第9話 鏡合わせの二人

 随分としこたま騒いだように思えたが、これからが俺達、芸者衆の本領発揮だった。桜華楼に来たのはこれで3回目。幇間ではお馴染みみたいな扱いに見える。実は酒井も結構桜華楼には呼ばれるらしく理由としては尺八を吹ける幇間はあまり居ないからだとか。

 三味線の幇間とか結構いそうだけど、それにしても短期間で桜華楼に来るのはあんまり居ないのでは?

 俺には何だか意図があるように思えて仕方ない。

 一体、桜華楼には誰が俺を呼び寄せているのか。気になるっちゃ気になる。

 意気揚々と桜華楼に登廊した伊勢谷半蔵いせやはんぞうの後ろで俺はそんな事を考えていた。

 すると伊勢谷半蔵の登廊と共に女主人のかえで姐さんが奥から出て来て伊勢谷に挨拶を交わす。


「これは伊勢谷さん。今回は初回の客人まで紹介して戴き誠に感謝致します」

「これも桜華楼が繁盛する為。この見世には妓楼の番付には長く載って貰いたいしね」

「ありがとうございます。初回の中尾裕二なかおゆうじ様はどなたでしょうか? こちらの若い衆が今夜の中尾裕二様の面倒を見ます」

「宜しくお願いします。喜兵衛きへえと申します」

「私が中尾裕二だ」

「中尾様。どうぞ、お揚がりください。今晩の座敷へご案内致しやす」

「伊勢谷さんもお揚がりください」


 靴を下駄箱に収めるのは若い衆の一人、勇太がしていた。

 彼は見た目はまさに一般的なまだ少年みたいな感じで本当に若い衆という感じ。

 暖簾を潜ってすぐなので番頭さんも指定の席にて帳面付けながら指揮をしている。

 するとここで思いもがけないある人物が奥の内所からわざわざ登場した。桜華楼を仕切る楼主の登場だ。


「旦那様」

「旦那様だ。珍しい、奥から出てくるなんて」

「伊勢谷さん」

「おおっ、稲葉いなばさん。随分と久しぶりだな」

「伊勢谷さんこそ。毎度、ご贔屓して頂き嬉しいですよ」


 伊勢谷に挨拶しつつ稲葉と呼ばれた男性は、俺を見て少し微笑った。

 俺は目を疑った。

 自分自身がまるで鏡合わせのようにそこにいると錯覚したかのように。

 灰銀色の短髪、口髭、纏う雰囲気、声色。

 眼の色だけが明らかに違う、本当にそれだけで髪型さえ変えればそこにいたのは自分自身なのだから。

 向こうもそれを感じたのか、納得がいったように頷く。若い衆の男達も、楓も、その時ばかりは動きが止まった。そして俺と彼を見比べていた。だけどそれも一瞬だったな。また忙しなく雑務に追われる。

 稲葉諒いなばりょうは珍しく共にきた俺達、芸者衆へ激励の言葉を贈ってくれた。


「芸者衆の皆さん。今晩も一つ、派手にお願いしますよ!」

「旦那様のお願いとあったら盛り上げないわけには参りませんな!」


 酒井は俺と池さん、夏さんに振り向いて陽気に振る舞った。


「そうよね!」

「自慢の喉を一つ鳴らしましょう!」

零無レム。どうした? 旦那様に見惚れて」

「いいや! 何でもない! ここは一つ、バシッと決めましょう!」

「なかなかノリの良い幇間だ。アンタ、名前は?」


 稲葉諒は俺に声を掛けた。

 褐色に近い瞳を興味深いように煌めかせて。その口を微笑ませて。

 俺は名乗った。自分自身に声をかけるように。


零無レム。俺は零無だ」

「零無か。私はここの楼主、稲葉諒いなばりょう。桜華楼を仕切る親父だよ」


 彼らはそれぞれ名乗ると諒は楓に声を掛けて、奥へ消えた。


「じゃあ、楓。後は任せた。伊勢谷さんを盛大にもてなしてくれ」

「はい。旦那様」 

「では芸者衆の皆さん。今晩も一つ、盛り上げてくださいな」


 階段を上がると伊勢谷が好んで使う座敷へと向かう。もうそこには酒や肴が運び込まれて準備万端。芸者衆の俺達も指定の席にてまた賑やかなお囃子を演奏し始めた。

 菖蒲あやめ花魁はその間はいわゆる衣装替えで、花魁道中の服装から座敷にて着替える着物へと着替えている。流石にあの衣装では床入りは無理があるよな。

 伊勢谷は宴会の最中、諒の女房の楓に声を掛けた。


「あの幇間、そういえば諒さんによく似ているんだよな」

「伊勢谷さんもそう思いますよね。私もつぐつぐそう思います」

「あんまり見掛けない髪の毛だし、どことなく雰囲気も日本人のそれとはちょっと違う。半人半妖かな。彼も」

「諒は何だか納得している様子でした。きっと何かしら考えているのでしょう。さあ、伊勢谷さん、お酌致しますからお呑みになって!」

「楓さんにお酌して貰うなんて嬉しいじゃないか」

「これも菖蒲の為ですよ。あの子にはせいぜい稼いで貰わないと」

「ふふふ……流石、女郎屋の女房は言葉のドスが違うね」

「フフフ……そうかしら?」


 その頃。

 自分自身にそっくりの幇間に直に会った稲葉諒は、あの幇間、零無を内芸者に迎える事に決めた。

 あいつの自分自身に会ったような姿に肝を冷やすような顔もせず、堂々と自分自身の名を名乗る潔さといい、あの男をただの幇間にしておくのは惜しい。

 あいつなら、いや彼なら、自分自身にはできない事を代わってやってくれるのでは?

 稲葉諒は内所からふと覗く夜の桜の花を観て一人、呟いた。


「なるほど。確かに俺に似ている……。あの零無という男は寧ろ我々の為に天が遣えてくれた芸者かもな」

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