第19話 客人レム、参上
夜の18時頃になり、大門から吉原へやってきた。浮世の辛さを捨てた【極楽の世界】。
しかし、外の世界では既に桜は散ってしまったが吉原の仲の町では桜が咲いている。もしかしてここは一年中桜が咲いているのか? と思ってしまう。
さて目指す楼閣【桜華楼】は京町二丁目。
仲の町では妓夫という呼び込みの声がそこらじゅうから聞こえる。
「さあさあ、旦那さん達! うちの妓楼は安く揚がれるよ!」
「春の宵は
賑やかこの上ない仲の町を京町二丁目へ向けて歩く。
すると桜華楼の呼び込み、十郎太が客引きをしている。
「ただいま楼閣番付第三位! 噂の桜華楼はこちらでございます。北風が吹いてきましたよ! さあ旦那方も錨を下ろして春の宵を堪能しましょう!」
十郎太の声は良く響くね。
張りがありながら愛嬌もいいし、それでいて重くなく軽い言い回しが興味を抱かせる。
貸座敷の桜華楼の写真見世では、遊女達の顔写真が飾られ、掲示板にて彼女らの写真を眺める男達もかなりいる。
あれを"見立て"というらしい。
見立ては吉原の登竜門。ここで遊ぶ時は一人の遊女に
桜華楼のすぐ近くには引手茶屋の【桜花の里】がある。桜華楼も引手茶屋【桜花の里】を通さないと登廊できない大見世として振る舞いだした。
すると昼間、山谷堀の今戸橋の【桜花の郷】で俺に応対した若い衆の健太が俺を発見した。
「
「
「ええ、お揚がりください。酒宴こそありませんけど座敷にはご案内できますんで」
「旦那が一人、お揚がりだよ!」
そうして客人として桜華楼の
「これは、レムさん。お待ち申し上げておりました。今夜の水揚げの為にわざわざありがとうございます」
「さあ、お揚がりください。早速、座敷に御案内致します」
楓姐さんに連れられ二階へ上がる。道すがらで楓姐さんは今夜の俺の姿を観てこう言った。
「髪型を変えただけで様変わりしますね。ちょっと旦那様に似ていますよ。今の零無さん」
「旦那様から"髪型を変えろ"と指示があったのでね。今夜の私の相手の名前は?」
「振袖新造の
「
「姉花魁に
「そりゃあ楽しみだね。今夜の水揚げに際して若い衆が都度連絡すると聞いたけど」
「健太が旦那様の指示を聞いて零無さんに都度伝えにくるそうですよ」
そうして案内された座敷は水揚げの時に専門で使われる桜の座敷へと入る。調度品は極めて豪華。桜華の間に匹敵するような座敷だ。お酒を傾ける座敷と布団が敷かれた奥座敷に分かれていた。
今日は酒宴はないが
その他にも一応、仕出し料理屋の夕食もあるらしい。
座敷の外からは景気のいいお囃子が流れている。今頃、池さんも仕事しているだろうな。
しばらくすると御膳に載った夕食を届けにきた健太がきた。
「零無の旦那! まずは腹ごしらえを済ませてしまいましょうか。酒も持ってきますんで」
「頼むよ。健太」
「はい!」
「例のあの"おしけ"の台詞を聞いてから水揚げした方がいいのか?」
「いいえ。零無の旦那のやりたくなった時に水揚げの儀式をしてください。その前に腹ごしらえは済ませてくださいよ」
「そうだな」
御膳に載っているのは白いご飯にマグロの刺し身。きちんと
これだけでも客人気分は味わえるよな。
ちょっと話し相手は欲しいけど。
「今日の零無の旦那は雰囲気が違いますぜ。髪型が旦那様って感じですな」
「稲葉諒さんのことかい?」
「ええ。やっぱり"似ている"ってのはあっしも実感します」
「私が今夜、水揚げする振袖新造の
「どんな娘って言うと?」
「性格というか人柄というか」
「それは会ってからのお楽しみってやつでさあ」
うまくかわされたね。まあいい。
時がくるまで楽しもうじゃないか。
零無が桜の座敷に入った時刻。
内所の部屋では今夜、水揚げされる遊女、紅葉が稲葉諒と話している光景があった。
「いよいよ今夜。君の水揚げがされるね。どんな気分だい?」
「どんな気分と聞かれても……」
「この郭にきた時に覚悟はしたのだろう? 君も金に縛られてここに来た身の上だ。今日まで生かしてきたのもこれからの日の為だ。少しは安心できるように今夜の相手は厳選させて貰った。暴力を振るような男ではない。その男からみっちり教えて貰うといい」
「どんな方なのですか?」
「名前は
「……旦那様! どうしても旦那様では駄目なのですか!? 私、初めての男性に旦那様に!」
「……それは駄目だ。できないんだよ。俺はここの楼主だ。楼主が簡単に掟を破るなぞ論外なんだ。わかってくれ……」
「旦那様……」
「俺は……君の初めての男になるには、穢れ過ぎている」
まるで自分自身と目の前の彼女に言い聞かせるように稲葉は言葉を絞り出した。
そして紅葉は健太に連れられ桜の座敷へと向かう。
途中、
「さあ! 今夜はお前が一端の女になるんだ。今まで勉強してきた事を実践してきな」
「はい。お妙さん」
「今にも泣きそうな顔をしてどうするんだよ? まあ、床技では有効な武器には違いないが、今夜は乱れてしまうくらいが丁度良い。そうすればすぐに花魁になれるさ」
妙子は声の響きを優しくして、紅葉を送り出す。
紅葉は少し怯えつつも桜の座敷へと入った。
「失礼致します」
「お入りなさい」
そこに居るのは勿論、零無だ。
彼は初めて見る振袖新造の紅葉をゆっくりと観賞するとこう誘い、そして紅葉の水揚げが始まった。
「なかなか綺麗だ。おいで? まずは酒でも傾けようじゃないか?」
紅葉は自分自身の眼を疑う。そこに居たのは楼主そっくりの銀髪の男性だったのだから。
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