Chapter3 流転

Chapter3-1 錯綜

 市ヶ谷、防衛省の中でも大臣室や、三自衛隊を統合して指揮をする中央指揮所が設置してあるA棟。その地下七階に設置された統合会議室に私は招集された

「影森くん。続けたまえ」

 U字型に設置されたテーブルの中央に座る審議長が言った。他には五名ほどいる。ここの命令が全てとなる、防衛省の影の大臣室だ。


「はっ。我が治安維持部隊に所属する籠原二曹が、中央情報局より資料を持ち出した形跡があります」

「それくらい職員であれば誰でもするだろう」

 審議長の横に座る幕僚補佐官が口を開いた。


「ただの資料ではございません。戦後、対米調査を行なっていた、本殿の文書です」

 これがもし公になるか、中露に渡れば週刊誌のスキャンダル記事を超える衝撃は極東を始め、西太平洋に響く。

「ふむ、なるほど」

 審議長はタバコをくわえた。


「また籠原二曹は前室長のIDを使って不法に入場しております。これは日米安保を揺るがす明瞭な利敵行為であると考えます。身内の恥は我々で決着をつけます」

「わかった」

 審議長が他の高官たちの様子を伺う。皆、沈黙を保ったままだ。そして、隣の一人が使い込んだジッポを取り出して、くわえたタバコに火を灯した。


「ふむ……この件は君に一任しよう。指揮は委ねる」

 灰皿に灰を落とし、もう一口あおると、審議長が続けた。

「前任者の陽羽里くんが亡くなってつらいだろうが、影森くん、しっかり頼む」

「はっ」

 直後、柔和そうな表情が一変した。


「その失われた文書ロストバゲージは必ず取り戻せ。殺しても構わん」

 殺意を感じる、狂気の眼だ。

「必ずや」

 私は頭を下げた。


 私が統合会議室を出ようとすると、審議長は「影森くん」と呼びかけた。立ち止まり、振り返ると審議長は続けた。

「君は、その籠原二曹が陽羽里くんの自殺に一枚噛んでいると思うかね」

「……そう、考えております」

「なるほど。書類関係は私たちでやっておこう」

「恐れ入ります」


 統合会議室を出ると、歩きながらすぐに電話をかけた。

『こちら楯山』

「統合会議は私に指揮を執るよう指示を下した」

『審議長はなんとおっしゃっておりましたか』

「ロストバゲージの確保を最優先に」

『ターゲットの命は』

 一瞬、立ち止まった。


「殺せ」

 すぐにエレベーターに向かう通路を歩み出した。

「リベンジマッチだ。遠慮はいらん」

『承知いたしました』

「これより東京から各地への交通網へ検問の設置だ。羽田と成田をおさえておけ。後は足の速い高速と新幹線を優先」

『了解。一般道などはどうしますか』

「あえて開けさせておけ。警視庁にはこちらから指示する」

『ではこちらは国交省に』

「任せた」




***




『みなさま、おはようございます。ただいまの時刻は六時二十分です。次は岡山です。後二十分ほどで岡山に到着いたします』

 ちょうど、橋を渡っている頃だろうか、下から聞こえる走行音も少し激しくなってきた。起き上がって目を開けると、何やら無線機のようなものを持って、イヤホンで何か聞いているようだった。


『本日、博多方面の新幹線にて、車両点検を実施したため、始発より遅れが発生して入ります。お急ぎのところご迷惑をおかけしております、申し訳ございません。なお、接続の新幹線にご乗車の予定のあるお客様は岡山駅で係員にお申し出くださいませ』


