Chapter1-3 行動

 翌朝、空っぽの冷蔵庫をなんとかするべく、駅前のスーパーマーケットに向かった。とりあえず、生活はなんとかせねばなるまい。

ここは朝市では野菜が安い。特に表面に傷がついた大きいキャベツとか玉ねぎ、いわゆるワケありが特に安い。


 同じ事を考える主婦たちとの争奪戦を終えて肉や牛乳、日用品をカゴに放り込んだ。そしてレジに会計を済ませ、帰った。

 学校に行く気にはなれない。あそこで時間を使いたくはない。だが、このまま家にいてはただ時間を無駄にするだけだ。


 どうしたものか。考えながら自宅の冷蔵庫に戦利品をしまうとチラシが出てきた。手に取ると、どうやら明日は豚肉が安いらしい。しかし、目を引いたのはそこではない。

 アルバイト募集と書いてあった。


 不登校とはいえ、高校生のおれが親父のことを探りに防衛省に入るのは無理だ。自衛隊なら見学と称して中を見せてくれたりするらしいが、市ヶ谷はそうはいかない。見学ツアーもやってはいるが、敷地内を歩き倒して終わり、らしい。

 しかしアルバイトならばどうだろうか。おれでも堂々と本陣に潜り込めるのではないだろうか。


 検索すると、答えは早かった。どこも求人を出していなかったのだ。出鼻をくじかれてしまった。そんなネガティブな気持ちで野菜を切っていると、少し指を切ってしまった。


 とにかく飯だ。腹が減っては戦ができぬ、だ。食べやすいサイズに切った人参、ピーマン、キャベツ、玉ねぎをごま油で炒める。軽くしなっとしたら、半額だった牛細切れ肉を混ぜる。もちろん塩胡椒も軽くふる。

 最後に一玉で三十二円だったうどんを投入し、味付けで醤油を一周半。軽く焼き目がつくまで炒めたあと、皿に盛って鰹節をかけると完成。


 野菜と、肉、炭水化物が一度に摂れるから、焼うどんは好きだ。何より細い中華麺よりうどんの食べ応えが出る感じも好きだ。

 あっという間に完食した。何か手立ては無いのか、後片付けをしながらウンウン唸っても何も思い浮かばなかった。


 そうだ、家にいるより、敵情視察も兼ねて市ヶ谷に行ってみるか。何かわかるかもしれない。思い立ったが吉日。荷物をリュックにまとめてすぐに出発した。

 防衛省の玄関は、確か二つある。南向きで市ヶ谷駅に近い正門と西側にある曙橋駅から近い薬王寺門の二つのはずだ。出入りする車を少し探ってみようと思った。


 まずは正門だ。新宿から都営新宿線に乗り換え市ヶ谷に降り立った。交通量が多い靖国通りの緩い下り坂を西に向かって少し、見えた。防衛省と書かれた大きい表札。警備員が四名ほどいる。

 以前、親父に用事があった時、正門から入ろうとしたら警備員に止められたことがあった。その時は急いで親父が走ってきて事なきを得たが、正門は目立つので薬王寺門からきてくれ、と言われたことがあった。


 正門の目の前で張るのは流石に目立ちすぎる。警備員からの視線もできるだけ避けたい。周囲に目をやると反対側の雑居ビルの一階がセブンイレブンになっている。

 そのセブンイレブンに入り込み、水とガムを買って正門が見えるフードコートに陣取った。


 一時間ほどガムを噛み続け、スマホを弄るふりをしてずっと正門を見ていたが、出入りするのは高官が乗っているであろう、他の車と違う品位を漂わす車が多かった。

 練馬、品川、八王子。ナンバープレートは普通の物と、数字だけで構成された特殊なものばかりで何もわからなかった。


 これ以上いても無駄足のようだ。コンビニを後にし、靖国通りを西に進んだ。そして外苑通りを北上すると薬王寺門があった。警備員は二人、正門ほど派手ではないが、ヤマト運輸のトラックが入っていった。

