第11話 天文部
◇
生徒会室に入ると前と変わらない光景がある。そこには誰もおらず、本当に個人的な頼みごとなのかもしれないと思う。
しかしなんでまた、わざわざ生徒会室に? そもそもこの桜木は、何を考えているのかわからない。まだこの桜木遥という少女のことを俺はよく知らない。だから俺に、いったい何をお願いするのか想像つかないのである。
ツカツカと、室内の壁際に沿った本棚に向けて桜木は歩いていった。そこから一つのファインダーを取り出すと、中から一枚の紙を抜き出す。そのプリントを確認するようにしてから、ファインダーを元の位置に戻し、中央に設置されたコの字型の長机にその一枚のプリントを置いた。
「これに名前を記入してほしいの」
そのプリントを見ると、そこには入部希望と書かれていた。
え? 今更部活動? 中学も帰宅部だったのに、俺にできそうな部活なんてないぞ。
「いや、何部にだよ。というかまず、桜木の目的と理由が分からないんだが、ちゃんと分かるように説明してくれないか?」
「そうよね」と少し反省したようにシュンとする。そしてこちらを向き、桜木は目を合わせて話し始めた。
「逢坂君。あなたに天文学部に入部してほしいの」
「なんで?」
いや、本当に何で? 桜木はどうやら結論だけを相手に伝える癖があるようだ。肝心なことは言わず、自分一人で完結する。良いように言えば自己解決能力が高いということなのかもしれない。
「理由は、天文部の部員が今一人しかおらず、廃部になりそうだからよ」
「その一人が頑張ることじゃないのか」
「それが私だからよ」
当たり前のように言うが、それは割と大事な内容なのではないだろうか。桜木は天文部というより、茶道部や弓道部のような伝統ある奥ゆかしいイメージがあったが意外である。
「お前が天文学部を存続させたいのはわかった。でもなんで俺なんだ? 別に他の奴でもいいだろうに」
「私の知る限り、部活にも所属していなくて、塾にも通ってなく暇を持て余していそうな人物があなたしかいなかったからよ。だからあなたが最適で、向いているのだと思うの」
なぜだろうか。最適で向いていると言われてものの気分がいいわけではない。確かに事実なのではあるが。
「それ褒めてないよね」
「褒める必要があるの?」
カクと首を傾げ、何か間違ったことを言ったかしら、と言わんばかりに不思議そうな表情をするが自覚はないのだろうか。あとちょっと可愛い。
「必要っていうか…、仮にも頼み事なんだし」
「確かにそうね。で、どうかしら?」
だめだ。全く響かない。
「メリットは?」
そう言うと、桜木は口に手を当て少し考えるがすぐに答える。
「メリット…、そうね。天文学部には部室があるの。そこを自由に使えて、占領できるってところかしら」
桜木には真面目で優等生といったイメージを持っていたが、柔軟性もあるというか、バカ真面目という風ではないようだ。俺の友達である古田は正義感が強く、曲がったことが嫌いでお人好しである。なので桜木と古田は似ているようで違った側面も持っているのかもしれない。
「それ……多分お前が天文学部を存続させたい理由だよな」
「まあそれもあるけれど」
そう言ってまた桜木は何か考えているようだ。少し間を開けて答える。
「ではこういうのはどうかしら。私があなたに勉強を教えてあげる、とか」
「やっぱり桜木頭良いのか」
まあイメージ通りだ。そういった背景からくる自信のようなものを彼女からは感じる。
「一応学年では一番よ」
「一応の使い方間違ってるぞ。ちょいちょい嫌味な奴だよなお前」
「そうかしら。そういうことを面と向かって言うあなたも嫌味な奴だと思うけれど」
負けん気も強いのかこいつは。話が逸れつつあった会話を遮るように、生徒会室の扉が開かれた。そこにいたのはこの前の件で知り合ったというか顔見知りになった神田早紀がいた。更に神田に続いて入ってきたのは俺の知らない美青年である。
「先客がいたのか。えっと君は逢坂君だね」