 車内アナウンスを聞いていると、恵が切り出した。

「やはり、新幹線はすでに危ないわ」

 片耳のイヤホンをつけたままだ。

「そうなのか」

「そういうやりとりが無線で聞こえてきた。それにこういう時は車両故障を理由にする事が多いわ」


 車窓が森林豊かな風景から、徐々に住宅街が増え始める頃、恵はブラインドを下げた。

「しばらくは閉めるわ」

 徐々に速度が遅くなっているのを感じる。そして外から賑やかな声や、アナウンス、メロディーが聞こえてくる。


「どうして、あの時おれの前に現れたんだ?」

 あの、月明かりに照らされた姿がフラッシュバックする。

「室長が亡くなる前日。室長から命令書が届いたわ。あなたを護るようにと」

「それだけ?」

「そうとしか書いていなかったわ。だから、それからずっと、高校に通う時も、家に帰る時も。後、よくコーヒーを飲むことも」

 つまり、おれをストーカーしていたわけか。


「……だが、助かった。楯山ってやつにはおれはどうすることもできなかった。ありがとう」

 恵は少し固まったようだ。唖然とする、というような雰囲気だった。

「……いいのよ。命令だから」


 ホームから、プルルルル、とベルが鳴った。そして、列車が動き始める。

「私が今まで護衛してきた人たちはそんなこと一言も言わなかった。政治家、実業家、資産家。皆守られて当然のように言っていた。命を落とした仲間もいたわ」

 だが、恵は目を伏せた。

「わからない……こういう時、どうすればいいか」


 おれは、幼い頃に母さんに言われた言葉をそのまま言った。

「どういたしまして、って言えばいいんだよ」

「どう、いたしまして」

 気のせいか、少し微笑んでいたような。


「……さ、朝食にしましょう」

 おれは、恵に差し出されたミックスサンドとBLTサンド、甘酢であえた揚げたチキンとタルタルソースが入っていた大きめのチキン南蛮おにぎりと、ツナマヨ鮭昆布うめの爆弾おにぎりを完食した。


「結構がっつり食べるんだな」

 一通り食べた後、ブラックの缶コーヒーを飲みながらおれが言うと、「動くためにカロリーは必要だから」と恵は答えた。

 少しすると、恵がブラインドを上げた。岡山の手前で見えた住宅街の景色ではなく、山間部を走っているようで、緑と、青空が窓を占めている。


「昨日、なぜ晴翔が楯山に襲われたのか、それがわからなかったわ」

「楯山を知っているのか」

「仕事仲間だったわ」

「奴が、おれを親父の葬式に呼び出したあと、清掃のバイトを始めたのはわかってのか?」


 軽くうなづいたあと、恵は続けた。

「市ヶ谷に入ってきたのは、驚いたけど」

「じゃあ中で何があったは」

「知らないわ。お尋ね者になった私は市ヶ谷に出入りすれば足がつく」

「そうだったのか。……あの時、おれはF棟ってところの地下、七階だったかな。そこの情報室ってところに入ったんだ」


 恵は目を見開いた。

「そこは……私たち治安維持部隊の拠点よ」

「そうなのか。……いや、合点が行く。その個人ロッカーを処分するように言われたんだが、これを、つい持ち出してしまったんだ」


 リュックから、革装丁の本と、手帳を取り出した。

「これは、室長の手帳」

「わかるのか?」

「室長が使っていた手帳そのものよ。少し貸して」

 恵に渡すと、すぐにページをめくっていった。一ページ、また一ページとはどんどん読み進める。


「あまり、有益な情報は書いてなかったわ」

 最後のページを閉じた後、おれに差し出してきた。

「もう一つある」

 おれは、革装丁の本を渡した。


「これは……」

 恵がページをめくる。

「おれが幼い頃の……アルバム、みたいなものだ」

 おもむろに、恵も自分のカバンから一冊の本を取り出した。同じような大きさで、色は青空のように澄んだ青色をしている。そして、同じように革装丁だが、鍵は付いていない。


「私も、ある場所からこの本を持ち出したわ」

「なんなんだ、これ」

「中身は、漢文で書かれている。でも内容はよく分からなかった。文法はめちゃくちゃで、太陽、って意味の言葉が多く書いてあったわ」

 おれもページをめくる。筆の文字だ。全部漢字だが、常用漢字はほとんど見当たらない。


「なんじゃこりゃ」

「室長が、この本も持って行けと言っていたわ」

「出雲に行く時か?」

「ええ」

「太陽とか、そんな意味の言葉が書いてるって言うんだろ」

「そうね」

「ほら、なんだったか。日本は日出ずる国だろ。その中でも神が集う出雲だから、何か関係があるんじゃないのか。なんとなくだが、そう言う解釈はできないか」

「……なるほどね」

「ここで考えても、さっぱりわからんな。おれの知識じゃなあ……」

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