第22話

「はぁ~~」

「うぉ~~」


 誰もいない混浴風呂で二人の気持ちよさそうな声が響き渡る。


 隣を見れば裸の幼馴染、いやこの場合は裸の恋人と言うべきかもしれない。まぁ、実際のところ、そんな言葉の違いなど些細なことだ。


 普通に考えれば異性と混浴風呂に入ると言う男にとっては最高なシチュエーションも、二人が恋人同士ならばおかしくもない。


 混浴なら別におかしくはないのだが……それは考えないようにしておくとしよう。


 ハンドタオルを二人して頭の上に置き、お互いに隣を見れば裸は丸見えだった。正直、洗った時にも見てしまって今更隠す気にも慣れなかったのだ。


「……」


 ふと目に映る彼女の胸。


 あまりの大きさにお風呂のお湯にぷかぷかと浮いていて、上乳が露わになっている。乳首までは見えていなかったが翔の性癖を擽ってきて思わず見つめてしまっていた。


「——へんたい」


「っぁ‼ いや、俺は見てない……見てないぞ」


「別に私はただ変態って言っただけだけど?」


「っく……」


「逆に追い込まれてどうするのよ」


「いやぁ、だって……見とれちゃったし」


「っそ、そぅ……さすがに私だって、恥ずかしいんだよ?」


「ならいいのか、風呂が一緒で?」


「え、えぇ、それはいいのよ……別に、私も入りたかったし」


 すると、ボっと顔を赤くさせながら俯く葵。


 火照っているのか、恥ずかしくて紅潮させているのかはよく分からないが翔はその姿を見て微笑んだ。


「……な、なに?」


「え、いやぁ……なんか、可愛いなと」


「っ……、そ、そうね」


「照れてるぞ?」


「照れちゃダメかしら?」


「いやいや、存分に照れてくださいよ」


「言われなくてももう照れてるわねっ」


「それで胸張ってくる人見たことはないぞ?」


 何を言ってるんだか? と思ってしまいそうな会話だったが二人の表情はとても幸せそうで落ち着いていた。


 葵の胸がお湯の上でぷるんと揺れると波紋が広がって小さな波ができる。そんな光景に翔は唖然しつつも新たなる境地に目覚めた。


「……大きいのは自慢だからね」


 強調された胸にまたもや見惚れてしまった翔へ、葵は再び揺らしながらそう呟いた。


「あとはポンコツなところかな?」


「わ、私はポンコツじゃにゃいしっ!? じゃ、じゃない……し」


「ほらね、そう言うところ」


「……仕組んだわね?」


「なわけあるか! 大体それについては自分が悪いんだから、認めろよっ」


 同時に翔は水面をパシャンと叩いて、水しぶきが舞う。

 それがかかり、顔を拭うと葵は俯きながらこう言った。


「ポンコツって言われるの、やなんだもん……」


「そんなにか?」


「……ん」


「——そうか。嫌なら俺だってやめるよ、葵の嫌がることはやりたくないしな」


「うん」


 さすがに可哀想になってきて、翔は攻めるのをやめて引くことにした。

 結局、その後は露天風呂にも入り、樽風呂に一緒に浸かって、サウナで汗を流してから水風呂で身体を冷やして、シャワーを浴びて最終的には上がることになった。


 身体や髪をしっかりと乾かしてから、休憩所に行き、ベンチに腰を降ろした。時計を見れば時刻は22時51分。かれこれ一時間近く温泉の中にいたことになる。流石にやり過ぎたかと思ったが色々と気持ちを整理整頓できたことを考えれば特段悪くはなかったかもしれない。


(ふぅ……まぁいいや。コーヒー牛乳でも飲もうっ)


 葵の方はまだのようだし、先に温泉後の恒例行事はやっておこうと思い、自販機で瓶を買った。


「やっぱり、これだな」


 そう呟いて、一気に喉に流し込むと奥の方から冷えてキンとした刺激が突き刺さる。甘さと牛乳の独特な味が絡み合って、不思議な美味しさのハーモニーを醸し出す。


 舌の上で転がす度に何か希望のような者がはじけて、かぁっと体を熱くさせる。酒でも飲んでいるかのようだが別にそう言うわけではない。


「……ん、ん、ん――かぁ!!」


 ぷはぁ――と空っぽにした牛乳瓶を持ちながら天を仰いだ。


 すると、隣から葵が声を掛けてきた。


「——ねぇ、私も飲みたい」


「うぉ、もういいのか?」


「え、あぁうん。髪はほら、乾いたよ?」


「そっか。ほら、買っておいたから飲めよ」


「ん、ありがとぉ」


 手渡すると彼女も同じように一気に喉に押し込んだ。顔も身体も可愛いって言うのに、こういうところは豪快だから翔も困ってしまうところだ。


「ん、ん、ん……」


 喉を鳴らし、きゅーっと飲み込んでから。


「っ——ぷはぁぁぁぁ……‼‼‼」


「……もっとゆっくり飲みなよ」


「翔だってこうやって飲んでたじゃんっ」


「俺は良いんだって……葵は女の子だろ?」


 すると、ジト目を向けながら低い声でこう言った。


「——それ、差別だよ?」


「……悪かったよ。ただ、汚い飲み方だからあまり勧めないって言いたかったんだよ」


「別にいいじゃん、私は翔のだし」


「っ……物みたいに言うな」


 今度は小さな声で呟いた葵に恥ずかしがって動揺してしまった。

 






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