第12話 似た者同士の邂逅

 桜華楼の暖簾のれんを潜り玄関口に来る俺と池本さん。若い衆の十郎太じゅうろうたかえで姐さんを呼んだ。呼び込みをする彼の声はよく響く聞き心地の良い声であった。


「楓姐さーん!」


 奥の内所から楓姐さんが出てくる。

 朝の桜華楼は他の若い衆や遊女たちが朝飯を食べている様子や、仕事前の休憩時間という感じで割と和やかな雰囲気だ。

 楓姐さんがこれから内芸者になる俺達に声をかける。


「十郎太。今日も喉の調子は良さそうだね。その調子で今夜も頼むよ。それから、零無レムさん、池本さん。今日から桜華楼の内芸者という事で宜しく頼みますよ」

「履き物は下駄箱で管理しますので、そこにいる勇太ゆうたに預けてくださいな」


 俺達は履いてきた草履を勇太に預ける。

 彼はきちんと名前が書かれた札の下駄箱にそれを入れてくれた。

 そうして桜華楼にあがった俺達に楓姐さんは自分達の暮らす部屋へと案内される。1階の奥の方の部屋だった。

 この桜華楼は洋館のような造りで電飾があり、部屋もどことなく高級感を感じられる。和室と洋室があるらしく、俺達には和室を充てがわれるらしい。

 ちなみに芸者衆でも男と女が共寝とかはなく、きちんと別れて部屋を与えられた。

 俺は三味線の入った黒い箱を持ち、そしてその他の必要な身の回り品も風呂敷に包んで持ってきた。

 俺が与えられた部屋は畳敷きの部屋で八畳程の広さの部屋だ。割と太陽の光も当たる明るい部屋だった。布団は押入れに入っている。きちんと掃除されている。床の間もある。

 身の回り品と三味線を置くと楓姐さんが、ここの楼主に挨拶するように促す。


「零無さん。手荷物を置いたら早速、旦那様に会いに行きましょう。これから零無さんも桜華楼にて住んでいくのだから」

「は、はい。わかりました」


 手荷物と三味線を静かに置くと楓姐さんは楼主が鎮座する内所へと俺を連れて行く。

 内所では楼主の稲葉諒が禿かむろと呼ばれる少女に肩を揉んで貰いながら、書類を読んでいる光景があった。

 服装は着流し姿に羽織ものを愛用している様子だ。側には火鉢が置いてある。煙管もそこに引っ掛けてあった。

 床の間には掛け軸もある。季節の花も飾ってあった。

 稲葉諒は部屋に入るなり俺に声をかける。


「最初、俺に似ている幇間ほうかんが座敷に来ていると聞いてこの眼で見たくなったよ。それで3回は幇間として来て貰って俺は確信した。アンタは腕の立つ幇間だ。そこでこの桜華楼の専属の芸者として呼んだのさ」

「……本当に見間違いじゃなくて、そっくりそのままだ。この吉原に俺にそっくりの人物を見るとはね」

「まあ……そこの座布団に坐りな」


 諒は煙管を取り出して咥える。

 煙草独特の煙が部屋に香った。

 諒は改めて俺の名前を訊いた。


「アンタ、名前は? 俺は稲葉諒いなばりょう

零無レムだ。俺の芸名だよ」

「不思議な芸名だな。他の芸者にはない独特な名前だな」

「何故か知らないけどこの名前で通ってきた。かえって覚えやすいからな」

零無レム。あんたにはこれから桜華楼の専属の幇間になって貰う。居室は楓に案内された部屋を使うといい。ここはそこそこ宴があるから出番は多いぜ?」

「知っている。いよいよ桜華楼も大見世になるって皆、噂をしているよ」


 諒はニヤリと微笑むとその褐色の眼を輝かせて言った。


「この吉原で大見世になることは人気の妓楼の証明だ。当然、その人気は今の花魁衆が支えてくれているから。だけどな。主役は確かに必要だがな良い舞台というのは当然、脇役も必要だからな。その脇役がそれなりに話題性に優れるならそれもありって話さ」


 そして俺の意気込みを聞いてきた。


「零無。あんたはここでどんな活躍を見せてくれるのかな?」

「俺はこう思ったね。遊女すらも目にもくれない程の人気者になってやろうかなと」

「言うね。ここの主役すらも上回る脇役になろうとは。気に入ったよ」

「まずはここの生活や掟を学んでくれ。そのうちこちらからあんたに頼みたい事がある時は楓から話すから」

「宜しくお願いね。零無さん。私のことは姐さんで通るから、そう呼んでくださいな」

「はい」

「後は、この部屋で個人的に呼び出す時は、そんなに肩肘張らないでくつろいでくれ。俺もあんたも似た者同士。まあ、折り合いは付けていこうや」


 諒は褐色の眼を優しく輝かせて、声色も気軽にしてくれという感じで柔らかくした。

 何だかそれが余計に艶やかに見えた零無。

 この稲葉諒は不思議な艶やかさがある。丹精に手入れされた髭や灰銀色に輝く髪の毛が、太陽の光を浴びると独特の光沢を帯びる。

 それはまるで人に化けた狐のように見えた。

 

 やがて、零無は桜華楼にて大人気の幇間として名を馳せる。

 遊女すらも無視する程の人気者に。

 嫉妬すらも追いつけない。

 羨望すらも寄せ付けない。そんな人気を獲得する事をこのときの彼はまだ知らないでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る