第2話 黄金を生み出す女の子


 竹人形に魂が宿ってから、三年の時が流れた。


 おきなと婆さんは竹人形を娘のように可愛がり、その愛情を受けた人形は竹のようにスクスクと育っていった。



 否、立派に育ちすぎていた。


 最初は膝丈ぐらいだった身長も、今では翁より頭ひとつ分ほど高くなった。


 足はスラッと、腰はくびれて胸はそこそこ。顔はまるで人形のように――実際に人形なのだが――整っていた。



 もう翁の性癖ドストライクである。元々自分の理想通りに造ったのだから、そうなるのも自明の理ではあるのだが。


 ちなみに翁は気付いていなかったが、竹人形の顔は婆さんの若い頃に少し似ている。そのお陰で婆さんは竹人形に嫉妬をすることもなく、自分の分身として可愛がっていた。


 これが他の女にそっくりだったら、翁はあの晩のうちに婆さんに殺されていたかもしれない。危うく竹取ではなく、命取りの翁になるところであった。



 さて、その竹人形であるが。最近では新たな変化が起きていた。



「なぁ、婆さんや」

「なんです、翁さんや」

「最近のこの子……なんだか、ちょっとまぶしくない?」


 いつものように、三人は家の縁側でお茶を飲んでいた。翁は右隣りに座る竹人形の姿を見ながら、常々思っていた疑問を婆さんに投げかける。



「何を言っているんですか。これだけ可愛らしければ、輝いて見えるのも当然でしょうに」

「いや、そういう比喩ひゆとかじゃなくてな。そのままの意味で眩しいのじゃが……」


 ニコニコ顔の婆さんは竹人形の頭を優しく撫でながら、さも当然のことのように答えた。猫可愛がりする婆さんの言うことももっともなのだが、翁が言いたいのはそういうことではなかった。



「明らかに変な能力が付いちゃっているんだよなぁ」


 竹人形は昼間でも分かるほどに、めっちゃ光り輝いていた。


 しかも光っているのは人形だけではない。理屈は分からないが、彼女が手に持っている饅頭が黄金色になっていたのである。


 もちろん、翁たちが持っている饅頭は普通のこげ茶色をしている。ためしに翁が自分で持っていた饅頭をひとつ、竹人形に手渡してやった。



『……いいの?』

「あぁ、たんとお食べ」


 竹人形は嬉しそうに饅頭を受け取り、それを口を付けた。



 その瞬間。ただの饅頭だった物が、まばゆい程の黄金色に輝いた。否、これは黄金色というより黄金そのものだった。



 ――こいつは、どえらいものを生み出してしまった。

 

 翁は改めて自分の才能が恐ろしいと戦慄した。




「ちょっと、翁さん。この子には“カグヨ姫”って名前があるんですから。ちゃんとそう呼んであげてくださいな」

「え? あ、うん。そうじゃな……」


 ちなみにこのカグヨ姫という名前は婆さんが付けた。


 頭を撫でてやると、竹のかぐわしい匂いがするからカグヨ姫。

 なんだか安直なネーミングだったが、翁が付けると昔の女と名前がかぶりそうだったから止めておいた。後でそれがバレると、婆さんがとんでもなく怖いから。



『翁……食べる?』


 手元の黄金饅頭をジッと見つめられていたのを、翁が食べたいのだと判断したのだろう。カグヨ姫が食べかけの饅頭を翁にずいっと差し出していた。



「ん? あぁ、いや。それはカグヨ姫が食べなさい」

『……ありがと』


 お礼を言うと、姫は饅頭をパクっとひと口。美味しそうに目を細めて、モグモグと咀嚼している。


 嗚呼、なんて可愛らしい。婆さんが猫可愛がりするのも痛いほど分かる。



「はぁ……困ったのぅ」


 実はこの翁、この愛しいカグヨ姫のことでとある悩みを抱えていた。


 自分たちはこの先、どれだけの年月を生きていられるのか……。


 いや、自分の命に未練があるわけではない。しかし、もし二人とも死んでしまったら……人にあらざる者であるカグヨ姫を、この世に独り残すことになってしまう。ただそれだけが、どうしても気がかりだったのだ。



「なぁ、婆さん」

「……分かってますよ。カグヨ姫を嫁に欲しいという男性が居るのは、私も知っています」


 あまりカグヨ姫は家の外には出たがらないとはいえ。田舎の村という狭いコミュニティでは、すぐにその存在は知れ渡っていた。


 特に子のいない翁の家に見たこともない美少女がいるとなれば、噂が広まるのも余計に早かった。


 となれば、カグヨ姫を見てみたいという男共が殺到することになる。


 お茶を飲んでいる今も、不届き共が敷地の垣根の向こうからこちらを覗き込んでいる。まったく、そんなことをすればカグヨ姫に嫌われる一方だというのに。



「私はあんなどうしようもない男どもに、カグヨ姫をやるつもりはありませんよ?」

「安心せい、婆さん。ワシも同意見じゃ」


 のぞき見はもう日常茶飯事だ。最初は誰にもカグヨ姫はやらんと言って逐一追い払っていたのだが……カグヨ姫の為にも、そろそろ腹をくくらねばならないだろう。



「カグヨ姫よ。お前の伴侶となる男を選ぼうと思うのだが」

『……はんりょ?』

「ワシと婆さんみたいな夫婦めおととなる相手じゃ。こういう人間が良いっていう希望は、何かあるかの?」


 カグヨ姫は翁と婆さんの間に視線を往復させたあと、コテンと首を傾げた。



『美味しい……ご飯をくれる人?』

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