第7話
一方、リビングにいる葵はと言うと——
(私、何やってるの? なに抱き着こうとしてるの、しかもこんな格好で! ていうか早く着替えて……ってあれ。私何をするためにここに)
その間、冷静に考える時間があった。
余計に話がこじれてしまっていたことに気が付いていた。
(えっとぉ……あっ‼︎ そうだ、私は…… 昨日の誤解を払拭するために来たんだ!)
誤解も何も一線超えたはずなのだが——と言うツッコミ早めにして、とりあえずどうするかを考えたいところ。
ただ、いかんせん勉強しかできない彼女にとってこういう類いのものは無理な話だった。
(どうしよう、真面目にどうしよう……色々と恥ずかしすぎて考えられないんだけど……落とし前くらいはつけようだなんて考えたの良いけどいろいろあり過ぎて何考えればいい変わらないんだけど!!)
落とし前と言っても、単純にごめんなさいとか言う話ではない。かと言っても付き合いましょうだなんて言えるわけもない。
好きなのは事実。
久々に会ったこととおみくじの結果で一目惚れをしたが、自分のあまりに無責任な行動でやらかしてしまったという意識が消えていなかった。
しかも、翔と一線超えたことで余計になんと告げればいいか分からなくなってもいる。
まさに袋小路。
(だめだぁ……裸だって見たくらいなのにやっぱり緊張するぅ……一回くらいバイトの先輩に相談するべきだったかも。なんなら瑞樹のだって……)
かれこれ考え続けて十数分。
結局のところ、いい案など思いつかず、考えが右往左往をしていると時間は来てしまっていた。
「おまたせ……ん、大丈夫?」
炒飯を持った翔が台所から出てきた。
「んひゃ―—っ」
「……んひゃ?」
「な、なんでもないっ‼‼‼」
恥ずかしくなってついつい出てくる怒号。そんな葵の言葉の勢いに負けて翔はコクっと頷いて何も言わなくなった。
(や、やばい……さすがに否定しすぎた!)
「ま、まぁいいや、とにかく食べよう。話はその後だな」
「う、うんっ……」
「いただきますっ」
手を合わせまずは感謝。
彼の育ちの良さが窺える。
「い、いただきます……」
それに続いてボソッと呟く葵。声は小さかったがこちらもいい家系に生まれているため挨拶は欠かさない。
借りてきた猫のように黙りこける葵の隣に座った翔はスプーンを手に取って口に入れる。その姿をチラッと横目で見た葵も同じように口に入れた。
「はむっ…………んん……」
パクっと一口。
もぐもぐと噛み締めてごくッと飲み込む。
時間にして2秒もないくらいの出来事だったが味を評価するには余裕だった。
「え、なにこれ、うまっ……」
思わず漏れた本音。葵自身もびっくりしたが味は本物だった。家庭のフライパンと冷蔵庫に残っていた具材と調味料だけでよくもこんなものが作れる。
(……豚肉は噛めば噛むほど肉汁が溢れてくるし、卵とご飯の絡み合いが完璧っ。パラパラで塩コショウのバランスも良くて舌触りも気持ちがいい。アクセントの唐辛子が下にピリッとした辛みを与えて……最高だわ)
つまり、完成されていた。
お世辞でも何でもなく、それはラーメン屋さんや中華屋さんにも引けを取らないくらいに美味しかったのだ。
頬っぺたが落ちるとはこの事か―—と思わせるくらいに。
そんな炒飯を食べれば一度、止まらない。葵は無言でバクバクと食べ続けていく。
「っ——お、おいしすぎない?」
「食べるの早っ! ま、まぁ美味しいのならいいんだけど」
「美味しいどころじゃないわよ! なにこれ、どうやって作ったの……レシピとかあるわけ、見せてくれない⁉」
「いやぁ……俺って実家が定食屋だったじゃん? それでよく作り方見てたからできたわけで流石にレシピ見せるわけには……」
「え、そうだったの⁉」
大きく口を開けながら驚く幼馴染の姿を見て翔は唖然とした。
いや、昔よく俺の家に来てたじゃんと——散々ばら見てきたじゃんと、もしかして覚えてないのかよと。
ただ、当の本人の驚き様を見れば明らかに忘れているようだった。
「忘れたの……?」
「え」
「いや、ほら……定食屋さんだったのは昔から知ってなかったっけ?」
「……」
すっと開けた口を閉じて頭をフル回転させる葵。
数秒ほど黙りながら考えると答えが浮かんだ。
「————私たち、何やってるの?」
あまりにもシンプルな答えで一瞬、場の空気が静止した。
葵の言葉にハッとする翔。
「え、何って?」
「いや、私たち色々と話すために来たのよね」
「来たっていうか……まぁ、そうなるな」
「なら、なんでご飯食べながら楽しく思い出思い出しゲームしてるのよ」
ゲームではないけどな、というか確実に葵は誤魔化してるけど——とふと思ったが頭を振る。
確かに彼女の言っていることは合っていた。翔としてはあまりにも露出した葵の服装を見て取り乱しそうになった心を制止するため、落ち着き気分転換も兼ねて料理をしていたはずだと言うのに、いつの間にか熱が入り過ぎて本格炒飯を作っていた。
葵と言えばこのご飯をささッと食べてゆっくり「淫乱になった幼馴染」という誤解を解く方法を探っていたはずなのにそれすらも考えずに幼馴染の美味しすぎる本格炒飯を食べ、あまつさえ評価までしていた。
お互いポンコツ過ぎる
「——確かに」
「えぇ、ほんとよ」
「なら、さっさと食べるか」
「早く片付けて話しましょう。昨日のことを」
いきなり始まった本格炒飯談義も閉幕し、葵と翔は一気に皿の上の料理を平らげて、テーブルを綺麗にし、息の付く間もなく向かい合いながら座り合ったのだった。
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