Chapter2-4 東京

 不思議と少し高揚感がある。突然、住み慣れた土地を寝台特急で離れ、遠くに行く。おれは修学旅行しかしたことがない。親父の真実を探るに行くのとは別に、楽しみというか、非日常が待っていると感じた。

 おれはコートをハンガーにかけて、ベッドに腰掛けたが、彼女はすぐに窓のブラインドをおろし、荷物を置いた。


「何を買ったんだ」

 おれは彼女がベッドに置いた二つの袋を指差した。

「君の替えの下着、私たちの食料と飲料」

「食堂はないのか?」

「ないわ」

「そうか」


 ふと、閉じられたブラインドに目をやった。

「なあ、ブラインドを上げるのはダメか」

「東京駅を出たらいいわ。ただ駅に止まる時は閉めて。誰が見てるかわからないから」

「わかった」


 少しすると、車両が動き始めた。最初、動いてると気づかないほど、滑らかな走り出しだった。

「少し待ってて」

 おれの返事を待たずに、彼女は部屋を出て行った。


 そうだ。東京駅を出た頃だし、よかろう、と思いブラインドを開けた。夜の中、ビル群の灯りが線路を照らし、その中をいろんな列車が行き交う。

 車内チャイムが鳴り、自動放送が始まった。このまま西に進み、岡山から出雲に行くようだ。倉敷までは聞き覚えがあるが、そこから先の停車駅はほとんど聞いたことがなかった。


 ドアの方から、解錠する音が聞こえて、彼女が入ってきた。

「シャワーカードを買ってきたわ」

 おれが首をかしげると、シャワーがある、とだけ返事。


「なあ、なんでこんな電車に乗せるんだよ。新幹線とか飛行機でいいだろ、そっちの方が早いし」

「いざという時に逃げることができない。あと検問を設置される可能性も高い。それに、サンライズなら移動しながら個室で君に話すことができる」

「……なあ、その君って呼ぶのやめてくれ。俺には陽羽里晴翔って名前があるんだ」

「わかった。晴翔。私のことは自由に呼んでもらって構わない」

「じゃあ、恵、親父とはどういう関係だったんだ」

「……私が十五の頃。魔法術に目覚めて暴走していた私を保護したのが、室長」

「保護? 家出とかか」

「違う、いや……そう」


 恵は、それに関しては話そうとしなかった。

「十五の時、ある日、魔法術に覚醒した。暴走していて、その時に助けてもらって、それから」

「暴走?」

 桐生先生が授業で言っていたことを思い出す。魔法術が使えるようになるには、おれみたいに勉強して免許を取るか、突然目覚めてから免許を取る、この二つと聞いていた。


 そして、後者の場合、何らかのショックなどから無意識のうちに、身を守る為に覚醒することが多いとか。

「私の場合、魔力量が多くて暴走した、らしい。保護された後、病院のベッドの上で聞かされた」


 窓から夜空を眺めながら、恵は続けた。

「私、両親も親類もいなくて。そしたら室長が、才能があるって、訓練機関に入れてくれた」

「……じゃあ、おれと、同じだな。おれと同じ一人ぼっちだ」

「そうね。……その訓練機関を出て、今は室長の元で働いていた」

「働いてたって、文書課とかいうところか」

「いいえ、そんなところじゃない。治安維持部隊。それが私たちの仕事」

「治安維持部隊? 前に調べたが、そんな部署はなかったはずだ」

「私たちは非公開の部署。与えられた任務は手段を選ばず完遂するのが治安維持部隊」


 広報を担当するなら広報課、職員を管理するなら人事課。部署の名が仕事を冠するのは明白だ。

防衛省で治安維持、尚且つシークレットな部隊。

「アクション映画のスパイみたいなことをする、っていうのか」


 おれは、おそるおそる尋ねた。命令とあらば殺しでも、何でも行うようなことを親父や、恵がやっていたのか。

「そういうこともあるわ」


 おれは、親父の仕事を始めて少しだけ知った。表に出ないから、おれにも黙っていたのか。

「親父はどういうことをしていたんだ? やっぱり、北朝鮮とか、中国とか、ニュースで見るようなことを相手にしていたのか」

「そういうこともあるわ」

 何だかパッとしない回答が続く。


「もっと具体的な説明はないのかよ」

「そうね。例えば、武装蜂起をしようとする集団を監視したり、国家の危機を内側から取り除いたりしたわ」

 おれは、口の中いっぱいに溜まる唾を、音を立てて飲み込んだ。


「それは、殺しもなのか」

 恵は、当然のことを話すように、クールに続けた。

「命令であれば、そういうこともあるわ」

 少し、静寂が訪れた。おれは親父の後を追い、この国の闇に触れたのかもしれない。いや、もう触れていたのだ。


『あまり、詮索されない方がいい』

 楯山が言ったあの言葉は、今思えば高校生の子供を遠ざける注意ではなく、おれ自身が触れることができる闇に触れるな、という警告だったのか。

「なんで、そんなことを教えてくれるんだ」

「私は、知りたい。私を救ってくれた陽羽里不知火という人がどんな人物だったのかを」

「どうして、恵はそんなに親父のことを……」


 恵は、おれの眼をまっすぐと見つめて、続けた。

「陽羽里不知火は、自殺ではなく、殺された」

 おれは、眼を見開いた。まるで雷に打たれたような、衝撃に包まれた。親父が飛び込んだ時は、既におれの中で死にかけていた親父が本当に死んだに過ぎなかった。だが違うのか。


「殺された……? どういう、どういうことだよ!」

「私の知る陽羽里不知火は、自殺をするような人間には思えない。……私は真実が知りたい。室長がなぜ殺されたのかを!」

 恵は、始めて力を込めて、自分の感情をあらわにするように話した。それは、おれと同じ姿だ。


 少し、目元に涙を浮かべて恵は続けた。

「私は、ずっと笑えなかった……でも、室長は私に居場所をくれた、仕事をくれた、褒めてくれた。だから私が助けるべきだったのに!」

 その声音は、本当だった。


——チクショウ!——

あの日、おれが親父に叫んだ言葉とは違うが、おれと同じように叫んだ。親父は本当はおれを捨ててなんていなかったのか。

 おれは、家の親父しか知らなかった。だが恵は防衛省の官僚としての、治安維持部隊という仕事の陽羽里不知火室長だけを知っている。恵は、もう一人のおれなんだ。


「なんで、殺されたって断言できるんだよ」

 少し間があった。

「私のいたところは、陰謀が支配していた。力を振りかざすことができるから、殺しも厭わない。上の連中か、もっと上か、室長というファクターが邪魔になり、殺した。と私は考えている」

 やはり、おれは触れてはいけないブラックボックスに触れたのだ。

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