未婚の貴族or高名の依頼人 20
〈 ~極東からの息吹~わたしの愛する大日本帝国コレクション~ 開催二週間と六日前、マスグレーヴ家
ホームズやマイクロフト、ワトスン博士たちが、カントリーハウスの森番の娘、ジャネットに、質問という名の尋問をしている頃、マスグレーヴとマリアは、本来は夜会や舞踏会を開くはずの
なぜかといえば、たとえどんな高貴な貴族の令嬢であっても、三日後に開かれる
ロンドンのウェスト・エンドでも、順番待ちの一流どころの洋装店に、マスグレーヴが特急でそろえさせたドレス一式は、ペティコート(ドレス用のスカートとほぼ同じ)、襟ぐりの深い
明日の
そして前出の通り、テレーゼはトレーンの裾を捌ききれず、踏みまくって……現在に至る……。
ぽろりと、美しく結い上げた、金色の髪に刺さった羽飾りが、もう何度目か分からないくらい、床にふわりと落ちてゆく。
「……ぎゃっ!!」
「危ないっ!!」
ふいに、再びそんな光景が繰り広げられていたところに、マイクロフトが顔を出す。
「いや、もう、あらかた聞きたいことは済んだ……おや?
「え……」
マリアとテレーゼは頭の中で、このクジャクドレスを着たお嬢様が、満員電車にすし詰めになっているところを想像し、テレーゼはついに根を上げた。
「も――、こういう肉体労働は姉さんにお願い! 大丈夫よ、顔は似ているし、どうせ拝謁したあと、二度と会うことないんだから!!」
「……姉上の運動神経はいいのかね?」
抱き上げたテレーゼを、そっと長椅子に横たえてから、マスグレーヴは振り返って、マリアにたずね、嫌な予感しかしない彼女は、ゴージャスな天井に目をやりながら、少し間をおいて口を開いた。
「そ、そんなに――妹と変わりはな……!」
「僕が負けるほど運動神経はいいよ! 柔術で僕は彼女に勝ったことがない。極東の女性は武芸の嗜みがあるのが、上流階級では普通だからね!」
『だ――!! いらんときに顔出すな!!』
「妹と変わりはないですよ? きゃはっ!」
そんなことを言って、クジャクドレスの苦行から、のがれようとしたマリアは、ちらりと恨みがましく、顔を出したホームズに視線をやってから、唇を一瞬かみしめ、「では交代で!」礼儀に関しては容赦ないマスグレーヴにそう言われ、今度は自分がこれを着て、後ずさり……。
あ――なんだか、わたしの方がやることが多い!
なんて思ったが、運動神経を置き忘れて生まれたようなテレーゼには、無理だと内心分かっていたので、すごすごと部屋に戻り、
『こんな本格的じゃなくてもよくない? あと、自分の良過ぎる運動神経が憎い!』
「素晴らしい! 実に素晴らしいレディです! さすがはマスグレーヴ卿のご婚約者! 初めてとは思えない! 一度教えただけで、すぐにこれほどになられるとは!」
講師が感激しながら、彼女の手を取って踊るのを見て、マスグレーヴは一安心し、自分の儀礼用の装いの確認と、先着順の有象無象の令嬢とは違い、一足飛びに優先で謁見できる『アントレー』と呼ばれる、いわゆる『エクスプレスパス』の手続きをしに姿を消す。
マイクロフトとワトスン博士は、なんとなく面白そうな顔でホームズを眺め、ホームズはといえば、「……運動神経だけはいいな」などと言って、用意があるからと姿を消していた。
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