第8話


「……は?」


 しかし、物事と言うのはあまりうまくいかない。


 例えば、会社の方針でこのような計画を立てて進めていったのにもかかわらずまったくと言ってもいいほどに売り上げが出なかったり。


 昔流行ったからと言って、今どき全く名前すらも聞かなくなったタピオカ店を開いたりして赤字を被ったり。


 はたまた、ただ適当に付けたソフトウェアが以外にも高性能で数年後に賞賛されまくったり。


 いいことも悪いことも含めて人間の思うがまま、物事は進まないことの方が多い。それにそんなことはとうの昔から知っている。だからこそ、しっかりと研究と計画を重なて、ここぞと言う時に力を発揮するのも人間というものなのだ。


 ただ、今回ばかりはそうもいかなかった。


 なぜなら、葵がいきなり告白してきたからだ。


 頬を赤らめて「好き」だと。


 そう、一線を越えてしまった女性の口から「好いている」と告げられたのである。


「……好きなのよ」


「……う、うんっ。意味は分かるけど……え」


「だから、好きなの……」



 状況がうまく呑み込めない。高校の頃はよく、一緒に花火大会に行って告白されたりしてっうふふ! なんて馬鹿げた妄想に話を膨らませたこともあるが今考えてみればそんなお遊びだった。


(……あれ、さっきまで何を話してたっけ? え、なんで? もしかして、俺って今……告白されてる?)

 

 そんなの言わずもがな告白されている。


 別に振る理由もないし、色々とやってしまったという責任感も少しだけある。ただ、あまりにも急すぎてどう答えたらいいか分からなくなっていた。


「ど、えっ——な、なんで」


「なんでって……別になんでも。ただ、色々としちゃったのもあるし……」


「ただの尻拭いってことか?」


「いや……違うわよ」


「ほ、本気なのか?」


 翔は困惑していた。

 WHY? WHEN? の部分で驚いていたからだ。今言うの? それになんで? という点で疑念が晴れなかった。


 だからこそ、もう一度聞き直す。


 しかし、葵の方はと言うと同じ事を訊き返され続けて顔が赤くなっていく。


「……好きよ、ほんとよ」


「えぇ……」


 ただ聞けば聞くほど余計に分からなくなっていくのは翔の方だった。どう返してあげればいいか。なんて言えばいいのか。考えは頭の中をぐるぐると回っていく。


(……くそ、どうしよう。俺って真面目に告白されてるんだもんな。ていうか、何、いっそのこと俺も言い返せばいい、のかよ⁉ はぁ、はぁ、はぁ……やべぇ、いったん深呼吸を)


「すぅ……はぁ……」


「え、な、なに」


「いや、何でもない……ちょっと待っててくれ」


「うん……?」


 数秒ほど精神統一を図った翔。無論、結果は皆無。その沈黙が余計に心臓の音を肥大化させていく。


 今までの人生で色恋沙汰とはまったくと言って関わってこなかったことが今になって露出し始めている。ラノベやアニメの世界は急に飛び出してきた気分だ。


 もはや次元を超越している。


「……それで、えっと——好きなんだよな? 本気で」


「だから、そうだけど……」


「好き……でいいんだよな?」


「いいって言ってるし」


 若干強く言い返してくる葵。どんどん頬が真っ赤になっていき、翔の方まで顔が熱くなってくる。告白された衝撃で羞恥とか緊張感が吹っ飛んでいたが目の前にいる葵の表情で徐々にそれが自分の元へと戻っていた。


 それに今更思い出したが酒も入っている。そのせいかちょっと鼓動も大きい。


「……だよな」


「そ、そうよっ」



 再び訪れる静寂。

 いかんせん、自分の心臓の音が聞こえる。


(かぁ~~~~、熱いし……一旦脱ごう。一旦脱いでから考えよう……ふぅ……んで、やっぱりどうすればいいんだ⁉ おいおいおい、告白ってこんなに難しいものなのか? やっぱりすごいんだなリア充って、これを掻い潜ってきたとか正気の沙汰じゃねぇ)


 



 一方、葵の方はと言うと。


(言っちゃった)


 こっちもこっちで重傷だった。


 何より『やってしまった感』が頭の中を埋め尽くしていた。正直のところ、先程から頭が働いていない。翔による聞き返しの返答はすべて適当だった。言うなれば自動車の自動制御運転のようなものだ。


(どうしよぉ……結構伝わってるし、翔にも。顔赤くなってるし……というか私もなんか熱いし……ってなんか脱ぎ始めたし!?)


 翔が上着を脱いでもう一度深呼吸。

 そんな姿を見ってぎゅっと袖を握り締めた。


(……さすがにやばい。も、もしもだよ……う、受け入れられたして普通に、普通に私は付き合えるのか……あんなことまでしてしまって。なんなら、翔の局部は鮮明に覚えてるまであるし。いっそのこと誤魔化して——ってそれは解決になってないし)


 なんて考えていると——


「やっぱり、ちょっと——」


 翔が二発だけ自分の顔をはたいて何かを告げようとしてきた。その口ぶりから葵もハッとした。


(——ちょっと、待ってくれ——だ。絶対そう言ってくる。というか、なんかの漫画でそんな風に言って誤魔化して断るところ見たことある……って考えてる場合じゃない⁉)


 その瞬間、葵がバッとその場に立ち上がって遮った。


「えっ——ど、どうしt」


「——あっとぉ!! そ、そうだそうだ!! あれだよね、あれ!! やっぱり私は今期のアニメ『マジカル☆未来電脳シノン!!』が好きなんだよねぇ~~早く見なきゃっ‼‼‼」


「……は」


 場が凍りつく。


 咄嗟に立ち上がった葵から出てきた言葉はまるでオタクのようなものだった。そんな台詞に声も出なくなった翔に葵はさらに追撃をかます。


「シノンたんす、すす、好きなんだよねぇ!!」


「え……ちょ、好きって」


「あ、そ、それは——シノンたんが好きなんだよね、私‼‼」


「……えぇ」


「と、とにかくよぉ! 昨日の分を見なきゃね!!」


 つまり、何をしたのかと言うと————誤魔化したのだ。


(……う、嘘ではないし、いいや)


 



 ポンコツの恋愛はまだ続く。


 

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