あこがれの地球で

★Step11 彼氏の家庭の事情

ウィングバード国際宇宙空港。


都心に一番近い宇宙空港ですが、こんな大きな建物を見る事自体リンダは初めての経験ですので思わず見入ってしまいます。


何か盛んにアナウンスされていますが、人々のざわつきで良く聞き取れません。こんな沢山の人の中に身を置く事も初めてですが、こんなに人がたくさん居るにも関わらず、リンダは何故か不安になりました。人波に飲まれる様な感覚…初めての不安感です。変な焦燥感と興奮がリンダに押し寄せます。


リンダは到着ロビーを何とか見つけ出し、そこに出ると周りをきょろきょろと見渡します。メモ用紙には、目的地までの移動方法が書かれていましたが、予想上に広い建物の中で、迷子の子供状態になってしまいました。仕方無いので案内所を探して聞いて見ようと考えた時、近くで声が聞こえました。


「おい、こっちだ」


聞き覚えの有る声……そう、それは南の声です。嫌な奴と思ってはいても、知合いの声が聞こえるのは孤独から解放された気がしてこの様な状況の中では心強い物です。


「なに、きょろきょろしてるんだ、恥ずかしいから早くこっちに来い」

「え?あぁ、うん…」


南は相変わらず、ぶっきらぼうで人当たりが良くありません。これから三か月こいつの家で暮らす事に成る訳ですが、リンダはやっぱり早まったかなぁと思いました。南の視線にもリンダの姿が確認出来た様で、彼は器用に人をかき分けリンダに近寄って来ます。


「ほら、早くしろ、行くぞ…」


予想はしてましたが南はリンダの荷物すら持ってあげようとはしません。相変わらず冷たい奴とは思いましたが知合いは知合い、それに地球の住人です。従わない訳には行きません。リンダは黙って、南の後をついて行きました。


到着ロビーから地下に廻ってモノレールに乗り、環状線の最寄駅から15分程行った場所で電車を降りて、そこから暫く歩きです。


「ね、ねぇ、ちょっとあんた、少し待ちなさいよ」


荷物を抱えたリンダは南が歩くペースについて行けません。それに都会の空港や駅は意外と段差が多くて重い物を持って歩くには、日頃力仕事で鍛えてるとは言え、女の子の腕力ではちょっと骨が折れます。


「何、言ってんだ。此処で暫く暮らすんだから、これ位早く慣れろ」


でも、南はちらっと後ろを見ただけでリンダの荷物を持とうとはせず冷たくいそう言い放っただけで悪びれる事無くリンダの前を歩いて行きます。そして、リンダは思います……


「な、慣れろったって……」


憧れの地球だった筈ですが、現実は厳しい様です。リンダは初日から心が折れそうになってしまいました。


♪♪♪


南は両親と一緒にマンションで暮らしています。リンダは、此処でもちょっと不思議な光景に出合いました。それは玄関に辿り着くまでの手続き。指紋認証だのID提示だの色々と面倒くさい事をしないと玄関の扉が開きません。鍵が本人で有る事を認識してくれないのです。牧場ではドアをノックするだけで全て済むのですが、人が多い分、物騒なのかと思いました


「入れ」


南はぶっきらぼうにそう言うとリンダを家の中に導きいれてくれました。


「――お、お邪魔しまーす…」


南の肩越しに部屋の中を覗き込むと一人の女性の姿、丸眼鏡でエプロン姿、ひっつめ髪でちょっとメタボかなと言う感じでは有りますが印象は悪く有りません。その女性は、二人の姿を見ると笑顔で玄関に迎えてくれました。


「あの……お母様ですか?」

「いや、彼女は家政婦の永沢光江さん。おれが小さい頃から面倒見て貰ってるんだ」


南に紹介された光江さんは笑顔でリンダに一礼します。リンダはあぁ成程と思いました。初対面の時、南がリンダの事を使用人と間違えたのは、こう言う生活環境が裏打ちしてたんだなと言う事を感じました。


「さ、お上がり下さいませ」


光江は低姿勢にスリッパを二人分用意しました。日本には妙な習慣が有る物で、家の中に入る時には、靴を脱ぐのだそうです。これはちょっと新鮮な驚きでしたし、良く考えてみれば家の中が清潔に保てて良いのかもと思いました。


光江に案内されて二人はリビングに。そこでも新鮮な驚きに遭遇します。テーブルがやけに低くて「座布団」と呼ばれるクッションが置かれていました。その上に座って寛ぐそうなのですが、これはちょっと慣れるのに時間がかかりそうでした。長い時間座って居ると、逆に足が疲れそうです。ちなみに、日本の精通している人は「正座」と言う座り方をするそうですが、リンダには出来そうも有りませんでしたので膝を崩して、ぺたんと座布団に座りました。


