★Step9 ドS彼氏の憂鬱

帰りの宇宙バスの中で南は何も話そうとしませんでした。ただぼんやりと外を眺めているだけでリンダと視線を合わせようとはしません。何時ものいじわるオーラも消えてしまって覇気が全く感じられませんでした。そして、牧場に戻ると一人部屋の中に閉じこもり出てこようとはしませんでした。そして、夕方の仕事の時間になって、リンダは南を迎えに行きます。


「ちょっと、南、お仕事だよ!」


リンダはそう言いながら部屋の扉をどんどんと叩きますが何の反応も有りません。リンダの足元にはボスがちょこんと座りこみ、心配そうな表情を浮かべて居ます。


「ねぇ、南ってば…」


リンダが心配そうな声で彼を呼び続けると、突然部屋の扉が開き南が出てきました。ここに来た時に背負っていたディーバッグを持って。


「――あれ、どうしたの?」


リンダが不思議そうに訪ねてみましたが南は無言です。


「ねぇってば」


再びリンダは呼びかけますが南はそれを無視して廊下に出ると玄関の方に向かってつかつかと歩いて行きます。それをリンダが追いかけます。


「じゃぁな」


南は軽く右手を上げて呟く様にそう言うと、玄関から出て行ってしまいました。それをリンダが更に追いかけて、牧場の門の前で手を握り彼を捕まえると彼はそれを無理矢理振り払います。そんな事を何度か繰り返す内に、リンダは要約南を捕まえる事が出来ました。


そして自分の方を向かせるとちょっとじれったそうに南に尋ねました。


「ねぇ、あんた、どうしたのよさっきから。黙って一体何処へ行くつもり?」



しかし等の南はリンダと視線を会わせようともしないし話を聞こうと言うそぶりすらも見せません。視線は何時も以上に攻撃的で表情も頑かたくなです。日が落ちかけて茜色に染まった空は幻想的で牧場の草達が夜風に揺れて1日が終わろうとしているのですが、南はバス停に向かって歩き、リンダはそれを必死で止めようとしています。


二人の騒ぎに気がついたミルおじさんとメイおばさんも母屋の中から出てきます。そしてミルおじさんは南の前に歩み寄ると優い表情でこう言いました。


「南君。今日はもうこの星から出る交通手段はないんだよ。明日の朝までバスは来ないんじゃ」


南はミルおじさんとも視線を合わせる事は有りません、心を閉ざしてしまっています。それでもミルおじさんは粘り強く説得を続け、家の中に連れ帰ると明日の朝までこの牧場にいる事を何とか承諾させました。


リンダは南が牧場を出て行こうとした訳は自分の意地悪な発言で南を傷つけた事が原因な事を改めて実感し酷く後悔して落ち込みました。リンダは暫く自分部屋で勉強机のいすに座り瞳を伏せて涙が出そうなのを必死でこらえながら、どうすればよいか考えます。そして、まずは謝らなければいけないと考えて、ゆっくりと椅子から立ち上がると、静かに南の部屋に向かいました。


南の部屋の前まで来ての部屋の扉をノックをしようとしたのですが、後ろめたさが先に立ってノックする事が出来ません。リンダは小さく溜息をついて視線を落とすと南の部屋の前から立ち去ろうとしました、その時です、扉が開く音がして中から声が聞こえました。


「――入れよ」


リンダはそう言われて南の部屋に入ります。その後ろを何故かボスまで付いてきました。彼も南の事が心配だったのかも知れません。そして部屋の中に入り彼のベッドの上に腰を下ろすと、それに続いてボスも彼女の足元にぺたんと腹ばいに寝そべります。南は椅子の背もたれを前にして跨るように座るとそれに頬杖をついてリンダをじっと見詰めます。そして一言こう言いました。


「悪かった……」

「――え?」


本当は自分が謝らなければならないのに南は自分が悪いと言ったのです。リンダは慌てて言葉を探しますが意外な南の発言に何も言う事が出来ません。


「ちょっと、取り乱しちまったな。本当に済まないと思ってる」


部屋のカーテンを撫夜風が撫でてひるがえり、虫のも聞こえて来ます。二つの月は神秘的な輝きで地上を照らし、ぼんやりと映し出された牧場の光景が幻想的な夜でした。


「昼間の彼女……」


リンダは夏子と言っていた女性の事を思い出しました。自分と同い年とは思えない、大人な女性です。


「俺のクラスの委員長なんだ」

「委員長?学級委員」

「そうだ。地球は此処と違って、毎日学校へ行くんだ」


リンダは毎日学校へ行くと言う事が信じられませんでした。でも、ネット上の学校しか知らないリンダには毎日学校へ行くと言うのも楽しそうでは有るなと思えました。


「へぇ……毎日、大変だね」


リンダがちょっと他人事の様にした返事を聞いて南は軽く鼻で笑ってから床に落として居た視線を上げて。リンダを見詰めながら一言こう言いました。


「あいつ、俺の彼女なんだ……」

「恋人、ふ~ん、素敵な人だものね」


リンダの心に恋人と言う言葉がずしんと来ました。南は成績も良く勉強を沢山してるのに、更に恋人ともちゃんと付き合ってるんだと思うと、地球の人って言うのは改めて凄いと思いました。


