第6話  ゴブリンのしつけ



 何でも揃う市場には日本の食材も売っていた。気が付くと横を歩くアッシュは身長190センチのマッスルボディに変身していた。まるで、俳優のドウェイン・ジョンソンのようだ。


「アッシュ、また変身したのね。変身する時は言ってよ」


「ごめん、ごめん。でも市場で買い物するにはこの見た目が役に立つんだ」


「でも、私は子ブタのアッシュが可愛くて一番好きだよ」


「嘘つけ!俺のイケメン姿にキュンキュンしてたくせに!」


 サラは単純な自分が恥ずかしかった。


 サラとアッシュは米や海苔、そして手巻きの具材を山のように買い込んだ。アッシュの言う通りマッスルボディは荷物を持つのにも、食材の値段をおまけしてもらうのにも大いに役立った。



 ゴブリン食堂に着くとサラは米を研ぎ、食材を切り次々とテーブルに並べた。


 そこら中に転がっているゴブリンを踏まないように気を使い、つまみ食いをしようとするゴブリンには「勝手に食べると石化する」と脅してやった。


 彼らは石化の苦痛を知っているとみえ、言うことを聞いてくれた。サラはこの食堂で働き始めてからたくましくなっている。


 酢飯も完成し、手巻きの準備は整った。


 サラは醤油を小皿に入れるようにゴブリン達に言った。初めて見る黒い液体にいぶかしげな顔をしているゴブリンもいたが、クンクンと鼻を効かせ何か調べているようだ。


「それでは、これから雑魚キャラ脱却のための食事のとり方を伝授します」


 女神の衣装に着替えたサラは、厳かにゴブリン達に告げた。彼らもいつもとは違う雰囲気に戸惑っている。


「利き手の反対に海苔を乗せなさい」


 ゴブリン達はごつごつとした手を使い薄っぺらい海苔を乗せた。


 お次は何かと、たくさんの目がサラを見つめる。サラはひるむことなく次の指示を出した。


「次に酢飯を乗せます。しかし、ここが大事です! 乗せ過ぎるとあなた達のレベルが下がります」


 ゴブリン達はぞっとした様子で周りのゴブリンとひそひそ話をしている。サラの見本に合わせてゴブリン達は適量の酢飯を乗せた。


 全員の量をチェックし、合格した者だけが具材を乗せることが許された。


 ゴブリン達にしてみれば修行のような時間だ。


 ゴブリンに化けていたアッシュが酢飯を大量に盛り、勝手に具材を乗せた。サラは見て見ぬふりをするとアッシュは計画通り大声を張り上げた。


「レベルなんて下がるわけないだろ!」


 そう叫ぶと、ゴブリン達が見ている前でパクッと手巻きずしを口にした。すると見る見るうちに痩せこけた蛙になり、最後には石化してしまったのである。


 それを目の当たりにしたゴブリン達に緊張が走った。


 サラはしめしめと計画の成功を喜んだ。サラは小さな蛙に石化したアッシュを拾い上げ、これ見よがしに外に放り投げた。


「さあみなさん、海苔で包めるように考えながら手巻きずしを作ってください。そして、食べる前に少し醤油をつけるのです。更に、よく噛まなければあなたたちのケガは治らないでしょう」


 サラは厳しい表情で、口から出まかせを続けた。


「ほら、そこのあなたレベルが上がってますよ。もっと噛むのです!」


 サラは召使でも呼ぶように顔の横で「パンッ、パンッ」と手を叩いた。するとアッシュが執事のような姿で飲み物を持って現れた。


「ゴブリン茶を皆さんにお配りしなさい」


 このお茶はサラが考えたゴブリンのための飲み物である。彼らの多くは家を持たず岩の上や、地べたでも平気で寝てしまう。肌は擦れ、いつもひび割れの状態だった。


 ビタミンがたっぷり入った見た目も最悪のドロドロゴブリン茶は雑食の彼らだから飲める代物なのだ。青汁にレバーペーストを入れ、ハチミツとバナナが入っている。


 最後に入れた2つは料理人としてのせめてもの愛情だった。


 噛むように飲まなけれが喉も通らないお茶を、ゴブリン達は美味しそうに飲んでいる。


 手巻きずしが上手に作れるようになったところで、相手のためにすしを作らせることにした。相手が喜んでくれたら、レベルが上がると告げると、ゴブリン達は優しい表情で手巻きずしを作り始めた。


 不器用ながらも背中を丸め、手巻きずしを作る姿は微笑ましい光景だった。

(みんな、人としてのレベルが上がっているよ)


サラはにこやかにゴブリン達を見ている。

(違うなぁ、ゴブリンだから人じゃないか…)


 アッシュが子ブタになってサラの足元に寄って来た。サラはアッシュを抱き上げると2人でゴブリン達の食事の様子を黙って見ていた。


「楽しそうだね」


アッシュが言った。


「うん」


 サラは満足そうに答えた。


「食べ方も、食べる楽しさも知らなかっただけなんだよ。私決めた!来週から出すメニュー」


「何?何?」


アッシュは甘えるようにサラの顔に近づいた。


「ないしょ! 明日教えるね。皆で笑顔になって食べられるものを出すつもりよ」

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