Chapter4-5 行動

 おれは、悔しかった。無力だ。ただやられ、一矢報いることもできず、護られるだけの自分が嫌だ。

 親父にも、恵にも、スカーレットにもだ。ただおれは大きな背中に隠れることしかできない。


 だが、おれに力はない。陽羽里の血を引いているとは言え、できるのはちょっと指先に熱を生み出すヒートアッパーくらいだ。これが何の役に立つと言うのか。

 おれは、ただ、自分の薄さを噛み締めて、頬を静かに濡らすだけだった。


 恵とスカーレットの方を見ると、戦闘服に身を包んだ集団と交戦している。相手の数が多く、二対多数ではなく、二人とも一対多数を強いられている。

 それに、恵が相手をしている連中の中に、戦闘服とは違う、中世の騎士のような格好をして、盾と剣を持った、髪が緑色をした人もいる。風の魔法術士だ。


 恵は、地面をえぐり、土を応用して防戦をするが、連中が撃つ銃弾はそれをいとも容易く砕く。これが、恵が言っていた魔法術を無力化する銃弾。

 大鎌を振るうが、隙が大きい。おれは咄嗟に走り出した。足はかろうじて動く。囲まれた恵に向かって、木の陰から飛び出た。


 見えた! 騎士のような格好をした男は、楯山だ!

 剣筋は、大きく隙が開いた恵に一直線だった。おれは振るわれた剣を背中で受け止めた。

 視界には、目を見開いた恵が見えた。


「お前は、陽羽里晴翔!」

 おれはアスファルトの上に力なく横たわった。地面は冷たいが、徐々に背中が暖かい。

 視界が暗くなる。風邪を引いた時のようにぼーっとしてくる。

「晴翔!」

 



 ***




「スカーレット! こっちをお願い!」

「わかった!」

 私は衝撃波を全方位に発し、取り巻きを吹っ飛ばす。


「籠原二曹!」

 目の前に真紅が現れた。

「おっと、ここから先はオレが相手だ……恵! 下がって晴翔の面倒見てろ。俺は一人の方が得意だ」


 私は晴翔の身体を背負って、退却した。

「何ですか、あなたは」

「協力者Aとでも言っておこうか」

 楯山と対峙するスカーレットは口角が上がっていた。


 まず晴翔の上着を脱がせる。背中の傷は、深い。まるで田植えのために畑を抉ったように、血が流れている。大体四十cm、幅は三cmくらいで、右肩から脇腹の裏まで伸びている。

 背骨が露出してしまっているが、かろうじて息はしている。この傷では手持ちの応急措置は役に立たない。


 ダメ元で、傷口を塞ぐテープを患部に貼る。だがこれは気休め程度にしかならない。

 私の魔力を、晴翔に移植すれば、何とかできるはずだ。だが、輸血した血液型が合わなければ抗体が抗原を攻撃するように、晴翔の身体が私の魔力濃度に耐えきれるのか。


 もし拒絶反応が起きれば、魔力が暴走して肉体の崩壊が発生する可能性もある。しかし、このままでは晴翔の息が途絶えるのは時間の問題だ。

 本当に陽羽里の血が、神火という術をもたらすのならば、潜在的に魔力を受け入れる土壌は整っているのではないだろうか。


 それに少しだけだが、晴翔も魔法樹が使えると言っていた。ならば、試す価値はあるはず。

「やっと本気を出せる。いくぜ! デス・ヴァレー!」

 スカーレットが両手を広げると、彼女から炎が全体に広がる。

「こっから先は、誰も逃さねえぜ」

 展開した部隊を炎が囲う。


「……う、う」

「晴翔!」

 少し意識が戻ったみたいだ。だが、身体が異様に熱い。どんどん体温が上がっていくようだ。

 おかしい。通常であれば肉体に大規模な傷を追えば、体温が下るはずだ。しかし真逆。発汗し、呼吸は酸素を求めるように繰り返す。


 改めて、晴翔の身体を見る。上半身には背中の傷以外は特に外傷は目立たない。だが、ジーパンの左足太もものあたりに、生地がえぐれた部分がある。すぐにジーパンを少し脱がすと、銃創があった。しかし、すでに血は止まっている。そして、驚くのはスカーレットが使うようなものと同じ炎が傷口の中で燃えている。


 太ももの裏側には、同じような銃創があり、弾は貫通している。まさか、スカーレット、あなたがこの傷を対処したのだろうか。そうならば合点が行く、晴翔の体温の上昇は、彼女の魔力が、炎が肉体に定着して拒絶反応は起きておらず、魔力が全身に浸透しつつある。


 晴翔、スカーレットの魔力に耐えているんだから大丈夫よ。

「今すぐ助けるからね」

私は、彼女が炎を扱うように、手のひらに魔力を集中させる。体内の魔力を、具現化させる。大地の息吹を、生命の力を、身体を通して集める。


 黄金色の輝きとなり、燦々と輝く。まるで黄金の果実のようだ。そして、それを晴翔の傷口に当てた。えぐれた箇所に浸透していき、肉体のように形成していく。私の送った魔力が、晴翔自身の魔力を活性化させ、身体の回復能力を凌駕した速度で治していく。


 高等な治癒魔法術を習得していれば、晴翔の身体に負担をかけることはなかった。

 徐々に魔力が固定化していき、肉体の一部となる。あと少しだ。

 スカーレットに戦闘は任せて、私は拒絶反応が起こらないように、晴翔に自分の魔力をゆっくり流し込んでいく。

 少しずつ、生命の息吹を感じる。




 ***




「連中は撤退したみてえだな。あの剣を持った奴は顔馴染みか?」

「彼は楯山、訓練生時代から何かと私をライバル視しているのよ」

「ふっ、困ったちゃんだな」

 恵とスカーレットの声が聞こえる。


「本当に全員この場にいないのね」

「ああ、茂みに隠れている連中で人間の体温を超える存在はいねえな。いても小動物くらいだ」

「わかった……下の方にコンビニがあったみたいなんだけど、少し買い物に行ってくれないかしら」

「おうよ」

「人数分の食事、結構がっつりで。それと……」

 微かに目を開くと、去っていくスカーレットの姿が見える。綺麗な赤い髪が、風に揺れる。


 空は、茜色がさしかかっている。あれから、少し時間が経っていたのか。身体は痛くはない。空気は冷たいが、不思議と暖かい。

「目覚めたのね、晴翔」

「うわぁ!」

 おれは起き上がった。どうやら、恵の膝枕で眠っていたらしい。そしてあたりを見渡すと、ブルーシートが敷かれていた。


「これは?」

「トランクの中に誰かの忘れ物であったのよ。少し拝借させてもらったわ。身体は大丈夫?」


 確か太ももを撃たれ、さらに恵をかばって背中を切られたはずだ。しかし痛みはもうないし、なんともない感じだ。

「……大丈夫、っぽい」

「そう、良かった」

 風が流れる。木々に生える葉はまだ紅い。東京とは違う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る