★Step10 憧れの地球へ

次の日の早朝、リンダは何時も通り牛舎で敷き草を替えています。そこには南の姿は有りません。入口の向こうではボスが何となく所在無げにぽつんと座り、尻尾をひらひらさせていました。


――どうしても、帰るのかね?

――はい、この環境もこの仕事も肌に会いませんので……


南はミルおじさんにそう言い残してバスに乗り込むと、この星から地球に帰って行きました。


「ふう……」


意味も無く溜息が出ます。別に元々戦力外の人間でしたから、居ない方が逆に精神的に楽なのですが、別れ方の後味が悪く、どうせなら予定を満了して帰って欲しかったと思いました。


「そんなに嫌かなぁ…」


リンダは一輪車からフォークで干し草をざっくりと取り上げて牛たちの寝床に均等に敷き詰めます。干し草の香りはお日様の香り。それが分って貰えなかった事が酷く残念でした。一人で黙々と作業するのは何となく寂しく感じ、あんな奴でもやっぱりいた方が楽しいのかと言う思いが心を過ります。


「よし、終わり!」


リンダはそう呟いて空の一輪車にフォークを積んで牛舎を出て行きます。


「ボス、おいで、朝ご飯だよ」


ボスはその言葉を待って居たのでしょうか彼女の後について、尻尾を振りながら母屋に向かって帰って行きました。台所に行く途中、居間の横でミルおじさんが電話で何かを話していました。その口調から察するに相手は南のお父さんの様でした。


「ああ、申し訳無い、彼を引き止めておく事が出来なかったよ、本当に済まない……」


ミルおじさんは電話に向かって頭を下げます。音声通信のみの通信ですから相手に自分の姿は見えない筈ですからそんなにぺこぺこする事は無いのにと思ったのですが、ミルおじさんが頭を下げてる責任の一端は、自分にも有る様な気がして心が痛みます。


「でも、そっちに帰っても南君を叱らないでおくれ、地球と此処では環境が違いすぎる。都会の暮らしに慣れた者をいきなりこんな不便なな環境で暮らさせる事は、間違いなのかもしれないからね」


リンダはそれを聞いて再び溜息が洩れました。


「結局、軟弱なだけじゃない…」


リンダはそう呟くと台所に向かいました。台所では何時もの様にメイおばさんの朝食が迎えてくれます。でも今日は何故か食欲が有りません。何時もなら、お腹がすいて耐えられない位の筈なのに。


「どうしたのリンダ?」


リンダの様子が何時もと違うのでメイおばさんが心配そうな表情でそう尋ねます。


「あ、え、何でも無いわ、頂きます」


リンダはそう言うと朝食を食べ始めました。黙々と、と言う感じです。大好きなライ麦パンの筈なのに、いつものメイおばさんの料理の筈なのに、今日はなんだか味が良く分りません。


「リンダ、居るかい?」


そう言いながらミルおじさんはキッチンのいつもの席に腰をおろしてテーブルの上で手を組み、何か大事な事を打ち明ける様にゆっくりと口を開きました。リンダはミルおじさんの様子がいつもと違う様に感じられて、ちょっと表情が曇ります。ミルおじさんはその様子を微笑みながら見詰め、優しいこうでこう言いました。


「リンダ、どうだい、地球に行ってみる気は有るかね?」


リンダは一瞬何を言われたのか理解出来ませんでした。確か地球に行く気は無いかとか言われた様に思ったのですが…


「地球へ?」

「ああ、そうだ。リンダが行って見たいと言っていた地球だよ」


目の前に光が差し込む感覚と言うのはこの事を言うのでしょうか。突然の話で実感が湧いてきませんが、どうやら地球に行けるみたいです。踊りだしたい気分になりましたが、ちょっと待ってと考えます、何か裏が有るのでは無いかと。


「――メイおじさんは上手い話しは半分位に聞いておけって言った事有るわよね」


リンダの口調に急に棘が生えました。それを聞いてメイおじさんは声を上げて笑います。

「ははは、リンダは察しが良いな。実は条件が一つあるんだ」


ミルおじさんは、ちょっと悪戯っぽい笑顔を浮かべ、国家の重要機密を打ち明ける様に慎重な口調でリンダにこう言いました。


「ホームステイ先は南君の家だ」

「やだ!」


地球を見て回れる事はとても魅力的ですが、なんで好きこのんであいつと一緒に暮さなければイケないのかと言う思い、それなら地球に行くより、ここで牛達の世話をしていた方が気持ちも楽だし楽しいと考えました。


――でも


地球は魅力的な星です。南は地球には無い物を探すのが難しい星だと言っていました。その華やかさ、都会は常に若者達に夢を見させてくれます。夢見る事が素敵な星、流行の最先端……


しかし、リンダは迷います。南と一緒に暮らす事を。それは気まずい感覚が先だって仕舞います。あんな別れ方をしたのですから。


「でも、どうして急に地球なの?」


リンダはそれも不思議でした。


「ああ、学校から通知が来ていてね。そろそろ社会科見学学習の時期だそうだ。だから、良い機会じゃ思ってね。どうかね行ってみたいと思わんかね、地球へ」


ネット高校の生徒では有りますが、リンダも立派な高校生です。社会科学習体験は必須科目です。何時と言う具体的な指定は無いのですが、必ずやらなければイケません。そしてミルおじさんは、そろそろ良い頃合いだと判断したのです。


「でも、地球に行くにはお金掛かるんじゃないの?」


確かに往復の運賃だけでも結構な金額に成る筈です。楽しい牧場では有りますが、決して裕福な暮らしでは有りません。


「なに、リンダの為じゃ。この程度の出費など惜しくは無いよ。この先、こんなチャンスが有るかどうか分らないからね。気にせず行って来なさい」


ミルおじさんはそう言ってにっこりと微笑みます。南の家にホームステイと言う処がちょっと気になりますが『都会』と言う響きの魔力にリンダは魅了されてしまいました。


「本当に良いの?」


リンダはミルおじさんにもう一度、そう聞き返します。ミルおじさんは、それに応えて大きく頷いていて見せました。


「わぁい、地球だ~!」


リンダの表情がぱっと輝きます。そして椅子から飛び上がるとミルおじさんに抱きつきました。その様子をメイおばさんも微笑みながら見て居ます。リンダの心は既に憧れの星地球にいる様な気分です。そしてミルおじさんと、メイおばさんへ心からの感謝をこめて「ありがとうと」伝えました。

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