第5話 若い衆の視線

 15時。仲の町の通りにて、今回の宴で組む幇間と芸者2人に出会った。荷物は若い衆の男2人が持っている。

 今回組む幇間の名前は中村さん。

 芸者衆はこの間組んだ池本さんと初対面の萩原はぎわらさんと組む。彼らは軽く俺と挨拶を交わす。

「こんにちは。零無レムさん。中村誠也なかむらまさやです。宜しく」

「はじめまして。零無さん。萩原はぎわらです。宜しくお願いします」

「はじめまして、零無です。今回の宴、宜しくお願いします」

「零無さん。また組みますね」

「池さん。また宜しく頼みますよ」

「桜華楼はこの間遊廓の番付に載ってましたよね。今、大人気の妓楼と聞きました」

「へい。今回もその桜華楼の直々のご指名です。それでは皆さん。行きやしょうか?」

 それにしても桜華楼にまた指名があったのはちょっと意外に思った。連続で桜華楼に呼ばれるとは先方に気に入られたという事なのだろうか?

 それともたまたま偶然で呼ばれたのだろうか?

 すると池本さんも実は桜華楼の常連の芸者だと若い衆は説明してくれた。

「池本さんは貴重な民謡の歌い手さんです。池本さんの歌を楽しみにしている馴染みさんも結構多いんですよ」

「そうそう。池さんの民謡は心が休まるし、気分も明るくなれるんだよね」

 謎の夢で少し気が滅入っている俺には民謡の風情がある歌は心に沁みるものがあるかもしれないなぁ。

 そうこう歩くと昨日訪れた楼閣【桜華楼】の前に来た。

 若い衆は芸者衆を促して、俺達は桜華楼の暖簾を潜った。

「これは芸者衆の皆さん。今晩も宜しくお願いします」

 番頭さんが声を掛けてくれた。店先の入口の近くで帳面をつけている。

 すると番頭の挨拶が聴こえたのか、楓さんが奥の内所から出てくる。そして俺達芸者衆に挨拶を交わしてくれた。

「今晩もお世話になります。どうぞ、奥へあがってください」

「宜しくお願いします」

 俺達芸者衆は2階へと案内される。昨日程の慌てた様子は無いがそれでも忙しく若い衆は目まぐるしく動いている。

「おたえさん!」

「お内所。どうしたんだい?」

「今回の客は確か2回目の登廊だろう? 馴染み金は払ったかい?」

「馴染み金は今回の床入で考えさせて戴くと言っていたね。引手茶屋から来るからそれなりの上客にはなりそうだけど」

「引手茶屋から来るならそれなりの接待はしないとね。若い衆にも誰か一人は付きっきりで面倒を見るように手配をするんだ」

「はいな。お内所」

「芸者衆の皆さん、どうぞこちらの座敷へ」

 俺達は昨日とは違う座敷へと案内された。しかしここもそれなりの格式は感じられる。

「今晩の宴は引手茶屋のお客様でして、将来的には馴染みとなる方と存じます。名前は黒沢くろさわさん。今晩の酒宴は後1つなので、黒沢さんの酒宴は大いに盛り上げてくださいませ」

「今日、この座敷に現れる花魁さんは誰ですか?」

「3枚目花魁の杜若かきつばたです。最近、その子は売れっ妓なんですよ」

「では宜しくお願いします」

 そうして酒宴の準備が行われた。

 幇間である俺と中村は袴を着けるように言われて別室にて袴を着ける。

 ちなみに中村は篠笛を嗜む。祭囃しでも彼はいつも引っ張りだこと聞いた。

 この袴なのだが意外と着けるのは馴れない内は難しい。でもよく考えられて作られたものだと思うよ。身動き自体は楽なのだ。

 身支度が終わるとそろそろ酒宴開始が迫って来ていた。俺達は軽く楽器を鳴らして調子を見る。萩原さんも三味線を用意していた。

 17時。引手茶屋からその客人が来た。

 黒沢と呼ばれたお客人は大正時代ならではのスーツ、背広姿で揚がってきた。

 何処となく大正時代ならではという感じの典型的なサラリーマンという感じだろうか?

 座敷の外からはお妙さんの声が聞こえる。

「いいかい? 健太けんた? 黒沢さんの面倒は今夜はお前が見るんだ。いいね?」

「はい。お妙さん」

「ちゃんと座敷の宴席にも出るんだよ?」

「それで旦那様の指示は?」

「例の幇間の事かい? とりあえず様子は詳しく観察するように、との事だよ」

「わかりました。そろそろ酒宴が始まるのであっしは行きます」

「頼むよ。健太」 

 黒沢さんが座敷に来るなり酒宴が始まる。

 酒宴さえ始まれば芸者衆の本領発揮だ。俺達は三味線をかき鳴らし、篠笛を吹き、池本さんの民謡を堪能しながら座敷を盛り上げる。

 そう時間が過ぎない時に3枚目花魁、杜若かきつばたが艶やかな着物と仕草で座敷に来る。3枚目花魁でもやはり華はある。

 健太と呼ばれた若い衆は酒の手配や料理などを座敷に運ぶように手配している。そして視線は時々、俺の方へ向けている。向こうも驚いている様子だ。

 時折、外に出る若い衆の健太は仲間の若い衆にこう言っていたそうな。

「旦那様に本当に似ている。見間違いじゃないよな?」

「健太もそう感じるか。俺も同じだよ」

「あんなにそっくりな人間ってそうそう居ないよな」

 座敷にて三味線をかき鳴らす俺は悪夢を忘れるように宴の世界にその身を浸すのであった。

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