第14話
「——ほら、早くっ!」
「おう」
翔がコンビニのトイレで済ませている間に葵は足湯の席に一人座っていた。手を拭きながら出てくるとそれに気づいた彼女が自分の隣に座ってほしいと横の席を叩いていた。
「——意外と大きいんだな」
「何よ、意外とって」
「別に深い意味はないんだけどよ」
「そっ」
くだらない会話を脇にズボンの裾を降ろしていく。時期が時期でそこまで熱くもなく、寒くもないのだが素足になるのは少し早い気がしなくもない。
「ふぅ……」
腰を降ろしながら足を湯につける。すると、じんわりと温かいお湯が両足を包み込んでくる。思わず息が漏れたがその刺激は徐々に心地の良いものに変わっていった。
足の先から空気が抜けていくかのように疲労が流れ出ていく気がする。
大学に入ってからは特段身体を動かしているわけではないのだが、こう考えてみると疲労というものは溜まっているようだった。
「どう、気持ちいでしょ?」
「あぁ……確かにきもちいな、これ」
「まんざらでもない表情ね」
「家の風呂とはこれまた違ってきもちいからな……葵だって、表情軽いんじゃないか?」
「どうかしら~~」
つい一時間前までパンツがどうだとか言っているようには思えないが、そんなことを忘れさせてくれるくらいに気持ちいと理解してもらいたい。
「ふぅ~~~~」
葵が気持ちよさそうに息を吐き出しながら、足を組んだ。
あまり見たことがないスカートから白い太ももがチラッと目に映る。思わず視界に入ってしまった。あまりにも自分と違う質感に、毛穴ももはや毛の一本刷らないように見えるその脚に目が吸い寄せられる。足湯のせいで頭も徐々にぽわぽわしてきていたが、さすがに凝視はまずいと残った理性で視線を大きく逸らした。
(……えろいし、思い出しちゃってシャレにならん)
「ん、どうしたの?」
「——いや、なんでもないよ」
「なら、いいけど……」
少し疑問そうな顔を向ける幼馴染に申し訳なくなったが今回ばかりは許してほしい。不可抗力だ。それに一戦は越えてない。それだけでも称えてほしいまである。
とにかく、今はそんなやましいことは考えたくはないのだ。ひとまず無心になって足湯を堪能しよう。
数分ほど無言の時間が続くと、葵が急にこう訊ねた。
「……そうだ、ここってなんか効果とか効能とかあるのかしら?」
「効能か……あれじゃない、ほら、看板裏の」
翔がそう教えると葵が立ち上がって、反対側の看板がある場所まで移動する。
「どう、読めそうか?」
「うんっ。えっとぉ……」
その場に腰を降ろし、スカートをめくりながら身を反転させる葵。看板と睨めっこを始めて、ぶつぶつと読み上げているようだったが言い出しっぺの翔は気まずそうに、またもや視線を逸らしていた。
なぜなら、葵のパンツが薄っすら見えてしまったからだ。
無防備、無計画、無秩序――いや最後のは違うがとにかく何も考えていないのが翔の幼馴染、高梨葵。
後ろを向き、半分背中が見えているのだがその服のねじれにスカートを若干巻き込んで左側だけパンツがチラリと翔の心を照らしていた。生憎、足湯に浸かりに来たほかのお客さんは向かって右側に座っていたので恐らく見えてはいないと思われるが翔の目にははっきりと映ってしまっていた。
しかも、色は。
(ピンクのバラ模様……こいつ、何しに来たんだよ……)
心中で思わず勘繰りを入れてしまうほどだった。何といえばいいかも分からない。混浴もある温泉宿で、足湯でパンツまで見えちゃうし……同じ部屋だし。
もしかして、そういうことがしたいの?
とあることないことを考えてしまいそうになった――というか、してしまったがまさかそんなわけないと首を振った。
(……あんまり裏を考えるのは良くない。俺たちは付き合っていないし、まだそんな関係じゃないんだ。まぁ、告白されたらまだ……考えるけど、ひとまず落ち着こう)
いったん整理して考え直そう。
あんなことは二度としないと決めたのだから、しっかりと高を括るべきだ。
「——ん、どうしたの?」
「え、やっ! なん、なんでもないよ?」
翔が目を泳がせていると葵がこれまた不思議そうに見つめていた。どうやら効能や効果の説明を読み終わったらしい。
それならと、翔もすぐさま訊き返す。
「——で、さ! どうだったんだ、効能とか?」
「ん、あぁそうね。一応、あれっぽい、肌にいいとかそんな感じね」
「普通なんだな」
「まぁ、それは——ただの足湯だし」
「そ、そうか……」
(ふぅ……あぶねぇ、さすがに凝視してバレたらヤバいからな)
「あ、でももう一つあったかも」
「もう一つ?」
安堵した翔が首を傾げると葵は少し頬を赤らめながらこう言った。
「——男女で入れば、つ……付き合えるって」
「……そ、そうか」
「うんっ……」
どうやら葵は今回の旅行でフィニッシュにまで持っていくらしい。
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