★Step8 彼氏、突然の再会

辺境の太陽系とは言え目的地の星は他の惑星に繋がる大きな駅が有りそこを中心にかなり発展していて沢山の行き交う人々がいる活気のある街でした。その雰囲気でリンダの気分も徐々に高揚して行きます。


「さて、それじゃぁ、一丁行きますか」


リンダは嬉しそうにそう言うと腕まくりせんばかりの勢いで商店街に向かいます。南はそれを見て何がそんなに楽しいんだと言う表情でパーカーのポケットに両手を突っ込み、あまり気乗りしないと言う表情でリンダの後ろをついて行きます。


「まず、ここ」


リンダが指差した先には、地球でも有名な輸入雑貨やおもしろグッズを扱う大きなビルの雑貨専門店。勿論、牧場で使う道具も揃う有名なお店です。南もこの店の事は知っているらしく、ビルを見上げてちょっと感心した様でした。


「ほう、こんな処にも有るのか」


南は人間の商魂魂は旺盛な物だと改めて感じましたが、その感慨に浸る間もなくリンダに引かれ店内をぐるぐると廻る羽目になりました。南はこれだからと女の買い物には付き合う物じゃないと改めて思います。何しろ迷い始めたら際限が有りません。リンダにもそれが当てはまりました。なんだか高校生にして心は既におばさんじゃあ無いかと心の中で密かに思いました。


「ねぇ、南、これと、これ、どっちが良いと思う?」


リンダは嬉しそうに赤と青、2種類のケトルを見せてにっこりと微笑みました。


「別に、どっちでも……」

「あら、大事な事よ。色や形ってその場の雰囲気に物凄く影響するんだから」


南はろくにリンダが選んだ商品を見ようとしません、それ以上に夜間ひとつ買うのになんでそんなに拘るんだと逆に不思議でなりません。でも、リンダにとってキッチンの雰囲気に溶け込める物なのかどうかという意味でとても重要な問題だったのです。


「もう、はっきりしてよ、どっちが良いの?男ならはっきりしてよ」


リンダが怒っている理由を南は理解できません。だいたい、自分が決められないから人に選んでもらおうと言うスタンスで何故自分が怒られなけりゃイケないんだと思ったのですがリンダの米神に『怒』マークがくっきりと浮き出ている以上、彼がどちらか決めるか有りません。そして、素直に目に飛び込んできた方を躊躇いがちに指差しました。


「こっち……」


彼が選んだのは赤いケトルでした。


「ふふん、赤か。赤色ってね、子供が良く選ぶ色なんだって」


リンダが嬉しそうにそう言っいますが、その統計は一体どこから出て来たのだろうと南は心の中で激しく突っ込みます……


「あんた、意外と子供っぽいんだ」


リンダの表情には、何故か初めて南に勝利したと言う満足感にも似た笑顔が有りました。子供っぽいと言われた南は『おめぇもだろ』と心の中で毒づきました。


♪♪♪


「これで、必要な物は一応全部…か」


リンダはメモ用紙と買った物を見比べて、忘れた物が無い事を確認しました。


「おい……」

「なによ?いまちょっと手が離せないんだけど」


南が不平たらたらの口調でリンダにそう言いました。無理も有りません。南は大量に買い込んだ物資を全て持たされていたからです。


リンダは荷物を指差し確認しながら南の声を聞き流します。


「少しは持ったらどうだ……」

「何言ってるの、荷物は男の子が持つのが基本中の基本じない」

「そんな前世代の遺物みたいな考えは……」 


南がの訴えが終わる前にリンダはぽんと手を打って思い出した様にこう言いました。


「ああ、そうだ、ゼリー飲料買わなきゃね」


リンダはにっこり笑って南の方に振り向きます。本当はメイおばさんの料理を食べて貰いたいかったのですがそれにはもう少し時間が必要かなと思いました。さっき赤のケトルを選んだ事でリンダは南の事を未だ意外と子供だと判断したのです。今迄の行動はその幼児性から来てる物で、わがままなのは『子供の癇癪かんしゃく』だと考える事にしたのです。彼が自分の牧場にいる期間はあと3か月も有ります。その間に少しでも大人になってくれれば、この体験学習も成功だしミルおじさんが親友の信頼も裏切らない、全て上手く行くと考えました。


「さ、行こう。向かい側にコンビニ有るよ、其処で買えるから」


リンダはそう言って南を急き立てて下りのエスカレーターに向かって歩きました。荷物を沢山持って正面からの人を避けつつ歩くの意外と至難の技で、普段コンピューターのキーボードを叩くくらいしか体を動かさない南には酷く重労働でした。何故自分がこんな事をと言う文句ばかりが心に浮かび口に出そうになりますが、リンダはさっさと先を行きます。


