未婚の貴族or高名の依頼人 30
その日の夕方、裏口から店に顔を出した顔なじみが呆れた顔をしていた。
「キティ! まだ仕事をしてるのか?! 明日はポーキーと結婚式だっていうのにさ! まあ、やめたいっていうなら、俺がスコットランドまで、駆け落ちしてやっても……いてっ!」
「このバカ!! 覚えてるわよ!! すぐ帰るわよ!!」
そして迎えた翌日、キティの結婚式のドレスは、例の道明寺さんの渾身の力作であったので、新郎のポーキーや周囲のみんなも唖然とするほど豪華なドレスだった。
シャンパンホワイトのモワレ地と、サテンの組み合わされたバッスルドレスは、オランダ風の見事なレースで、さまざまに複雑に縁どられ、結い上げた髪についている花飾りとおそろいにあつらえられた、本物と見間違うような沢山のシルクの花々が上品に、そこここに飾られ、長くうしろに裾を引いている。ぴたりとあつらえられた、同色のシャンパンホワイトの手袋は、キティの細く長い指先を、さらに引き立たせ、まさにその姿は一幅の絵であった。
彼女がドレスのことを、東洋から来ていた大富豪の貴族令嬢のプレゼントだというと、ポーキーや周囲は納得し、ポーキーなどは思わず、「世界一きれいな女には、世界一のドレスが似合うな!」なんて言って、周囲に大いにひやかされ、照れまくったキティに、手にした清楚な花束のブーケで叩かれていた。
なお、エジプシャン・ホールに数年後、真新しいミイラが、支配人も知らない間に増えていたが、気がついたホームズは、なにも言わなかった。
ミイラの布を取れば、かつて森番の娘だったジャネットやヴァイオレットを含め、かつては様々な階級の女性たちを夢中にさせた、あの男の成れの果てだとわかっていたけれど……。
ちなみにマスグレーヴ家には、もちろん花嫁は来ず、執事は主人の前でも、露骨にかなりがっかりしていた。
~~~~~~
〈 ベーカー街221B 〉
「かくして、グルーナー伯爵は、優秀なひとりの探偵と、スコットランドヤードの警部の手によって、死刑台にのぼり、令嬢は魔の手を逃れたのであった……こんなところかねホームズ? 詳しいところや、キティのところは丸ごと削ったから、作者としては少し物足りんが……」
「まあ、いま少しの推敲は欲しいが、大体いいんじゃないのか? で、タイトルはどうするつもりだ?」
「“独身の貴族”はどうかね?!」
「…………」
「……だめかね?」
ホームズはパイプをくわえ、少し考えてから口を開いた。
「世間の目をより欺くとすれば、僕なら“高名の依頼人”……とでもつけるが……ま、好きにするといいよ。君が作者だ」
「“高名の依頼人”ねぇ……おい、どこへ行くんだ?」
「ハドソン夫人の台所だよ、なぜか昨日から扉が開かなくてね」
「そりゃ大変じゃないか!! ホームズ、もうマリア嬢に会えなくなるぞ!」
「……それば別に……まあでも、もう少しあちらの世界を研究したいとは思って……」
「ごたくはいいから急げ! 本格的に閉じてしまったらどうするんだ! 困るのは君だぞ!」
「…………」
扉の向こうには、板を釘で打ちつけるテレーゼの姿があった。
「用事があるときだけ、こっちから開くような仕掛けを作るまでは、とりあえずこれで!! まったく、好き勝手にウロウロされちゃ困るのよ! なに?! なにか文句ある訳、姉さん?! 部屋で大人しく任侠ドラマでも見てたら?!」
「えーっと……なんでもないけど、サルタイヤ卿のアレ、返してからの方が良かったんじゃないの?」
「あ――、
「このままじゃ、あなたがドロボウよ?」
「~~~~板はずす! 手伝って! とりあえず返してくるから! あと、もう、あのドロボウ探偵は会っちゃだめよ?!」
「…………」
あちらの世界とこちらの世界、ふたりが再び出会うのは、そう遠くない様相と騒動を見せていた。
「そういえばホームズ、最近、薬をやめたんだな……」
「それよりも、興味深いモノに出会えたからね……」
「お嬢さんといいたまえよ……」
「……なんの話かね?」
そうしてこの先も、またワトソン博士が、本にしたくなるような騒動が、起きるのだけれども、それはまた別のお話で……。
夢のようで、夢でない、そんなあちらとこちらの、それはそれは遠くて近い世界にある、時の魔術が産み出した御伽噺……。
ありはしないはずの、でも確かに出会ったふたりの先に続く、事件簿の書き留めるためのメモは、いましばらく閉じられたままなので、先はまったく分からないままだけれど……。
~ The Happy End or To be continued? ~
シャーロック・ホームズの不可思議な冒険 相ヶ瀬モネ @momeaigase
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