第15話
(どうしよう……は、はったりが……通っちゃった)
足湯を出て、温泉街を回る二人。時間はそろそろ日が暮れる17時を回っていた。夏も始まったばかりで日の入りも18時過ぎと言ったところ、まだまだ屋外デートも長い。
そんなところで葵は前を歩く翔にチラチラと視線を向けながら、恥ずかしそうに付いて行く。
(……それに、しかも何も言わなかったし。私的には距離つめたつもりなんだけどなぁ。やっぱり、瑞樹の言う通りで温泉旅行に行っちゃうのがダメだったのかなぁ……)
今更か、とツッコミたくなるのは我慢して、とはいえ翔の方も無傷って言うわけではない。
(……告白未遂に、さっきの……やっぱり、明らかだよな、絶対に? いやでも葵の事だしただただ何も考えずに書いてあったことを言ってる可能性だってあるだろ? というか、たった二回の疑念でそれを肯定しちゃうのもきもい……よな)
こっちもこっちで違う意味で迷っていた。
疑り深いのは彼の特徴の一つだが、そのベクトルが間違っていると誰かが教えてくれないかなって感じである。
ただ、まぁ。
考えていることは一理ある。相手が葵ではなければこの程度で「自分のこと好きなんじゃね?」はおこがましいにもほどがあると言える。そう考えるなら彼は正常だった。
「……次はどうする?」
だからと言って何かをできるわけでもない翔としてはこの時間を平然を装いながら楽しむしかできなかった。
温泉街のお土産屋さんが立ち並ぶ通りを歩いている最中、翔がそう訊ねる。すると、葵は口を頬けながら立ち止まった。
「——これ」
「ん、どれだよ?」
彼女が止まってから数歩進んだところで翔も足を止める。この辺は特に時間を潰せたり観光できるものはないし、何かありそうな雰囲気でもないが——と思ったのも束の間。
翔がくるりと半周、振り返ると葵が斜め上を見ながら立ち止まっていた。
「どれ……ん?」
翔も同じように視線を少し上げて、お店の看板を見つめる。
「……き、もの……か、しだし……」
「私、これしたい」
翔が読み進めていくと、葵がコクっと頷きながら指をさす。
うっすらと書いてあったインクを右から左に読んでいくと「着物貸出店」と古めかしい文字で書かれてあった。
下には営業中と小さなプレートが透明なガラスドアに取り付けられていて、中は光が灯っている。どうやら人もいそうな雰囲気はあったが薄暗いし、店の外装も少し汚かった。
汚いというか、どっちかと言えば古い――があっているかもしれない。
看板の塗装は剥げているし、なんなら営業中と書かれたプレートも鉄製でどこかしら錆びているように見える。中身はもっともで壁紙が剥がれいるところも外から確認できるぐらいで重苦しい雰囲気がひしひしと伝わってきていた。
ただ、葵の目は曇らず――
「着物、着たい」
「え——でも、なんかやばそう」
「大丈夫でしょ、明るいし」
「えぇ……でも葵ってこういうの嫌いなんじゃなかったっけ……」
「別に、今はいける」
「……今はってなんだよ」
「今は今よ。とにかく着たいわ、これっ」
どうやら何を言っても止まる気はなさそうだった。
勿論、翔としてもこれを止める理由もないわけで半ば強引に、葵に首根っこ掴まれる形で中に入ることになった。
そういえば、だったか。
昔、葵の着物姿を見たことがある。いや、正確には浴衣だったか。まぁその頃の自分にそれが見分けられていたかなんて分からないし、そこは置いておこう。
とにかく、昔に見たことがある。葵の和服を。
ここじゃない、確か地元の夏祭り。その最後にある花火大会を見るために一緒に来ていた気がする。多分、小学5年か、6年か……おそらくそのどっちか。
親ぐるみで仲の良かった彼女との初めて外出デートと言った感じで、空気を読んでくれた母親が二人で花火を見てきなよと言って二人きりにさせられた――感じだったような?
正直、正確なことは覚えていないがそんなことがあったのはうっすらと覚えている。
いつもは元気で、ちょっと抜けていて、おっちょこちょいな笑顔の絶えない女の子だった。昔から彼女のありとあらゆるところを見てきた。だからこそ、特段花火大会を一緒に行くのが凄く楽しみだったわけではない。
いつもと一緒。普段と一緒。
親がいないときに二人家で待っていた時と一緒だ。
何ら変わりなどない。
そう思っていた一人の男子の前に現れた幼馴染はとても魅力的だったのだ。
いつもは下げている長い髪を百合の花が付いた簪に巻き付けるように後ろでまとめられていて、水色のストライプがかった浴衣を身に着けていた。手には小さなきんちゃく袋で、足元は厚底の下駄で、白く綺麗な指が露わになっている。
おかしいなと。
普段から見ているはずの素足がなぜか色っぽく映る。
小学生の素足なんてたかが知れてると今の翔なら思うかもしれないが、当時の彼には良くも悪くもそう映っていた。
美しくて、綺麗で……ぷるんとした肌が目に入る。
『どうかした?』
そんな翔を見るなり彼女は不思議そうに首を傾げて見つめた。
その声に慌てた彼もすぐさま表情を変えて、向き直る。
『な、なんでもねーよ!』
恥ずかしそうに怒りながらも、手を握って人混みの中に入り込んでいった。
(————なんて、随分と忘れていたな。俺も)
そんな昔の思い出に浸っていると後ろからトントンと肩を叩かれる。
「——ねぇ、いいよ」
「ん、あぁ」
葵の声がする。
微かにいい匂いが香って、少し体が震える。
懐かしい匂いだった。多分、あの時の匂い。
そんな匂いの元へ、顔を振り向くと——
——そこにいたのは、あの頃と一緒の水色で、水玉模様の着物に身体を包まれた、先程の出来事を忘れられるほどに綺麗で美しい姿をしていた葵だった。
「どう、かな?」
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