「ねぇ、早くおいでよ!」


その能天気な呼び声に南の米神に『怒』マークが浮き出ます。こんな、クソ重い物持たせやがって、こんな物その辺に放り出してやろうかと、本気で考えてました。リンダの方に無かって足早に近付いて行こうとしたのですが慣れない大荷物を持って少し足元がおぼつかない南は両手に下げた紙袋に躓いて思った通り派手に転倒してしまいました。


「く……」


荷物をぶちまけて転んでいる南にリンダが心配そうに駆け寄ります。


「ちょっと、大丈夫?」


南は何が大丈夫だ、そう思うなら少しは持て!とついに怒りが爆発して心の声がホントの声なりそうでしたが、南が見上げた視線視線の向こうにはリンダ以外の女性が一人、その女性の姿を見て南は固まってしまいました。


南の視線の向こうに立っていたのは、すらりとした長身で黒く長い髪と切れ長でエキゾチックな瞳が醸し出す東洋人特有の神秘的な印象で、上品なスーツとミニのタイトスカートが良く似合う大人を感じさせる女性でした。そして彼女は南を見下ろし信じられないと言う表情で南の事を見詰めています。


「――南……くん?」


やけに口籠った女性の声を聞いた瞬間、それでなくても顔色が悪い南の顔色が更に悪化した様にリンダには感じられました。それは錯覚では有りません。そして何時も鋭い眼光も徐々に薄れて言う様にも感じました。南は何処に視線を向けて良いのか戸惑いながら、自分の目の前に立ち尽くす女性を見ながらこう呟きました。


「夏子……」

「何、してるの、あなた?」


南に夏子と呼ばれた女性は、ちょっと引き気味に怪訝そうな表情で南を見降ろします。南はその視線を浴びる事が辛いらしく、その視線から逃げる様に女性から顔を背けます。


「おまえ、こそ、何やってるんだ、こんな処で……」

「私……私は生活体験学習でこの星で金融システムの構築を手伝ってるの…あなたは?」


夏子の質問に南は答える事ができません。医者になろうとしている自分がこんあ辺境の惑星で牛の世話をしているなどとは死んでも言う事が出来ないのです。沈黙が続く二人の間にリンダが割って入ります。


「――あ、あの、こいつ……いえ、南君のお知り合いですか?」

「え、ええ。地球の学校でクラスメートの三村夏子と言います」

「あ、あたしは、リンダ、リンダ・リルルです」


リンダは取りあえずコミュニケーションを取らなければと握手する為に右手を差し出すとそれに合わせて夏子もゆっくりと手を出します。リンダの目に映る夏子の手は良く手入れされていて爪の輝きが年上の女性を感じさせます。一方リンダの手はがさがさでささくれ立って、爪も切りっぱなしで化粧っ気が有りません。リンダはそれがちょっと恥ずかしくて握手してからぱっと手を引っ込めてしまいました。


リンダとの挨拶が終わると夏子はちょっと戸惑った表情で南の脇にしゃがみ込み、今一番疑問に思ってる事を訪ねてみます。


「南君、今、生活体験学習してるんでしょ?どんな事してるの?」


腫れ物に触る様に状況を尋ねる夏子に対して南は沈黙を貫きます。田舎の牧場で牛を相手に暮らしてるなどとは、恥かしくて言う事が出来ません。しかあし、夏子を無視できなくなり、そっぽ向いたままこう答えました。


「べ、別に……」

「そ、そう、元気ならそれで良いんだけど」


二人の会話を聞いて、農業をしている事が人に言えないほど恥ずかしい事だと思われてる事に対してリンダ心にカチンと来るものが有りました。そして地球に暮らす人達の認識はこんなものかと思った時、怒りを覚え、南に意地悪してやりたい気持ちが湧きあがります。リンダは何気なく二人の間に割って入ると、にっこりと微笑むと、夏子の顔を見ながらこう言いました。


「南君はうちの牧場で農業体験してるんですよ。牛とか相手にしながら…」


その瞬間南の心がぶつんと音を立てて切れてしまいます。


「余計な事言うな!」


そう叫んでから、リンダの胸倉を掴まんばかりの勢いで立ち上がると奥歯をかみしめながら危険な眼光を隠す事無く「何も言うな…良いな…」と凄んで見せました。夏子はリンダの話で南が何故、自分がやっている事を言いたがらないか察し、ゆっくりと立ち上がると髪の毛を掻きあげてから妙に冷たい笑顔を作って見せます。


「そ、そうなんだ、なんか、凄い事してるのね…あ…私、未だ仕事の途中だから、これで、ね、南君…頑張ってね」


夏子は後ずさる様にその場を後にしました。彼女の最後の視線には憐みが有った様に感じました。残された二人は茫然とその場に立ち尽くし、風が一陣吹いて根なし草が転がって行く様な気分になりました。特に南は立ち直れないと言う表情が有り々と浮かんで痛々しくも感じられました。

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