第23話 エピローグ


 気が付けば翌日の夜中、翔と葵は一緒のベットでよこになっていた。


 まぁ、何を言いたいかと言うとあっという間に温泉旅行の旅は終わりを迎えたということだ。色々と進展があって、言って悪かったものではなかったがもっと美味しいものを食べたりだとかすればよかったと翔は今更ながら後悔していた。


 今日の朝は昨日の夜のプチ飲み会のせいで葵が二日酔いで倒れててチェックアウトがギリギリになるし、車の中で測れそうになるたびに道中で降ろして草むらに吐かせるのを何度もしていたせいでレンタカーも期限の17時までに返すことができなかった。


「……うぅ」


 隣で寝ている葵はもう大丈夫と言い張っていたが少々不安だ。今回は葵の家だから別に吐くのは勝手だろうが、今、この状況で吐かれると確実に俺にぶっかかる。


「大丈夫なのかよ……」


 ぼそっと呟く翔に対し、掴んで離そうとしない葵。

 抱き枕になるのは何回もあったがここまでスリル満点の抱かれようは初めてだった。


 結局、彼はたいして眠ることも出来ず翌朝を迎えた。





「んぁぁ……」


「起きたかぁ~~?」


「うんっ————めっちゃ寝たぁ……」


「今ご飯作ってるから待ってろよぉ」


「……ん、ご飯ぅ……作ってるのぉ?」


「あぁ、そうだ」


「ありがとぉ……」


 眠い目を擦りながら伸びをして起き上がる葵は台所の方をパッと見つめて再びベットに潜り込んだ。


(おい、また寝るのかよ……)


 今日の授業はお互いに午後からだから別に悪くはないが流石に二度寝は良くない。昨日が疲れたからと言って起きないでいると今日のリズムも崩れるため、翔は火を止め、寝室へ向かう。


「起き——ろっ」


「——ふぎゃぁっ!」


 脳天一撃チョップをかますとみっともない鳴き声が寝室で響き渡る。


「な、なにすんのよっ‼‼」


「二度寝するからだ……だいたい今日は発表の日なんだろ?」


「はっぴょう……?」


 てんてんてん。

 そんな擬音がなったような時間が数秒。黙々とした部屋で葵は天を仰ぐ。


「あ、ほんとだっ⁉」


「ほら、言ったろ。さっさと準備しとけ」


「やばいやばい!! やってないじゃんなんにも!!!」


 途端に騒ぎ出す彼女に、呆れて声も出ないがこっちもこっちで台所の方でぐつぐつと音がしていて構っていられる状況ではなかった。


「んじゃ、とにかく頑張れ」


「え、ちょ――それは薄情じゃ!!」


「朝食が焦げるから、すまん!」







 東大学理工学部棟201室。

 昼食後に教室にやって来た翔は久方ぶりの講義を前に溜息を洩らしていた。


「はぁ……」


「ん、どうしたんだよ、溜息なんて垂らしてよぉ」


 すると、後ろの席に座った達也に声を掛けられた。不思議そうに顔を覗き込む彼に翔は答える。


「いやぁ……色々とあってなぁ」


「色々? ん、あぁ……そういうことか」


「なんだよ、随分と知ってそうな顔で言うなぁ」


「あれなんだろ、友達から聞いたんだけどお前らって温泉旅行に言ったんだろ?」


「……そうだけどさぁ、って誰だよその友達。俺は誰にも言ってないぞ」


 そこまで言って翔はハッとした。


(そうか、俺じゃなくて葵が言ったのか……ていうかにしても誰なんだよ、こいつに教えたの。茶化してくるから厄介なのに)


 葵にも注意しておかなきゃと心の中で呟きつつ、達也に静かに言い返す。


「あまり周りに流すなよ? あいつ、結構有名らしいから」


「あぁ、葵ちゃんの事か? あの子めっちゃ可愛いもんなぁ、なんか教育学部の男子からはめっちゃ人気みたいだぞ? ほんとアドバイスとかしてなんだけどお前と付き合った理由が分からん」


「付き合ったことも知ってるのか……」


「当たり前だろ、俺が何だと思ってる?」


「ただのヤンチャな大学生。ヤリチン、あとは——」


「お、おい!! 俺をそんな低俗な輩だと思ってたのか、お前!?」


「いやぁ……流石に付き合ったことがある回数二桁はねぇ、ヤリチンでしょうよ」


「馬鹿言え、俺は真剣な恋しかしたことがない!」


「んなぁ……」


 と言いかけて、口を閉じた。


 目の前の男がどんな恋をしてきたのかは知らないが、自分の今の恋は決していいものではなかったと思う。犯罪ではないし、人間の三大欲求には準じている。そう考えれば確かに正当な恋愛だったかもしれない。


