第7話 雑魚キャラ超回復飯



 サラがゴブリン達をしつけたおかげで、よく噛み、食べ物を味わうことを覚えてきたようだ。


 しかし、この食堂の朝食は、相変わらず味付けもせずに焼いた肉や、キノコ(毒キノコも混ざっている)フルーツを主に提供している。


 そんな中でもゴブリン達は工夫を始め、教えたわけでもないのに、醤油や柑橘類の汁をかけて肉を味わうようになっている。


 1週間の手巻きずしレッスンが実を結んだのだ。朝食後だったのにも関わらず、たくさんのゴブリンが参加してくれた。


 進化だ!異世界ズは進化できるのだ!


 サラは希望を持って明日から朝食で出す『雑魚キャラ超回復飯』の下準備に取り掛かった。昨日マッスルアッシュとたくさん買い込んだ昆布と鰹節を使い、大鍋で出汁を取り始めた。


 醤油・酒・みりん・塩を使い、ベースは完成した。


 出汁の香りが厨房に一気に広がると他の料理人が味見をさせて欲しいと集まって来た。その輪にはなぜかゴブリンも入っている。これは好都合と思い、ゴブリンにも試飲をさせた。


「これはナイショですが、ガード力上がる魔法の出汁です。誰にも、決して、言ってはいけませんよ」


 サラは女神の口調でおしゃべりなゴブリンに囁いた。


「もし、しゃべったら石化するのか?」


心配そうな顔でゴブリンは聞いた。


「それは…しませんよ」


 サラは優しく微笑んだ。


 これで宣伝効果は抜群だと心の中でサラはガッツポーズをきめた。


 市場で買った大小様々な卵を茹でて皮をむいた。出汁に使った昆布は一口大の結び昆布にした。大根を下茹でし、こんにゃくには味が染み込むように切れ目を入れた。


 そしてゴブリンが大好きな肉はミンチにし、お米とオレガノをたっぷりと加えて混ぜた。


「これ何ができるの」


 イケメンのアッシュがサラの手元を不思議そうに見ている。


「これはね、米入りミートボールだよ。具材と一緒に煮込むの」


「そしてこの大量のトマト缶は?」


「アッシュ、それ出汁の中に全部入れちゃって」


 エプロン姿のアッシュは今日もかっこいい。わかっていても、ついサラの目はアッシュに向いてしまう。


 サラは下準備を全て終えると自分の部屋へ帰る準備をした。ゴブリン達が寝転がる床にサラも横になった。


「じゃあ、また明日」


サラは目を閉じると体は煙のように消えていった。


 次の日の朝、たくさんあるゴブリン食堂でも、サラが働く食堂にはゴブリン達の長蛇の列ができていた。サラは厨房から顔を出し、


「みんなガード力を上げたいのね」

と呟いた。


「ゴブリンは頭が悪いからすぐに騙せるな」

とアッシュは鼻で笑った。


「アッシュ、本当に私が作った『雑魚キャラ超回復飯』は体の免疫力が上がるのよ。まぁ見てて」


 ゴブリン達の目の前には小さな1人用の土鍋が置かれていた。初めて見る土鍋に興味津々の彼らは前に立つサラの発言に注目している。


「おはよう、みなさん。今日からの新メニューです。蓋を開けてください」


 ゴブリン達は恐る恐る熱い蓋を取った。湯気がボワンッと顔にかかり、その後に見えてきた赤いスープの中に浮かぶたくさんの具材に目を輝かせている。


「これはトマトベースのおでんです。温かい食べ物はあなた達のケガをした体を内側から治療してくれます。そして、血のような真っ赤なスープは抗酸化作用があり疲労回復に絶大な効果をもたらすでしょう」


 女神サラの言葉に涙を流すゴブリンがいるほど、みんな目の前の食事に感謝しているようだった。


 残った汁に茹でたてのパスタとチーズを入れてあげるとゴブリン達は満足げな顔で全てをたいらげた。


 賑やかな『雑魚キャラ超回復飯』のお披露目会は無事に終わった。


 皆が雑魚寝をする店内で、サラは大きな青いゴブリンに寄りかかり珈琲を飲んでいた。


「サラを選んで良かった。皆楽しそうに食事をしてたね」


「アッシュも珈琲飲む?仕事の後の珈琲は美味しいよ」


「嫌だね!そんなに苦いもの」


 アッシュは小さなしっぽを振り外へ出て行ってしまった。サラは空の珈琲カップをテーブルへ置くと静かに目を閉じた。


 


 スマホのアラームがだんだん迫って来る。


「そうか、もう家に着いたのか。皆のお弁当作らないと」


 サラはまだ誰も目覚める前のキッチンへ降りて行った。ついさっきまでゴブリンを相手に朝食を作っていたなんて信じられない。


 するとあの幻聴が聞こえ出した。


「勝手に帰るなんてひどいよ」


「ごめん、つい眠かったからそのまま帰って来ちゃった。タイムカードを押しておいてね」


「はいはい。言い忘れてたけど、ゴブリンの朝食の次はエルフの朝食、そして召喚獣、最終的にはイケメン勇者たちの朝食を任されるようになるよ」


「エェェェッー!」


「イケメン勇者!?もっと勉強しないと」


「じゃあ、またねサラ」


「えっ、待ってアッシュ、もっと情報を教えて!イケメンの情報を!」

 



サラは今日も明日も食堂で働いている。


朝も夜も休みはない。



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その声に誘われたから私はゴブリンの朝食を作る! しほ @sihoho

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