6-3 : 冷静対、奇行




 ◆




 一方。


 それは、サイハがジェッツへの初撃に飛び出したのと同時。



「――ハッハァー!」



 ロビーの一角では、リゼットと秘書の男が互角の衝突を繰り広げていた。


 ダンッ!


 床を蹴って飛び上がったリゼットが、空中で上半身をひねる。


 細くしなやか身体はまるで発条ぜんまい。一拍遅れて下半身が回りだせば、一筋の回し蹴りが風を切る。



「オラァッ!」



 反応から回避までの猶予を与えない、リゼットのその初動の速さ。


 結果、秘書の男は右腕を盾に防御を固める。


 が、リゼットの一撃は筋力でのごり押しではなく、人体の構造と質量を利用した柔術の延長。

 ゆえに防御したとて、男の腕を麻痺まひさせるには十分すぎる威力である。


 しかし、、、


 回避も防御も、ただではすまない強襲の直後。


 ビイィィン……と。

 蹴撃しゅうげきを受けた秘書の腕から金属質の振動音が聞こえれば。


 次の瞬間、咄嗟とっさにしゃがみ込んだのはリゼットのほうだった。


 刹那……ブォン!

 風が裂ける。



「ッと……ハハッ! やッぱり腕に仕込ンでやがッたナァ! アタシの跳び蹴り止められたときからヘンだと思ッてたゼ」



 布切れが、ヒラヒラと舞い落ちる。



「ふむ……困ります。奇襲からの一撃必倒でなければ、費用対効果が釣り合わないのですが」



 秘書のスーツ。

 その肘から先が破裂していた。


 その下からのぞいているのは、硬化処理を施した鉄の棒。

 末端には滑り止めの巻かれた握りがL字型に突き出ていて。


 それは旋棍トンファーと呼ばれる、攻防一体の癖の強い武具であった。


 秘書の男はもう一方の袖周りも破り捨て、両腕に二本の旋棍トンファーを振り回す。

 防具から武器へと変容したそれは、図らずもリゼットの脚技と同類――遠心力と質量を用いる技量武具の、その威圧。



「……ファー、ア」



 披露された凶器を前に、それはリゼットが欠伸あくびを漏らした音だった。

 気怠けだるげに耳の穴を小指でほじくりもして。



「サイハのヤローが朝ッぱらからブチギレてるからナンだと思えば、知らねェヒゲのオッサンが店に倒れてるわ、メナリィがさらわれただのッて……街の全員巻き込ンで殴り込みッてナ。マ、暴れても文句言われねェから、アタシも割とノッてたンだケド」



 太股ふとももの際まであらわにしているホットパンツ姿のまま、男の目など気にもめずガニ股を開いて屈伸を数度。

 日向ひなたぼっこに興じる野良猫そのまま、リゼットはうーんと全身を左右に伸ばす。



「ア゛ー……ハラ減ッた。アタシ、今〝ヘビフライ〟がキてンだよ。激アツなンだゼ?」



「……?」



 秘書の男が、小首をかしげた。


 何を言っているのかよくわからないが、要は「アタシの好物が食えないからメナリィを返せ」というのが、リゼットの論理らしい。


 会話の要領を得ない上に、軽率にすぎる動機。


 これは時間の無駄であると判断したのか、秘書の男はリゼットの話には一切言葉を返さず、先手に出た。



「――ッ!」



 猛回転させ十分に勢いの乗った旋棍トンファーを、リゼットの脳天へとたたき込む。



「アーラヨっ、とォ!」



 その強打目がけて、リゼットは前方へ飛び出した、、、、、、、、


 リゼットの向かうその先には当然、退路はない。

 完全な直撃コース。


 と、そこでバサリと舞うものがあった。


 旋棍トンファーの間合いに自ら踏み込むに合わせて、リゼットがするりとライダージャケットを脱ぎ捨てる。


 皮肉にも、細身の身体に加えて凹凸の乏しい胸部だからこそなせる超高速脱衣である。


 ジャケットを前方の床に投げ広げると、リゼットはそこへ向けて刺すようなスライディングを決めた。

 己の上衣じょういをまるでそり代わりにして、手足を伸ばしてそのまま秘書の股下をすり抜ける。



「何と……っ」



 秘書の男の沈着な声も思わず震える、その奇行。


 振り下ろした旋棍トンファーは未だ攻撃動作中とあっては、上げた声に身体の動きがついていかない。



おせェ!」



 へそ丸出しでまた抜けした先。リゼットがブリッジから素早く逆立ちする。


 地面を蹴り上げた勢いとむちのようにしなる脚の柔軟でもって、秘書の肘へリゼットの蹴りが芯を捉えた。


 そこに防具は存在せず、続いたのは肘が砕けた音と、秘書の口から漏れ出た苦悶くもんの声。



「ぐっ……ッ!」



 秘書は左腕が潰れた激痛と動揺を瞬時に御すと、右腕で裏拳を放った。

 背後のリゼットの位置を計算した反撃。


 が、振り向きざま、秘書の男はまたしてもリゼットの奇行を目撃することとなる。


 逆立ちしたまま、リゼットは両脚を左右へ百八十度、大開脚してみせていた。


 リゼットの膝を打ち抜く目論見もくろみが外れ、旋棍トンファーはまたしても空振りに終わる。



「ッシャァ! 捕まえたァ!」



 リゼットの白い生脚が、秘書の男の首元にウネリと絡みつく。



「な、どういう……?!」



 状況への理解が、追いつかない。



「もう寝てナ! オちろッ!!」



 そして天地が、ひっくり返った。


 またに秘書の頭を挟み込んだまま、得意の身体のひねりを存分にかけ、リゼットが宙返りした。


 秘書は顔面から床に墜落し、リゼットが脚を解いてからも、もうピクリともしなかった。



「……ウッシ! アー、スッキリした!」



 リゼットが拾い上げたライダージャケットに袖を通し、ほこりを払う。まっていたものを発散させて、首をゴキゴキと鳴らし、八重歯をのぞかせ不敵に笑った。



「クヒヒ! まァそこそこ愉しかッたゼ、オマエ。顔ぐらいは覚えといてやるヨ――」



 そのとき。



「――来やがれぇぇえ! 〈粉砕公〉ぉぉおおーーーっ!!」



 それはサイハの怒号であった。



「……ア?」



 リゼットが声のしたほうへ目を向けると、広いロビーの反対側にサイハの姿が見えた。


 背中を丸めてよろよろと辛うじて立っている、一目でわかる劣勢をさらして。


 サイハの目は妄執に捕らわれ、異様に血走っている。


 ピリッと、リゼットにしびれが走った。



「来い……! リゼットっ! オレの……言うとおりにしろぉぉおおーーーっっ!!」



 それはジェッツしか見えていない絶叫だった。


 リゼットを、〝道具〟として欲する声。


 次に意識が及んだときには、リゼットの身体は操り人形のように勝手に走りだしていた。



「ナッ?! サイハの、ヤロー……! アタシの権限強奪ウラワザが、引ッぱられて……ッ!?」



 それはサイハという操者ドライバの激情が引き起こした、権能の暴走であった。


 強制的な服従。

 その屈辱にゆがんだリゼットの顔を、サイハがを見る目でにらみつけていた。

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