 ただ、始まりが良くなかったので付き合った今でも少し不安になる。


「とは言ったが俺もそこまで真剣な恋をしてるかと言われればそうでもないけどな」


「——そうなのか?」


「……ん、何だよ急に食いついてきてよぉ」


「いいだろ、俺だって気になるんだ」


「乙女かよ」


「いいからっ」


「はぁ……だからそうだって。俺にだってあるんだよ、好きでもないのに付き合ったことはたくさんある。翔にアドバイスした時に言ったけど、別にそういう恋愛の仕方も悪くないってことだ。人間はそう言うので成長していくと思っている」


「……」


 確かに、今後どうなっていくかは分からない。きっと葵の事だし、色々なことに挑戦していく中で失敗して、そこで落ち込んでを繰り返していくのだろう。


「まぁ、そういうもんだ。恋愛はな」


「答えはないってことか」


「あぁ、もちろんな」


 ニヤッと笑みを浮かべる達也に肩を叩かれ、翔はよろける。


「ほら、授業が始まるぞっ」


「あぁ」


 そうして、講義が始まった。








 講義が終わり、バイトに行き、それも終わらせて時刻は22時。俺はバイト先の個別指導塾から徒歩10分ほどの場所にある葵のアパートへ向かう。


 インターホンを鳴らし、葵の声がして俺はドアノブを捻り中に入った。


「遅かったね?」


「え、いや普通だと思うけど……ていうか葵の方が早いだろ、今日は」


「んん~~、そうだったかしら」


「いつも終わるの30分後だろ?」


「——あぁ、確かに?」


 ポカンとした顔している葵に「入っていいか」と尋ねる翔。どうでもいい話なのですっ飛ばして中に入ることにした。



 今日は時間も時間のため、途中で買ってきたコンビニ弁当を突くことにしていた。蓋を開けて、食べ始めると葵がテーブルを挟んで見つめながらこう言ってくる。


「珍しいわね」


 ハムっと一口食べきってから翔は答える。


「ん……そうかぁ?」


「えぇ、だっていつも作ったりするじゃん? ほら、弁当は良くないぞって……だからこういう日を見てると弱み握ったなぁって気分になるわ」


「何言ってんだよ、俺の話だからいいんだよ。それは」


「じゃあ私にも言わないでよ?」


「っ……それはぁ……話が違う」


 自分で言いながらも矛盾に気づいて言葉に詰まった。そんな様子に気づいたのか、葵は頬杖を突きながら微笑み呟く。


「——私だって、心配なのよ」


「っ……」


 なんだこいつと思うのと同時に、何かが胸に突き刺さった。頬の赤みが淡く映って、口角が少し上がっている。いつもだったらポンコツだったり、照れてつんつんするところもあるのだが——今日はいつもよりも落ち着いていた。


 すると、葵は——


「可愛いこと言うでしょ?」


「——」

 

 じっと見つめてくる頬が赤くなった可愛い幼馴染が目の前にいる。このまま押し込まれるのも嫌じゃないが生憎とMではない。「はぁ」と溜息を吐き、その場を立ちあがると翔は調子に乗る恋人に一発かましてやることにした。


「なぁ」

 

「えっ——」


 ガシッと肩を掴むと葵が警戒して身体をビクつかせる。ぎゅっと力を入れているのが見えて、そのまま彼女の目線まで腰を落としてこう言った。


「————めっちゃ、可愛いぞっ」


「……っな、なに⁉」


 そして、唇を合わせる。


 柔らかく温かいぬくもりを感じる桃色の唇を堪能して、その後は——言わずもがなだろう。












「またしちゃったわね……」


「だなぁ……」


「その、気持ちよかったわよ……うまくなったんじゃない?」


「勉強したからなぁ」


「もっと勉強するべきことあるでしょ……だいたい」



「中を覚えた葵には言われたくないなぁ……?」


「っ……うっさい、ばか」


「ははっ……やっぱり可愛いな」


 翌朝、恥ずかしそうにそっぽを向く上半身裸の葵を眺めて、窓から見える空を仰いだ。


 二人の恋愛は、まだ続く。



FIN


あとがきは次です。新作について書いてあるので気になる方はどうぞ。



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