双剣のアステル

磯風

双剣のアステル

 ヘストレスティア共和国は、この大陸で最も『迷宮』と呼ばれるものの多い国。

『魔具』を核に成長した迷宮には、魔力を多く保有する宝石類を溜め込む習性の魔獣達がいる。

 ある程度成長させた迷宮を冒険者達に探索させて、魔宝石や魔力を帯びた魔道具を回収させることはこの国の一大産業だ。

 だから、冒険者達の数もとても多いけど、魔獣も強いものが多い。


 あたしの両親も冒険者だった。

 この国で迷宮探索を生業にしていたが……ある迷宮で命を落としてしまった。

 その時、あたしはまだ十五歳。

 成人しないと正式に職業も決められないから、二十五歳までは二歳年下の弟と一緒に住み込みで働かせてくれるという、冒険者組合の食堂で手伝いをしながら暮らしていた。


 幸いにも緑属性の『料理技能』と【調理魔法】があったので、すぐに雇ってもらえた。

 今ではあたしの料理は、冒険者達にかなり人気だ。


「明日は、あんたの『成人の儀』ね」

 夕食の支度をしながら、あたしは剣の手入れをしている弟の顔を覗き込む。

 毎日手入れを欠かさないほど、父さんの形見の剣を大切にしている。


「成人したら、絶対に『剣技能』が出るはずだ。そうしたら姉さんに苦労かけずに済む」


 きっと、冒険者になりたいのだろう。

 ずっと剣を習っていたのもそのために違いない。

 でも……習ってなどいないはずの『二刀流』で戦うのだ。

 そんな戦い方、あたしはどの冒険者でも見たことがない。


「ねぇ、どうして二本の剣を持つの? 片手は、盾の方がよくない?」

「二刀流は、親父の技能であったじゃないか」

「それ、たいして強くない役立たず技能って言われていたじゃない」


 力は分散するし、体幹が強くないとすぐに体勢を崩してしまう上に持続力も必要だから、長時間は使えない技能だって組合長が言ってた。

 余程の剣の達人になってからでないと威力を発揮しない『上位技能』だそうだ。

 しかも補助系の『緑属性』だから、剣技能が第一位階位だった父さんでも緑属性の適性が低くて、半端な力しか出せなかったらしい。

 成人してすぐのひよっこ剣士には、絶対に無理。

 でもこの子はその技能を手に入れて、迷宮に挑む気でいるのだろう。

 全ては明日の『成人の儀』次第。



 その日は快晴で、まるで新しく成人になる者達の前途を祝福しているかのよう。

 成人の儀が行われる教会の出口で、あたしは弟を待っていた。

 お祝いに何か買ってあげようと想い、一緒に市場に行くつもりだったのだ。

 教会から出てきたので声をかけようとしたら……組合長が先に呼び止めた。


 ……何を話しているのかしら?

 あたしは、ふたりの会話に耳をそばだてる。


「剣技能、出たのか?」

「ああ! 『二刀流』も一緒にな!」


 そう……望みが叶ったんだね。

 よかった、けど、冒険者か……

 危険なこと、本当はして欲しくないんだけど。


「剣技能だけじゃなく、上位技能まで持っているなら魔法が弱くても衛兵団の試験が受けられるからな!」

 え?

「やっぱり諦めていなかったのか。おまえなら冒険者になったって、絶対に成功しそうなんだがなぁ」

「俺は堅実な方が好きなの」

「そういう堅実さがないと、冒険者ってのは成功しねぇんだよ」


 衛兵団……なんて、考えてもいなかった。

「半年後の試験を受けて、衛兵見習いになったら姉さんに好きなことをしていいって言える」

 あたしが、理由なの?

「今度は俺が、姉さんを守るんだ。二刀流は攻めの剣技じゃなく、守りの剣技だって教えてくれたのは姉さんだからな」


 そういえば……何度かあの子や同じように親を亡くした子供達を庇って、棒を二本持っていじめっ子に立ち向かったことがあったっけ……

 そんな、理由?