「成績は俺がとトップであいつがその次、逆の時も偶に有る」

「あの人も頭良いんだ、なるほど、確かにそういう雰囲気だったわね」

「夏子は大型メインフレームの技術者系の家系で、将来はネットワーク関係の技術者になると言って、それを目標にして勉強してた、その姿は直向きで回りもそれを理解して居た」


リンダには大型メインフレームと言われてもネットワークエンジニアと言われても、その職種がどんな物か想像出来ず、乾いた笑顔を張り付けて南の話をじっと聞いてるしか無か有りません。牛さんとか鶏さんとかの話ならば得意なのになぁと思いながら。


「成績で争う内に俺達は互いに魅かれ有って付き合い始めた。まわりもその事は認めてくれてた。教師達も親もな」


南は学校で先生にも名が売れてるって言う処に益々凄いと思いました。 


「だから俺は社会科学習の泊まり込み生活はあいつと一緒にネットワーク関係の仕事の体験をする筈だったのに、親父の気まぐれでこんな処に送り込まれたんだ」


リンダは南の話を聞いてちょっとムッとしました。悪かったなこんな処でと言う感じです。そして、リンダはちょっと不思議な事が有りました。


「あのさ、一つ質問なんだけど……」

「なんだよ」

「夏子さんの方が、あんたより微妙に成績が悪いのね?」


南の右眉がぴくんと動く。


「ああ、そうだ、互角と言っても良いが勝率は俺が上だ」

「だったら、なんであんたが委員長じゃぁ無いの?」


リンダが話し終わってから、二人は暫く見つめ合います。月の光が部屋に差し込みぼんやり乱反射して少しフォーカスがズレた感じに見えて、虫の音だけが部屋の中に響きます。


「何が言いたい……」


南は不機嫌な口調でリンダにそう尋ねました。


「何って、さっき言った通りよ。なんで成績の良いのにあんた委員長じゃ無いの?」


リンダの指摘に南はそっぽ向いていじけた子供の様な態度です。その行動を見たリンダは更に追い打ちをかけます。


「――分るわよ何となく、あんたの性格でしょ?」


それを聞いて南は椅子をガタガタ揺らしながらリンダににじり寄って行くと、少し凄んで見せました。


「俺の性格が悪いって言うのか?」

「何言ってるの、あんた自覚無いの?自分の性格に関して……」

「自覚とはどういう意味だ」


リンダは南と話していて、こりゃ駄目だわと思いました。そして、南のお父さんが、こいつをこの牧場に送り込んだ意味がなんとなく分かった気がしました。だって、動物とも付き合えない人間が人と付き合える訳が無い、人と付き合えないのにお医者さんなんかに成れる訳は無いそう考えたからだからと。


「まさか、こんな処であいつと鉢合わせするとは思わなかったぜ…こんなみじめな姿見られたら俺はもう……」


心の底から嫌そうな口調で其処まで言った刹那、南の顔面にリンダの黄金の右ストレートがめり込みます。普段力仕事している女の子の渾身のパンチです。下手な男の子のそれより破壊力が有ります。


「こぉんのぉ、黙って聞いてりゃ調子付きやがって、みじめな姿とはどう言う事、あたしは好きでこの仕事やってるんだ、みじめだなんて一度も思った事なんか無いわよ!」


そう叫んだところでリンダは頬に熱い物が流れ落ちるのを感じました。リンダの心は収まりません。顔を押さえて居る南に対して思いっきり「い~~~だ」をすると彼にくるりと背を向けて「ボス、おいで」と一言短く言ってから部屋を出て行きました。部屋のドアを乱暴に閉めた物ですから音が母屋全体に響き渡ります。


そしてリンダの涙は止まりません。それは不思議な感覚で、胸がぎゅっと締め付けられてとても切なく感じられました。二階の廊下から階段を通って台所に入ると、メイおばさんの姿。リンダはメイおばさんの姿を見て又、涙が溢れます。そして流れる涙を拭う事無くその場でべそべそ泣き始めました。メイおばさんは何も言わずリンダを抱き寄せて頭を撫でます。


「あ、あんな、奴、大大大っ嫌い!もう、心配もしてやらない、帰りたきゃ地球にとっとと帰れば良いのよ」


涙でぐじゅぐじゅの瞳を上げてリンダはメイおばさんの事を見上げます。おばさんは何時も通りの優しい笑顔でリンダを励ましています。何も言っては居ないけれど、何が言いたいか理解出来た様な気がしました。そして、すっと心が楽になった様な気がしました。

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