その美青年は俺と桜木を見ると話しかけてきた。彼は皆と同じ制服を着ているのに、オーラなのか、顔のせいなのか随分と華やかに見える。長めだがきちんと切り揃えられ、清潔感のある髪型に長い睫毛。中性的なその顔立ちは美青年という言葉がしっくりくる。
「はい。そうですが」
俺のことを知っているとなると……。いや誰だこの美青年。俺は返事をすると、その見るからに人当たりの良さような美青年は、俺の前に来る。
「僕は生徒会長の黒崎颯太だ。よろしく。そこにいる神田さんの件でもお世話になったようだね。ありがとう」
「いえ、俺は別に何も」
この美青年は生徒会長であったか。というか最近、俺の周りこういう人種多くないか? 類は友を呼ぶ。この法則に従い、俺もそういう人種ってことでいいかな。
「遥は天文学部の部員に彼を選んだんだね。うん。いいんじゃないかな」
果たして何がいいのだろうか。黒崎はうんうんと頷いている。
「はい。そうです」
「いや、俺は別に」
なし崩的に天文部に入部する流れになっている。いやまあ別にいいんだけどさ。
「そうだった。神田さん話を聞こうか。彼らも居てもいいかな」
「はい。私は別に構いません」
神田と会長の黒崎はそのまま椅子に腰かける。そして神田はその場の全員に話しかけるように話し始めた。
というか完全に帰るタイミング見失ったんだが。
「私、幼馴染の男の子がいるんですが、最近その彼が学校に来てないんです。不登校というか学校に来る頻度が低いんです。元々ちょっとヤンチャな部分があるんですけど、そこまで問題視するほどではなかったんですけど……。心配というか」
「その彼は同級生かな? 名前は?」
黒崎が質問を挟む。
「私と同級生の二年生で、吉田浩平という名前です」
「ああ彼か」
「知っているんですか?」
「二年の中でも成績優秀だよね。でもこの前カンニングをしたとか噂が流れてるみたいだし、いろんな意味でも有名だね」
カンニングの噂は吉田という生徒のことだったか。ということは吉田はうちのクラスの生徒か。
「私も知っているわ。同じクラスだから。それに一年生の時、一度成績を抜かれたからどんな人かと思っていたら、不良っぽい見た目で人は見かけによらないと思ったのを覚えているわ」
さっき桜木から学年トップだと聞いたが、それが抜かれたとなるとその吉田は一番になったということなのだろうか。
「この高校にも不良っているんだな」
この学校、上条西高校は県下でも偏差値が高くて有名である。だから不良という存在にお目にかかる機会はあまりない。まあしかし一口に不良と言ってもその定義は曖昧で確かな線引きがあるわけでもない。なんとなくの雰囲気である。
「うちみたいな進学校は、意外と校則が緩かったりするからかしら」
「とはいっても、校則が一気に緩くなったのは数年前からなんだけどね」
黒崎は会長であるから勿論学校のことに詳しいのだろう。実際うちの学校はこれといって校則が存在するわけではない。髪型も基本自由であるし、服装も校則で縛られているといったことはない。自由だから逆に反発しようとして逸脱する生徒もいないのだろう。学校側としては生徒の自主性を重んじた上で、規律の必要性を考えさせる方針なのだろうか。
「まあとりあえずこれは生徒会の仕事みたいだ。しかし二年生のことだから遥と将司に任せてみてもいいかな。将司には僕から伝えておくよ」
そういって黒崎は腰を上げる。桜木は「はい」と返事をしたが、自信に満ちた返事ではなく、やってみせるという意思を感じる表情だ。
「僕は僕で何か考えてみる」
任せっきりにはしないのか、黒崎は柔和な笑みでそう付け加えた。
「それじゃあ僕は今日はちょっと出るよ」
「彼女を頼むよ」
そう俺にしか聞こえない声量で耳打ちをして黒崎は生徒会室を出ていった。
まあどうしたって男子高校生が恋するのは当たり前の話であって 七夕 乃月 @bonjirimaru
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