「両親は、帰って来ても夜中だから気にしないでいてくれ」


リンダはそれを聞いて、ふうんと鼻で返事をします。そしてちょっとした疑問が浮かびます。


「ね、南は、毎日学校へ行くんでしょ?」


南は相変わらずです。リンダとは視線を会わせようとしません。俯うつむきき加減の上目遣い、言葉だけで答えます。


「ああ、そうだ」

「今日はどうしたの?今日は平日よね…」


南は痛い処を突かれたと言う感じで、視線をリンダから外しました。


「今日は休みだ」

「お休み?」

「自主的にな。それにお前が来るって、親父から聞いてたし」



要するに学校はサボった訳で、しかもその理由をリンダに被せようとしています。


「なによ、あたしは、一人で此処まで来れたわ」

「何を言ってる、到着ロビーでおろおろしてただろうが」


南は遠巻きにリンダの事を見て居た様です。見つけたなら、早く声をかけて欲しい物だとリンダは思いましたが、こいつの性格から考えてそんな事は考えられませんでしたが。


「さぁ、どうぞ」


光江がお盆に茶碗を乗せて台所から持って来ました。差しだされた茶碗の中には、薄緑色の見た事の無いお茶が入れられていました。リンダは「ありがとうございます」と言って、一口それを啜ります。とても不思議な味がします。コーヒー程苦くは有りませんがお湯と言う訳でも有りません。ハーブティーとも違う、その香りはリンダの好みで好きになれそうな味でした。


「で、お前、地球で何やるんだ?」

そうです、リンダは社会科見学、物見遊山の旅行では有りません、あくまでこれは勉強なのです。

「うん、地球に来る前に色々考えたんだけど、あたしは地球の学校に行ってみようと思うの」


南は何を言ってるんだと言う複雑な表情をするとリンダをじっと見詰めます。


「学校?」

「そうよ、学校に行くの。南が行ってる学校に三ヶ月間短期留学する事に決まったわ。一応試験も受けて合格したんだから」


リンダは笑顔でそう答えましたが、南が通学する学校は有名な進学校で簡単に入学する事は出来ない筈です。リンダの学力で、どうやって合格したのか南は不思議でたまりませんでしたが、努力で勝ち取ったのであれば褒めてやれる事だと思いました。


「明日から、学校行くから宜しくね」


そうリンダは明るく笑顔で話してはいますが南は絶対裏が有るなと考えました。


「お前が、自分で考えたのか?」


怪訝そうな表情で話す南に対してリンダはあくまで笑顔を崩しません。


「うん、そうよ。地球で学校に通う経験なんて今しか出来ないもの。ミルおじさんもそれが良いって言ってくれたし」


リンダは、明日からの事を考えると、わくわくするのとちょっぴり不安なのが入り混じって不思議な感覚に襲われます。これから何が起こるのかを考えると、心臓までドキドキして来ます。


「言っておくがお前が思ってる程、地球の学校生活って面白いもんじゃぁないからな」


南はリンダのわくわくに水を差します。誇大妄想は現実を見た時、急激に萎み、衝撃は計り知れない物が有りましたから、南はあえてリンダの心に水を差しておこうと考えたのでした。


「――どうして、沢山人が居るんでしょう?楽しそうじゃない」


南は、はぁつと溜息をつきます。どうしてこいつはこんなにお気楽で居られるんだと言う意思が、ありありと感じられます。


「あのな、人が多いから問題なんだ」

「――?」

「回り全部がライバルだ。油断してると足元掬われるから……まぁ、せいぜい気をつけるんだな」


南はそう言って明後日の方向を向いてしまいました。


「処で、お父様とお母様、いつ御帰宅の予定なの?先ずは御両親にちゃんとご挨拶しなさいって、ミルおじさんにも言われてるから」


そう言ったリンダを南はちらっと見て再び視線を外します。


「さぁな。何時帰って来るかは仕事の混み具合次第だ。帰って来ないかも知れん。帰って来たとしても夜中だろうな」


リンダはお茶を一口啜ります。そして…


「じゃぁ、今夜は二人っきりの可能性が有るの?」


南の視線が一瞬リンダを捉えます。


「大丈夫だ、心配いらない。光江さんは泊まり込みの家政婦さんだ」

「あ……そぉ」


なんだか良く分りませんが、ちょっと気まずい空気が流れます。なんと表現したら良いのか、その所謂変な空気です。


「失礼します」


光江が部屋の中に入って来ました。


「リンダさん。ミルさんと言う方からお電話ですよ」


やっぱり都会に一人でリンダをよこすのは心配な様です。ミルおじさんは、無事に着いたかどうか確認したかったのでした。


「はい、ありがとうございます」


リンダは明るくそう言うと、光江の後ろをついて玄関横の電話に向かって居間を出て行いました。そして南は膝を崩し体の後ろに手をついて足を投げ出し天井を見上げます。


「ふう…」


大きな溜息をついた理由はリンダの言葉に一瞬どきりとしたからです。こんなソバカスだらけで田舎のトウモロコシみたいな娘の事は全く気にしていない筈でしたがリンダの「二人っきり」と言う言葉に反応してしまった自分に驚いたからです。


自分には夏子と言うれっきとした彼女がいます。それをもう一度心の中で繰り返して大きく深呼吸して気分を落ち着けました。もうすぐ夕方です。南はゆっくり立ち上がると窓の外の風景を眺めました。都会の喧騒は寂しいざわめきで、心が足りない気がしたのはリンダを見ていたからでしょうか……

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