Chapter5-4 決意

 おれは銃を懐に入れ、二人は魔法術士へと姿を変える。

原点解放オリジンレリーズ!」

 スカーレットが声をあげると、赤い光が全身を包みこむ。横にいる恵も、黄色い閃光が走る。

「なあ恵、なんで無言なんだよ」

「別に、集中すればこの姿になれるだけよ」

「ったく、味気ねえなあ」


 おれは二人に訊ねた。

「どうして二人は真逆の方法なんだ?」

「ああ、オレは声を出して全身の魔力を増幅させるんだ」

「私は逆よ、静かに集中するの」

「まあ、人それぞれだ。晴翔も、原点解放オリジンレリーズする時は声を出そうぜ、力が不思議と湧いてくるんだ」

 おれは、首を傾げた。


「いつかわかる時がくるよ」

「じゃあ、行きましょう」

 恵はそのまま木々の中を行こうとする。

「ちょっと待ってくれよ、道ならあっちにあるけど」

「そっちから降りると反対側の国道に出るからダメ。最短距離で基地に潜り込むためにはこっちの方がいい」

「わかったよ」


 渋々、道なき道を行く。木々の間をすべらないように降りていく。雨が降っていない様で、足元がぬかるんでいないのが数少ない救いだ。これがもし真夏だったら、虫や湿気に汗だくになるはずだ。

 だいぶ斜面も穏やかになるころ、恵はおれたちを制止した。


「侵入経路があるか見てくる。二人はここで待機」

「何かあったら?」

「すぐに連絡する」

「了解」

 恵は木々の間に消えていった。


「なあ、スカーレット」

「どうした」

「火属性の魔法術を使ってたけど、なんで火属性を使おうと思ったんだ?」

「……どうしたのいきなり」

 彼女は目を丸くしていた。


「いや、なんと言うか、魔法術のプロに話を聞くことなんてないし、どんなものなのかなって」

「ははっ、なるほど、そう言うことか」

 おれはこくりと、頷いた。


「まあ深い理由はないけど、幼い頃にハワイのキラウエア火山に行ったんだ。そこで吹き出す溶岩を見てな、炎に憧れたのがきっかけかな」

「じゃあ、なんでその格好はアニメとか好きなのか?」

 魔法術士の姿は、己の心象が反映される。自分をさらけ出すのが強い魔法術が使えると習った。


「ああ、そうだよ。昔、任務中にしくじってしばらく入院していた時期があってな。その時は人生で最悪だった、ただベッドの上で自分の無力さを痛感していたんだ。そんな時だったな、仲間のアニメ好きの奴がオレを励まそうとして魔法少女のアニメを持ってきたんだ」


 思い出話に花を咲かせるように、スカーレットは続けてくれた。

「最初はアニメかよって思ったな。でも時間はあまり余っていたから、見ることにしたんだ。これが面白いのなんの。一気に全部見たよ。それから彼が色々おれに見せてくれたんだ。オレは色んなことを学んだよ。そして、復帰もできた。見なかったら、そのままた立ち上がれずに除隊したかもしれない……だから、この姿は人生のリスタートした姿なんだ。もう一度立てる、その象徴かな」

「なんか、すごいな……かっこいいよ」

「やめろよ、照れるだろ」

「いや、本心だよ」

「じゃあその話し方もアニメから?」

「ああ。まあ日本に来てから直せ直せって口うるさく言われるんだ。オレの自然体だからいいだろ! ってな」

「ふっ。なんか憧れるよ」


 風が流れる、木の葉は揺れ、穏やかな時間だ。嵐の前の静けさとでも言うべきか。

「もう一つ聞いてもいいか」

「いいぞ」

「その、火の魔法術を使う時ってどんな感じなんだ? 魔法術は勉強中でヒートアッパーしか使えないんだが、参考にしたいんだ」

「どんな感じって言ってもなあ」


 スカーレットは指をパチンと鳴らして「そうだ」と言って続けた。

「ほら、もともと生物は火を恐れるだろ、暴れ馬みたいなもんだ。ロデオに跨るようにな、しっかりと扱うんだ。力づくじゃあダメだぞ。自分が負けないように、いや自分に負けないように、心を強く持つんだ。そうすれば火は応えてくれるさ」

「火が、応える? 火と話すのか?」

「いや、なんと言うか言葉のアヤだよ。……実感がわかないから難しいだろうけどよ、用は力に呑まれるってことだ。わかったか?」

「……なんとなくは」

「まあ、今はそれでいいさ」

「忘れないようにするよ」

「うむ、いい心構えだ」


 刹那、木の陰から気配がする。

「誰だ!」

一瞬でスカーレットの手には赤い拳銃が握られ、音がした方向に銃口を向けていた。

「私よ」

 月光に照らされた魔法術士の姿が現れた。スカーレットの手にあった赤い拳銃は手品のフラッシュコットンのように燃えて、闇の中に消えた。


「なんだ、脅かすなよ。で、どうだった?」

「侵入できそうなところを見つけたわ。あと、敷地内には小銃を持った奴が五人はいたわ。全員市ヶ谷の連中ね」

「見ただけでわかるのか」

「全員身内だから、動き方を見ればわかるわよ」


 おれは改めて、拳銃を確認する。ここから先は否が応でもこいつを使う羽目になる。覚悟しなければならない。

「なあ、恵。ここまできてオレが言うのもなんだが、身内と戦うのはつらくないか?」

「……私のいた場所では裏切り者の粛清は日常茶飯事よ。いかなる存在が相手でも排除する。それが私に最初から与えられた役割よ」

「強いんだな、恵は」

「それ以外知らないだけよ」

 二人の会話に、おれが入りそうな余地はなかった。思えば恵は市ヶ谷、防衛省のエージェントとして訓練された軍人。スカーレットも、アメリカ海軍で軍人をやっていたと言っていた。二人だけにしかわからない世界があるんだろうな。


「そうだ、晴翔。ステイツネイビーで教わるんだがな」

 スカーレットはオレの方を向いた

「In god we trust, All others we track」

「……私たちは神を信じ、他を追う?」

「トリガーを引く時は、迷うな、って意味だ」

「迷うな……」

 スカーレットはそれ以上語らなかった。おれは、真実を追い求めるんだ。そこで迷うわけにはいかない。彼女なりの鼓舞なんだろう。

「ああ、わかったよ。ありがとう」

「じゃあ行こうぜ」

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