未婚の貴族or高名の依頼人 15

【毎度おなじみ、果汁30%(真実30%)の果物ジュース並みに、ウソ盛り沢山の前説/今回は、イギリス東インド会社です】


 イギリス東インド会社(※この先は、東インド会社表記)は、表向きヴィクトリア女王の勅許を得て、イングランド銀行に融資を受け、主に植民地やアジア圏との貿易をし、のちに国家による様々な役割まで、担当していた幅の広すぎる貿易会社です。


 東インド会社と、日本との有名な関わりは、未来の『日露戦争』で日英同盟のもと、日本に対して、ロシアのバルチック艦隊の動きを、貿易という名目で、その世界中に張り巡らされたネットワークを通じて、逐一日本側に提供していました。


 また、バルチック艦隊が、東インド会社からの圧力で、通常の石炭を使用するしかなく、その黒煙で日本側に位置を悟られやすかったことに対し、日本の艦隊に対しては、燃焼時の煤煙や臭いが非常に少ない『無煙炭』を、大量提供し、敵に居場所を格段に察知しにくいという、当時の海戦上の優位に立たせたのも、この東インド会社の活躍があったからです。


 この会社は設立当初より、極秘裏に世界中に大英帝国に向けた情報を集める組織として活動し、一度、完全に解散したあと、復活した現在も表向きは、主に紅茶や食材を、世界中で売り歩きながら、イギリスの影の諜報機関として、密かに大活躍しています。


※以下本編です↓


~~~~~~~


〈 前夜の喫煙室 〉


「……兄さん、知らせはまだかねぇ?」

「最優先で動けと言っている。もうすぐ来るだろう」


 深夜、ホームズ兄弟が、そんなことを言いながら、喫煙室の視界を、ほとんど真っ白にし、ワトスン博士が眠た過ぎて長椅子に転がってから、しばらくたった頃、庭に面した窓に、コツンとなにか小さな音がして、シャーロック・ホームズが、待っていましたとばかりに窓を開ける。


 すると、どこから侵入したのか、ひとりの浮浪者風の男が、実に身軽な動きで、室内に入って来た。


「君、遅いよ! 待っているうちに、老人になるかと思った! 君は昔から、だいたい……」

「……元気そうでなによりだ。弟は無視して構わんから、ゆっくり話もしたいが、そうもいくまいて。情報を置いたら、すぐに行ってくれたまえ」


「……申し訳ございません。なにせ、オランダで裏を取るのが、少々骨が折れまして……。マスグレーヴ卿にも、くれぐれも、よろしくお伝えください」


 浮浪者は風体に合わない、実に貴族的な発音でそう言うと、薄汚れた上着のポケットから、真っ白な封筒を取り出し、マイクロフトに手渡すと、部屋の隅にあった盛りつけられた果物の中から、林檎をひとつ取ってポケットに詰め込み、まるで誰もいなかったかのように、また窓から姿を消し、闇に溶け込むように消える。


 彼は、オックスフォードで、ちょうどマイクロフトの後輩であり、シャーロックの先輩であった。


 某子爵家の四男であったので、「卒業後は家を出て働かねばならない。四男なんてそんなもんだよ」そう言って表向きは『東インド会社』の会計部門に、レオ・テイラーという偽名で勤め、世界中を監査して回りながら、その実、こうして政府の裏で動くマイクロフトのような存在のために動く、の人間として、様々な身分に身をやつして、働いているのであった。


 彼のもたらした『グルーナー男爵のサクセスストーリー』の情報は、果たして、ホームズの想像通りであった。そして手間取ったのも無理はない。なにせ関係者のほとんどは、行方不明のひとりを残して死亡している。よくぞ手に入れたものであった。


 男爵のことを、ホームズがこの事件にあたり徹底的に調べ上げていたが、さすがに、ここまでの情報は手に入れることができず、あとは推理による想像の域を出ていなかったが、彼の働きにより、男爵の罪状および、これまでの国家に対する反逆に等しい、通貨偽造の証拠の存在を確信するに至る。


 彼は相場師であり、その相場によって財を成し爵位を手に入れた『オーストリア貴族』そこまでは、初めから提示された情報であり、ホームズが再び調べた通りでもあった。しかしながら、投資には種銭たねせん、つまり元手がいるのである。


 その種銭たねせんの出どころと、それからの収支が、どう考えても調べても、おかしかったのである。


 盗みや窃盗という手もあるが、いくら調べても彼の経歴からは、キティの言う『女の収集』の副産物、死んだ女の財産を手に入れて、『骨董品を収集』し、そしてまた投資に成功し……そう言われると、表向きは、おかしなところはなかった。


『入って来た金と、出て行った金の、こと以外には』


 ホームズのその疑念が確信に変わったのは『荷物/テレーゼ』を迎えに行ったときである。確信を与えたそれは、あの男が好きな『日本の骨董品』の専門書らしき本の一冊である。


 そこには、あの男が『清/中国』で作られた、日本風の陶磁器なので安く手に入った。


 そう言っていた、見た目は実にヨーロッパ的で、それを見たヨーロッパの博物館の専門家も、偽物だろうと判断していた、日本風の花瓶のセットと同じものが大きく載っていた。


 その分厚い美術書は、あいにくと日本語であったので、ふてくされたテレーゼを、ワトスン博士にまかせて、なんとか聞き出したところ、そこに載っていたのは、パリ万博以降、偽物や乱造された粗悪な商品に対抗するべく、国の威信をかけて、選び抜かれた職人だけが作った品と、その作家たちの代表的作品だという。


「これを海外に売るときには必ず……大日本帝国の勅許状がないと無理だったと思うし、なにより手に入れるには、それこそ確かな紹介状だけでなく、国王の身代金並のとんでもない額を用意しなければ無理だと思うわ」

「…………」


 つまりあれを手に入れたとき、グルーナー男爵は、自分に夢中だったスペイン王室にも細くつながる、いまは亡き伯爵夫人の紹介があっても、その『国宝級』の花瓶を、全財産はたいても、手に入れることができなかったはずなのである。


『ニセ金貨』の製造元でもなければ。


「よしっ!! 兄さん、おそらくだけど、この行方不明の関係者も見つけられると思うよ!」

「…………」


 マイクロフトは、もう完全に寝ていたが、ホームズは朝まで大興奮で計画を練っていたのである。そして、話はもとの朝に戻る。

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