Chapter5-6 激闘

「さて、次はお前だ」

 大男はおれの方を向く。ゆっくりと、一歩ずつ迫ってくる。さっき見せた俊敏性は鳴りを潜め、じっくりとおれを追い詰めているようだ。

「お仲間はこのざまだ」


 彼の両手にもう一度、光が灯り氷と炎が渦を巻いていく。おれは拳銃を向けた。今、驚異なのはどっちだ。クソっ、わからん、なら利き手を潰そう。右手であってくれ。

 俺は右手に向けて、トリガーを引いた。氷は砕け散る。大男は驚いたような顔をして、止まった。


「お前たちもAM弾を持っていたとはな」

 だが、一瞬で目の前に迫る。

「詰めが甘い!」

 自分に迫り来る炎を纏う拳。トリガーを何度も引き七回、光と破裂音が響いたが、なんの手応えもなかった。指先に力を入れるが、何の動きもない。ここで弾切れか。


「ちゃんと銃弾を数えるんだな」

 避けられない。咄嗟に両腕を前で交差させて受け止めようとする。視界が真っ赤に染まる。体が後方に飛んでいく。だが、思ったより衝撃はない。熱くないよう感じる。


 転がった体を起こすと、ジャッケットは土で汚れてしまったが、特に燃えたような痕跡はない。それに、不思議と体の底から力が湧いてくるようにも感じる。

「何、受け止めたと言うのか……お前も同じ火属性か」

 氷が迫る。ポケットに手を突っ込んで弾倉を取り出し、銃底に差し込もうとするが入らない。クソ、使用済みのものを出していない。


 眼前に青い光が走った瞬間、目の前に壁が現れた。

「晴翔!」 

 恵だ。おれは弾倉を捨てて、すぐに替えのものを装填してスライドを引いた。彼女はおれの隣に現れた。

「弾を込めたらやつの氷を集中して撃って。あの炎はスカーレットと私でなんとかする」

「わかった」


 恵は壁に赤い拳銃を向けた。スカーレットのものだ。刹那、空気を裂く音がする。壁は砕け、大男は吹っ飛んでいた。

「スカーレット!」

 恵が声を上げると。大男の後方に恵の大鎌を構えた彼女が迫っていた。

「チェストぉおお!」


 大鎌の刃は炎を纏い、大男に斬りかかる。刃が触れる瞬間、その巨体は一瞬で炎と化し、スカーレットが放った一撃はただ炎を斬った。

 大男は炎を突き破り、右手に氷を構える。ここだ。脇を締めて、銃口を向ける。

——In god we trust, All others we track——

 迷うな。必ずあの青い光に当てるんだ。射線上にスカーレットがいる。彼女なら、反撃を避けるためにズレる。そして、拳はそれを狙っている。


 今だ。このタイミングしかない。トリガーを三回引いた。バン! バン! バン! 吐き出された薬莢が地面に落ちると同時に、青い光は虚空に消えた。

 膝をついた瞬間、恵が迫る。赤い拳銃から吐き出されるのは炎ではなく、衝撃波だった。空を裂くその姿が見える。摩擦熱で空気中の水分が蒸発しているのか、空中に航跡がを描く。


「ぐううう!」

 大男は腹部から血が噴き出している。だが、それはすぐに凍って、大男が立ち上がる。だが、スカーレットの振るう大鎌は凍った部分を狙う。大きい右手に赤い光を燈らせると一瞬で巨大な火柱となった。丸太を振り回すように周囲を巻き込もうとする。


 焦るな。二人がなんとかするはずだ。炎ならスカーレットに、それに土を操る恵の力で燃焼させないように土で固めることもできるだろう。

 だが炎まで凍らせる氷は、二人では対応が難しいと見た。おれの役割はそこだ。多分、恵の力も凍らせられて封殺される。あまり恵が魔法術を見せないのも、スカーレットで相手の出方を伺い、それに対応するつもりなんだろう。


 おれが他のことをすれば、二人の動きが無駄になる。大きくなった炎の手はおれに向かってくる。

「させるかぁ!」

 スカーレットが投げた大鎌の先端は、おれに向かう巨大な炎の手の甲に刺さって止まった。恵がすかさず、赤い拳銃で自分の大鎌の先端を狙うと、弾丸が命中した瞬間、それが膨張して岩石になり、手を押さえつけた。


 なぜ、あの大男は右手から氷を出さないのだろうか。さっきの腹部への攻撃の後から、ずっと傷口を塞ぐに徹しているように見える。まさか、あいつは自分の能力のリソースを一つの箇所にしか充当することができないのか。もしも複数の部位から力が放てるのであれば、すでにやっているだろうし、おれたちに氷が有効なのは火を見るよりも明らかだ。