 そして門の反対側の雑居ビルの二階にスターバックスがあった。迷わず入店し、抹茶フラペチーノを注文した後、窓際に陣取った。


 英語のテキストとノートを取り出し、勉強している学生を装って、薬王寺門を見ながら、記録を続けた。

 ここを通るのは一般企業の車が多い。二時間ほど居座ったが、運送系が多かった。


 他に何か手がかりが無いか、防衛省の周りを歩きながら、何かヒントは無いか調べまわった。風が寒い。雪は降っていないが、じっとしていると震える。

 日没を迎える頃、今日はここまでにして帰ることにした。


 家に帰ると、今日の情報をまとめた。ヤマトと日本郵便が多く。他に知らないところは検索したが、やはり運送系ばかりだ。

 もしも、アルバイトで防衛省に潜り込むとしても、運輸系は用が終われはすぐに撤退するし、あまり適さない。


 よくよく考えれば、日中にやってくるのはすぐ終わる用事が多いのでは無いだろうか。しっかりと敷地内で仕事をするのは朝にやってくるのでは……。

 そして、防衛省周囲では、目ぼしいものはなかった。その周りにある施設のバイトばかりで、中に入れそうにはなかった。


 翌日。朝ラッシュでサラリーマンが縦横無尽に動き回る中、おれは曙橋に現れた。もう一度、あのスターバックスに向かった。

 また抹茶フラペチーノを注文した。

「昨日もきてこれ飲んでましたよね」

「え、あはい。好きなんです。あはは……」


 こんな何気ない会話は苦手だ。何を話していいのかわからなくなる。そんなことはさっさと考えず、本題に移ろう。今日も窓側に陣取った。

 幸いなことに、中央大学の市ヶ谷キャンパスが近く、また周辺に予備校がいくつかあるから、おれの姿はありがちな学生に見えたんだろう。店内には同じような人も何人かいて、うまく溶け込んでいるように感じた。


 早速、テキストとノートを広げる。視線は薬王寺門に釘付けだ。昨日に引き続き、ヤマト、日本郵便、フェデックスのトラックやバンが行き来し、ファミリマートのトラックが入っていった。敷地内にある店舗への搬入だな。

 朝はどうやら出入りが日中より多い。車以外にもスーツを着込んだ大人たちが入っていく。親父と同じような職員たちなんだろう。


 そんな中、水色に黄色のラインがかかった派手なバンが入っていった。側面には《関東清掃》と会社のロゴが刻まれていた。

 昨日は見なかった会社だった。それに関東清掃のバンは、運送系の車と違ってすぐに敷地から出てこなかった。一時間、二時間と待っても出てこなかった。


 そうして、コーヒーとハムチーズのベーグルを追加注文して長期戦に入った。もしかすると、あのバンはじっくりと敷地内で仕事をするのだろうか。

 夕日が傾き、夜が始まりだす頃、同じナンバーの関東清掃と描かれたバンが出てきた。この会社だ。他に目に付くところも無かったし、何より直感がここだ、と言っている。

 帰り道、調べると求人のページが出てきた。すぐに個人情報を書き込み、申し込んだ。




「えー、苗字なんて読むの」

「ヒバリです」

「あそう。珍しいね。じゃあヒバリ、ハルトくんね」


 新宿のある雑居ビルの一室。申し込んですぐに、「明日私服でいいから面接に来て」と連絡がきて、言われるがまま指定された場所にやってきた。面接官は、作業服を着た金髪の、少し年上のような男だった。


「もう学校は冬休み?」

「え、いや……」

「何? まさか何かやらかして休学?」

「いえ、そう言ったわけでは」

 少しドキッとした。


「いいのいいの、働いてくれりゃあ。ところで、勤務希望は市ヶ谷のあたりでいいの?」

「はい、色々と都合が良くて」

「そうなんだ。後、魔法術って何使えるの?」

「習い始めたばっかりで、一つだけ。ヒートアッパーっていう熱を生み出すやつです」

「そっか。じゃあ明日から来れる?」

「あ、はい」

「よし、採用。あと言葉遣いには気をつけてね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る