 あたしを守るために、あの子は自分の未来を決めるの?

 居ても立ってもいられず、あたしはふたりの前に飛び出した。


「……! 姉さんっ?」

「本当に、それがあんたのやりたいことなの?」

 驚いていたけど、真っ直ぐにあたしの目を見て、そうだよ、と答える。

「……あたしを、守るため?」

「それもあるけど……もう姉さんが剣を振るう必要も、冒険者でいる必要もなくなる。本当は好きじゃないんだろ? 冒険者」


 見抜かれていた。

 お金のために冒険者になったのは二年前。

 でも、迷宮も魔獣退治も好きではない。


「姉さんがやりたいことを見つけられる時間と金は、俺が作る。だからって俺、自己犠牲なんてしないから」

「当たり前よ。そんなことしたら許さないわ。でも、あたしを『守る』なんて十年早いわ」

「……そこはおとなしく守られてよ……」

「嫌よ。家族を矢面に立たせて震えているだけなんて、絶対に嫌。あんたが二本の剣であたしを守るというなら、あたしはあんたの背中を守るわ」


 そうよ、あたしはか弱いだけの存在でなんかいたくない。

「あんたとあたし、の剣で守った方が、多くのものを守れると思わない?」

「まさか……姉さんのあるのか? 『二刀流』」


 組合長も一緒になって驚いているけど……当然よ。

 冒険者として稼ぐには、二年前の成人の儀で手に入れた『剣技能』を磨くのが一番手っ取り早かった。

 迷宮の中では利き手だけでは戦うのに不利な場所もいくつかあったから、反対の手でも剣を扱えるように訓練していた。

 そしたら……出たのよね『二刀流』の技能が。


「衛兵団の試験って、確か成人してから三年間受けられたわよね?」

「ちょっ、ちょっと待ってよ、なんでそういう話になるんだよ!」

「家で過ごすなんて、まっぴらよ。あたしだって、剣を振るうのは嫌いじゃないわ。迷宮と魔獣が面倒なだけ。それに、他の冒険者達の視線とかも好きじゃないし」

「そりゃー、おめーがそんな華奢な体つきのくせにめちゃくちゃ強ぇからだよ。だが……本当に冒険者、辞めるのか?」


 組合長がへにょっと眉を下げて、たまにでいいから迷宮に入ってくれねぇか? なんて言ってくるのを笑顔でお断りする。

「あたしには、衛兵と冒険者の二刀流は無理よ」

「冒険者と食堂の切り盛りの二刀流は、できてたじゃねぇか〜! ディルクの勧誘に失敗した上にアステルまでいなくなっちまったら、迷宮の上がりが減っちまう!」

「諦めなよ、組合長。アステル姉さんは言い出したら聞かないよ」


 そうよ。

 家族を守るってあの日、決めたの。

 父さんと母さんを失ったあの日、絶対にたったひとりの家族だけは何があっても守り抜くって。

 ディルクも……同じ気持ちでいてくれたのかしら。

 そう思うと、もの凄く嬉しかった。


「でも、あたしだけが受かってあんたが落ちたら……」

「逆もあるよ? 姉さん」

「あたしが落ちるわけないじゃない。あたし、強いもの」

「……だよね……くそっ、絶対に受かってやるからな!」



 役立たずと言われた『二刀流』。

 でも、大きく手を広げ、自分の後ろを守るためならこの『二刀流』は強くなれるかもしれない。

 迷宮では、両手を広げてなんて戦えないわ。

 護るべきものなんて、あそこにはないのだもの。



 半年後、あたし達は衛兵隊の試験を受け、見事合格した。

 魔力がさほど多くなかったから心配したけど、それを補ってあまりある剣技ではかなり上位の成績だった。



 そして数年後、あたし達ふたりが『四剣の巧者』と呼ばれるまでになるのは……また別のお話。

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双剣のアステル 磯風 @nekonana51

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