第6話 色の廓の裏知識

 黒沢さんを迎えた酒宴は終わり、俺達芸者衆は気持ちよく3枚目花魁と黒沢さんを寝床に送り、そしてもう1つの宴にも出て、俺達は祝儀袋を貰って仲の町の雑踏に戻る。

 若い衆の2人は行きと同じく楽器を持ってくれて有り難い。

 宴も2つこなせば芸者衆はそれなりに打ち解けられるのは強みだと思う。

 今夜も非常に賑やかな宴席になり、桜華楼からは非常に感謝された。中規模の見世である桜華楼は次第に大見世と呼ばれる妓楼の道を歩み始める。

 大見世の妓楼ともなると内芸者と呼ばれる専属の芸者や幇間を抱える場合が多い。俺達としても内芸者として専属になれるなら仕事を得るのにもさほど苦労はしないだろうか。

 仲の町の雑踏を歩きつつ俺達は会話に花を咲かせる。


「いや〜、今夜も派手にやりましたね」

「池さんなんかずっと唄いっぱなしでしたね」

「流石に喉が渇きますよ」

「仕事は終わったんだし、そのへんの茶屋に寄っていくか?」

零無レム。この辺の茶屋はみんな引手茶屋だよ。俺達、芸者衆は妓楼には登廊できないんだよ」

「この辺り、全部、引手茶屋か?」

「まあな。喉が渇くがまあ揚屋町まで行けばいいだけさ」


 吉原という所は色の廓とは聞いたが、今更思うが何ていうか、こう……エロスが溢れる場所だね。俺達は確かに芸者だがそれも気持ちよく客に寝床に入らせる為に行われるのだから、凄い世界だよ。

 中村さんからの吉原の情報はこれだけに留まらない。

 彼は明らかに吉原をよく知らない俺に色々教えてくれた。


「俺達、芸者衆が遊女とか客の男に惚れてはいけないという最低限の知識はあるよな。だけどそれで終わらないのが人間の色恋沙汰でね、出合茶屋と呼ばれる所もあるんだよ」

「出合茶屋?」

「男と女の密通の場所ですよね。ちなみにそこでいわゆる色事をするんですよ」

「聴いた事があるわ。吉原では裏茶屋と呼ばれる所ね」


 興味深い事を知った。

 それは知っておかないとならないルールだな。

 俺も何時何処で惚れるかわからないし。

 あり得ないと思うがあり得ない事が起きるのが人間の人生だし、男と女が居るなら色恋沙汰の一つだってある。


「その裏茶屋というのは何処にあるんだ?」

「実は揚屋町に結構な数の裏茶屋があるらしいですよ。後は角町すみちょうという区画にも結構ありますよね」

「俺達芸者衆には知る人ぞ知る茶屋だね。大方は芸者、茶屋、船宿の男や小間物売りや髪結い。太神楽もくるよ」

「わざわざそこで交わるのは何故なんだ?」

「俺達は吉原で仕事を貰う関連業者だから客として登廊はできない。そこで裏茶屋にて遊女や客の男と密会するんだ。でもな……」

「でも…?」

「その恋もあんまり実る事は無いと聞くぜ」

「やはりバレたりなんかしょっちゅうか?」

「何せ、楼閣の遣手婆やりてばばあは勘が鋭い上に遊女を毎日観ている。誰かに恋しているなんて筒抜けみたいなもんさ」

「……ばれたらそこで遊女は折檻されます。妓楼の女主人か遣手婆にこっぴどく」

「折檻……つまりお仕置きか」

「お仕置きなんて生半可なものじゃないですよ。下手すると切見世せつみせまで飛ばされます」

「恋をするのも命懸けだね」


 恋をするのも命懸け。

 不思議な場所だとつぐつぐ想う。

 ここは色の廓だ。色恋の町だ。

 なのに客との恋愛は疑似的なもので本気の色恋は隠れた場所でするとは。

 遊女達は確かに金の為に縛られた娼婦達だから、客とは本気で恋をしていたら身はもたない。何人もの男と一夜にして床入りするからいちいち感じていたらそれこそ壊れる。

 だから適当にあしらったり、無視したり、トイレに行ってくるといい客を振る事もあるのだ。

 所でその裏茶屋。

 一目でどんな所なのか目印でもあるのだろうか?


「その裏茶屋さ、一目でどんな所なのか判るようになっているのか?」

「良い質問だね。それがある。『桐屋きりや』という行灯掛けている所は大体、裏茶屋の目印だよ」

「興味深いなら休みにその『桐屋』さんの位置を確認するのも良いですよ。いざという時に知識になりますから」


 萩原さんは冗談交じりで教える。

 もしかして萩原さんはこういう色恋は実は経験者だったりしてな。

 そう思っただけで本気では思ってなかったが、その萩原さんが、妓楼の客の男とそこで密会しているのを俺は図らずも目撃する事も、その時までは知らなかったのだ。

 そう、その時までは。

 俺達も、芸者衆も、やはり男と女の性からは、切っても切れない関係だったのが、身にしみて判る事に。

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