第16話
試着室から出てきた葵はとても綺麗だった。
それはそれはもう、おとぎ話に出てくるくらいで言葉に言い表せられない鮮烈さを放っていた。少なくとも、彼の目からはそう見えていた。
昔、彼女の和服姿は見たことがある。そんな風に思い出していたのがあほらしく感じるくらい、大人になった葵が着る浴衣には秘められた魅力があるように思える。
どこか、絵本に出てくるような雰囲気を醸し出す彼女に翔は見惚れてしまっていた。
「……どう、かな?」
「————んんっ、えっと……その……っ」
彼女がそう言うと翔はハッとした。
咳ごんですぐさま答えようとするも言葉に出なかった。
数秒ほど黙り込んで、なんとか一番合いそうな言葉を見繕う。正直、それ以上だったが頭の中にはその何かを表せられるほどのボキャブラリーはない。
「……き、きれい……だぞ。うん、似合ってると思う」
「——そ、そう。良かったぁ……」
「あぁ、すっごく似合ってるから大丈夫だ……」
(————って、何を照れてるんだよ俺。流石にキモイぞ)
翔に褒められて安堵しつつもボっと顔を赤くする葵。安直なのが実に彼女らしいが、とはいえ翔の方も無傷ではなかった。
単なる裸よりも、もっとずっと奥の何かを刺激されるようで不思議な気分に包まれていた。
すなわちエロス。
封印され子、古のエロスを感じるのだ。
(……でも、浴衣って……こんなにエrじゃなくて‼‼ なんで、こうも……魅力的に……映るんだ?)
体のラインがはっきりするくらいに締め付ける水玉模様の浴衣。葵の大きな胸は太い藍色の帯で潰れているのが翔の立っている場所からでもはっきりと分かる。それも、窮屈そうな谷間が身長差で丸見えでもあった。
加えて、それだけではない。
普段はしないポニーテールに、サラサラな黒髪を結ぶ真っ白な簪。下半身の切れ目から見える日焼けのない真っ白な素足。総じて見える曲線美。そして、このお店のサービスなのか分からないが少し化粧が濃くなっていて、桃色のぷるっとした唇に思わず抱き着きたくなる。
水色が際立たせる葵らしさに、どこか色っぽい大人びている格好に翔は何も思わざる負えなかった。
(……くそ……変に、だめだ……もう、ほんとに変態だな、俺)
首を振って忘れようとするが映像として浮かび上がる再会した夜の情景。
腰を振るたびに葵の湿った声が喘ぎとして響き渡る。音に声に、そして滴る汗。ベットは軋み、葵と翔の愛液がまき散らされる。水っぽい空気が部屋を包み込み、二人をさらなる聖夜におびき出す。
まるで獣。
あの日の夜がフラッシュバックして、股間がムズムズした。
「……大丈夫?」
「っ⁉」
その瞬間、脳裏に焼き付いた画がショートした。
「な、なに?」
「え、いやっ、なんか思いつめたような顔してて……ちょっと」
「あぁ、ごめん。こっちの話だ。大丈夫だよ」
「そ、そう?」
「うんっ。俺は大丈夫だ」
不思議そうな目をして見つめられたがそう言うと葵はすぐに微笑んだ。
翔と葵が妙な空気で話をしていると奥の方からおばあちゃんが出てきた。服装はもちろん着物で、昔ながらの格好で優しそうな表情をしている。
すると、重そう口を開けて——
「んでぇ……楽しんでくれたかい?」
「あ、はいっ! おばあちゃん、ありがとうございます!」
葵が会釈しながら嬉しそうにそう言ったので翔も続けて会釈した。すると、おばあちゃんが翔の方に気づき、微笑みからニヤリとちょっと片側の口角をあげる。
「——あらぁ、もしかしてぇ……お二人さん、かっぷるかい?」
「え、あぁ……その、ま、まだカップルでは」
「あれま、そうだったんかい?」
「は、はい……えへへ」
葵は自ら答えながら恥ずかしそうに頬を触った。そんな彼女に翔はジト目を向ける。
「若いっていいねぇ……おばあちゃんが男だったらすぐさま告白してるっちゅーのに」
と、今度はジト目を向けていた翔の方に視線を移すおばあちゃん。