 これがあの大男の弱点に思える。すると、巨体の腹部に青い光が集まり始める。

 何をしでかすんだ。恵は走り出した、まっすぐに。スカーレットも同じようだ。その瞬間、腹部から青白い色の光線が飛び出た。反射的にトリガーを引くが、銃弾が触れても光線は一瞬だけ途切れるが、すぐに届いてくる。


 巨体を左に、恵の方に向けた。その光線から身を守るように壁を形成するが、一瞬で貫通してしまう。その瞬間、野球のスライディングのように姿勢を落とした。宙をひらりと舞った前髪に光線がかすって、その部分は砕けた。

 そのまま勢いを殺さず恵は走った。そして大鎌を流れるように回収し、赤い拳銃を宙に投げた。するとスカーレットがジャンプしてそれを掴んだ。


 しかし光線は射程距離に接近したスカーレットを逃さなかった。そのまま胴体を貫こうと赤くしなやかな体を狙うが、彼女は大きく跳ねた。

 ムーンサルトのように華麗に舞った後、本体めがけて連射する。弾丸は光線を受け、空中で砕けちった。


 昔、SF映画で見た。モンスターと戦う時に、光線を吐かせ続けて消耗戦に持ち込んでいたが、今のおれたちにそこまでする手数はない。ならば大元をおれが断つべきだ。あと四発。


 大鎌を構えたスカーレットが迫る。しかし光線が接近を許さない。いや、ここだ。やつは腹部から発射している。だから動きが大振りで、しかも右手は岩石に拘束されたままで予測しやすい。


 おれは走り出した。左手からスカーレットが構えているのが見える。光線とともに巨体がおれのほうを向こうとする。だが、赤い銃弾はこれを逃さなかった。

 衝撃を受けた巨体は右上に光線を外した。今だ。おれは巨体に迫る。絶対に外さないように、狙いをつける。恵が、おれの方に大男が来ないように右から牽制する。


 今だ。トリガーをきっちり四回連続で引いた。青白い光は消え失せ。傷口を覆っていた氷は一瞬で消えた。

「下がれ!」

 スカーレットの声が聞こえる。おれはすぐさま、銃口を向けたまま、弾倉を入れ替えつつ下がった。


 完全にうずくまった。だが体内から強大な魔力を感じる。全身が光り始めた。まさか全身から一気に今の光線を吹き出すというのか。

 恵は、巨体の前に躍り出た。すると、大鎌をふるい、巨体に傷をつけた。直後、傷口から岩石が溢れ、また足元の土も使ったのか大男を固めこんだ。


「ヴァレー・オブ・ファイア!」

 スカーレットが叫び、大男をめがけて周囲に乱れ打ちにした。銃弾が触れた足元は、火山のマグマのように溶け出し、炎の壁を左右に築き上げた。さらに、連射をやめず、岩石は熱せられ、熱く、紅く光り出した。

 そして、一瞬、視界が閃光に支配された瞬間。爆発音と、爆風が前からおれを襲う。転ばないように、姿勢を低くして。両手を前で交差した。




 さっきまで聞こえていた耳鳴りが晴れて、風の勢いも無くなった頃、静かに瞼を開いた。大男がさっきまでいた駐車場の中心部にはクレーターができていたようで、後方の車は壁に打ち付けられていた。

 こんな衝撃を受けたのに、おれは生きているのか。


「間一髪。間に合ったわ」

 おれの隣には恵がいた。足元を見ると、ボロボロに崩れ落ちた壁が見えた。

「大丈夫? 晴翔」

「ああ」

「よかった」

 気のせいか、恵は微笑んだ。おれは全身の力が抜けて、その場に座り込んだ。


「少し腕が痛むが、大丈夫だ」

 スカーレットが歩いてくる。

「いやー完璧なサポートだったよ。晴翔がいなかったらあのデカブツには勝てなかった。助かった」

 彼女は視線をおれに合わせるように、膝を曲げて、頭を撫でた。暖かい手だ。不思議と安心する。


「よく頑張った」

「……いや。その、おれは役に立ったかな」

「あったり前だろ。なあ恵」

「ええ、そうね。晴翔がいなかったら私たちだけで勝てなかったわ」

「オレたち三人で掴み取った勝利だ」

 スカーレットは拳を前に突き出した。おれもそれに応えるように軽く、彼女の拳に触れた。


 すると、スカーレットは恵に、首を右に振った。お前もやれよ、みたいに。

「わかったわ」

 三人で、拳を合わせた。

「三人寄ればもんじゃの知恵ったな」

「ふっ、月島かよ」

「それを言うなら文殊の知恵でしょ」

「え? そうだっけ」

 おれたちは少し笑った。不思議と、互いを信じあえるような。これを仲間というのかな。

 おれは、もう一人じゃないんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る