Chapter4-2 陽炎

 老人について行き、五分ほどだろうか、路地の裏手にある道場についた。中はひんやりとしている。奥には《不撓不屈》と書いた掛け軸がしてある。足元は畳敷きだ。


「まあ、座りなさい」

 腰を下ろした。おれは正座した、言われたわけでは無いがこの空気感が自然と足をそうした。二人とも正座している。

 老人も、おれたちに向かって座った。


「じいさん、あんた一体何者なんだ」

「ワシは陽炎」

 恵とスカーレットは名乗った。すると「わかった」とだけ言った。


「陽炎のじいさんよ、オレたちが何者か聞かないのか?」

「察しは付く。ワシは陽羽里に仕える家系の末裔だ」

「陽羽里に……仕える?」

「如何にも。昔の話だ、陽羽里は神と崇められていた」

「神?」


「陽羽里は火をもたらす存在だった。闇を照らし、光を授ける。陽羽里の存在がなければこの国に文明が無かったほどだ」

「ま、待ってくれじいさん。おれはそんなこと知らない。本当なのか、その、陽羽里が大きな存在だと言うのも」

 おれは立ち上がった。


「そうだ」

「だったら、なんで教科書とかに載ってないんだ」

「歴史から消されたのだ。もともと、自ら表舞台に立つことをしない掟があった。それ故、記録に残らず……追い打ちだったのは、時代が陽羽里を必要としなくなったのだ」

「そんなに強大な力を持っているのに、廃れることなんてあるのかよ」

 スカーレットが正座を解いた。痺れた様子で、足をさすっている。


「栄枯盛衰。明治に入り、文明開化は火を身近にしたのだ。そして、誰もが陽羽里を忘れ、時の流れに消えていった。二千年もこの国を支えていたが、あっけない幕引きだったのだ」

「その、陽羽里がもたらす火ってのは、どんな力なんだよ」

「それは《神火(しんか)》。神の火で神火。昇る太陽の如く力だ。陽羽里の血を引く者ならば、使えた力だった。明治以降は、強大な力を持つとして忌み嫌われ、今までの地位を失ったのだ」


「……陽羽里に関してはわかった。おれの親父のことは知っているのか」

「よく知っている。昔、お前さんを連れて出雲に旅行に来ていたこともあった」

「本当か?」

「ああ、待っておれ」


 陽炎は、奥に消えていった。少しすると木箱を持って戻ってきた。

「これだ」

 箱から一枚の写真を出した。出雲大社の鳥居の前で、親父と母さん、中央には幼いがおれがいた。


 さっき出雲大社で感じた既視感は、これだったんだな。

「じゃあさっきの『大きくなったな』って」

「ああ、ワシはお前さんと会っておる。目元が春香さんにそっくりだ」

「……なあ親父とは」

「そうだな、長い付き合いだった。不知火がお前さんの歳になる頃までは、この出雲にいてワシと共に暮らしておった」

「じゃあ、親父の親父、祖父はどうしたんだ」

 おれは、親父からは祖父母のことは二人とも早くに亡くなったとだけしか聞かされていなかった。名前も、どんな顔なのかも知らなかった。


「お前の祖父は斎火いつか、祖母はかがりと言う。不知火が五歳くらいの頃だ。二人が乗る飛行機が墜落する事故に遭ってな……それからだ、不知火は一人で東京から出雲までやってきた」

「五歳のガキがか?」

 スカーレットが頬杖しながら訊いた。


「驚くだろう? 自分で隠し持っていたお年玉を使って、切符を買い、夜行列車に乗り込んで、硬いボックスシートに揺られてこちらまでやってきたんだ。あの時のことは今でも覚えておる。きっと疲れ果てた中、やっとの思いでワシの前に現れた」

「……なぜ室長、いや、陽羽里不知火は出雲に来たのですか」

 恵がかじりついた。真剣な眼差しだった。おれも、同じ気分だ。親父のことを知りたい。


「晴翔、お前さんと同じでな。その一年前に祖父母と出雲に来ておった。それを覚えていたんだろう」

「おれみたいに、その時の写真は無いのか」

「そうだな、当時の不知火は大の写真嫌いでな、頑なに映ろうとせんかった。だがお前さんを連れてきた時の不知火は、よく写真を撮っておった。何度もフィルムを変えながらな」


 親父のイメージはここ数年のものが強かった、まるで硬く凍った氷のような。だが、恵や陽炎の話を聞くと、徐々にそれは変わってきた。

「じゃあ、これを知っているか」

 おれは革装丁の本を取り出した。

「ほう」

 陽炎はじっくりと見つめた。


「似たよう本が、もう一冊あるわ」

「合衆国はこれらをラグナロクって呼んでいるんだがな。サッパリわからねえんだ」

「フッ……なるほど、アメリカはラグナロクと呼んでいるのか」

 何か知ってそうな雰囲気だ。


「それは《黄昏》と言う」

 おれは表示を見直した、ひらがなで《たそがれ》と書いてある。

「そのまんまかよ……」

「あれは、七十二年前、昭和二十年の初めだった。第二次世界大戦の末期だ、最終的に広島と長崎の原爆投下で日本は無条件降伏したが、実は日本も原爆を開発していた」


「……合衆国のマンハッタン計画に対して、F計画だろ」

「その通りだ。F計画は頓挫したが、今で言う魔法術を使って対抗しようとした。AF計画と言うんだがな」

「じゃあ、この本は魔法術の術式を記したものなのか」


「鋭いな。その通りだ。人の力を以って原爆を超える破壊力を持つ魔法術、それが《黄昏》だ」

「黄昏はどれくらいの威力なのかしら」

「リトルボーイやファットマンは比較にならん、冷戦期に開発された核兵器をはるかに凌ぐ破壊力を誇る」


「おい、待て。F計画は頓挫し、WW2では連合国が勝った。そんな破壊力を持つならレコードホルダーとして何らかのデータが残っているはずだ」

「アメリカが葬ったのだ」

「……GHQってやつか」

 おれは歴史の授業を必死に思い出した。微かな記憶を手繰り寄せた。


「近いが少し違う。アメリカ海軍だ。戦後、研究開発していた場所を接収した後、黄昏の存在を発見することは難しくなかった。関連する情報や関係者を全てアメリカの指揮に収めたのだ」

「じゃあ、アメリカが使ったって言うのか」

「戦後すぐに発生した朝鮮戦争で実用化しようとしたが、何人たりとも使いこなせなかった」


 朝鮮戦争、確か1950年だったな。魔法術が確立されたのはもう少し先、のはずだ。

「F計画は兵器として生産が失敗して中止になった。対してアメリカはマンハッタン計画を成功させた奢りからか、使いこなせると踏んだのだろう。ナチスドイツで開発していた戦闘機の技術も応用した連中だったからな」


 陽炎は、そのまま続けた。

「それに朝鮮半島で核兵器を躊躇する世論もあってな、核汚染がない黄昏を転用しようと接収した施設を再始動させた。だがそもそも黄昏には重大な欠点があった。使用した術者は強大な力に耐えきれずに絶命するのだ」


 スカーレットが目元に少しシワを寄せた。

「なるほど……アメリカが絶対に手にしなかったわけね」

「そりゃあ、合衆国が桜花にバカと名付けたくなるぜ」


 おれには、恵とスカーレットのいうことがわからなかった。

「どう言うことなんだ?」

「……ああ、後で教えてやるよ」

 スカーレットは、この話はもういいだろう、と言う雰囲気を醸し出していた。ここで掘り下げるよりは、黄昏の方が先決だ。

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