「——え、お、俺ですか」
「何言っとるんかい……あんたしかおらんとよぉ。男ならほら、一発いくかいね!」
「な、何言ってるんですか……べ、別に俺はそう言うのじゃ」
「あらぁ、おばあちゃんの目には欲情してるように見えるけどねぇ」
眼光をきらりと目立たせ、翔をじっと見る。そんな視線に耐えれなくなった彼は視線をずらしながら後ずさった。怖い、というかなんだこのおばあさん。
怪しすぎる。それに東京に住んでいるやけに馴れ馴れしい近所のおばさんに似てやがるし……ちょっと気が引ける。
(あの人、なぜか俺だけに馴れ馴れしいんだよな……お年が召す方には俺みたいな若い男が魅力的なのか? ちょっと理解できかねるぞ……ったく――――って!? 何々、なんで葵まで俺を見てるんだよくそ! べ、別にそう言うやましい思いなんて……思いなんて……)
その時気付いたが、さっき発情してたな。それに、あの日の夜はその気持ちが爆発したし……やましい目で見ていたな、幼馴染を。
「……だ、だからっ俺はそんなわけじゃないんですよ!」
苦し紛れの否定で、もはや有罪判決が出てもおかしくなかったがなんとか切れ抜ける。ふぅと息を吐くとおばあちゃんも攻めるのをやめてくれたようで肩をなでおろすことができた。
「ふぅん、まぁいいけどねぇ。自分の気持ちには正直にならないとだよ」
「べ、別になってますよ、最初っから! それに、大きなお世話ですよっ……」
「あははははっ、否定が下手で何より! 元気なのが一番だからねぇ、頑張りなよ若者さん?」
「……はい」
やや引き気味で答えるとおばあちゃんはにひっと不敵な笑みを浮かべた。
「……なんだ」
すると葵が小さな声でそう呟いた。
翔は声に気が付いて、すっと振り向く。
「ん、どうした葵?」
「や、なんでもないっ……こっちの話」
「いやでも、なんか顔が暗そうだぞ?」
「……別に、関係ない」
「関係は——」
「とにかく、いいの!」
唐突に叫んだ葵に驚いたがおばあちゃんは二人の事がすぐに理解できたようで大きな声で笑っていた。
「な、なんで笑うんですか……」
「いやぁ、ね。この年にもなると色々分かるのよぉ。そうかいそうかい。よぅ分かったわ」
「……何がぁ」
「それで、良かったらなんだけどさ」
さすがにこれ以上を他人に何かを言われるのは嫌な気がしたので声を掛けようとしたその時だった。
おばあちゃんがポケットをごそごそしながら近づいてきて、翔の手に二枚のチケットを渡す。
「二人とも、大学生さんだから車で来てるよねぇ?」
「え、まぁ、はい」
「今日、すぐそこの湖で花火大会やってるからそのチケット握り締めて行ってきなさいな」
「は、花火大会?」
首が傾いたが手に持っていたチケットに視線を落とすとそこには『〇〇湖花火~4年に1度の1万発~』と色とりどりの花火を背景に書かれていた。
「これ……あ」
「ん?」
「いや、この前お母さんがこれ行きたいなって話してて……その、私も行きたいなと思ってたの」
「そうなのか?」
「うん」
「——ほい、行ってきな」
「いやでも、浴衣は」
「明日でいいよぉ。それに、この商売も半分趣味みたいなものだから、花火大火に言ってくれるなら代金はいらないよぉ」
「え、でも」
翔が言い返そうとすると、おばあちゃんが柄にもない高速移動で彼のそばまで近づいて、耳元でこう囁いた。
「————一発決めて、落としてきなさい」
「……」
「ほらぁ、頑張りな!」
気前よく尻を叩くと、背中を押され二人一緒に外に出される。
「——ちょっと何言って‼‼」
翔が叫んだときには時すでに遅く、おばあちゃんはシャッターを下ろしていた。
(……はぁ、どうしたものか。俺にはそんな気は…………な、い……の、かなぁ……)
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