飲んだところだ。

 そして、校舎の三階、自分の教室にやってきた。だが、誰もいなかった。

 あれ、どうしたんだ。時計を見れば九時過ぎ。一限が始まっている頃だ。


 とにかく、自分の席に荷物を置いた。自分の椅子に座ったが、空っぽの教室だ。人も声も、気配もしない。

 おれは、とりあえず教室を出た。職員室なら誰かいるはずだろう。そして、階段を降りようとすると、人がいた。踊り場で、階段を登ろうとしたシャツにジャージ姿の板上先生だ。


「陽羽里! 退院したのか?」

 板上先生は嬉しそうに階段を登った。

「……はい、そんな、ところです」

 防衛省の根回しが効いているんだな。


「元気そうでよかったよ」

「板上先生、あの、教室に誰もいないんですけど」

「……ああ! すまん、陽羽里、連絡し損ねた!」

 板上先生は、前で手を合わせた。

「今日、冬休み前の終業式だったんだ」


 それから、板上先生に連れられ、全校生徒が集まる体育館に行った。後ろの方で、校長のスピーチを聞いたあと、クラスメイトと教室に戻った。

 流石に二週間近く顔を出していなかったからか、何人からか入院を心配する声をかけられた。だが、大体一言二言かわせば、それで終わりだった。


 そして、板上先生が冬休み関する説明をした後、時間は十一時前、大体三限目が終わる頃だ。これで解散となり、次に学校に来るのは年明け後になる。

 クラスメイトたちが教室を去っていく中。おれだけ板上先生に向かった。

「あの、板上先生」

「どうした? 陽羽里」

「進学しようと思って……教えてくれませんか、大学のこと」

 板上先生は、数秒固まった。瞬きを何度かした後、口を開いた。


「お、おう……おう! 勿論だよ。何かしたいことがあるのか?」

「はい。ちゃんと、魔法術を勉強したいんです」

 親父、恵、スカーレット。おれ、やりたいことが見つかったんだ。頑張ってみるよ。




〈ロストバゲージ 了〉

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ロストバゲージ 椎奈はづき @haduki555

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