第3話 期待の挑戦者


 カグヨ姫から希望を聞けたものの、おきなと婆さんは困り果ててしまった。


 希望自体は“美味しいご飯を与えてくれる人”という単純なものだったのだが、その料理を作れる人間が一向に現れなかったのだ。



「カグヨが求めたのは“仏の御石みいしはち”、“竜の宝玉”、“蓬莱ほうらいの枝葉”、“つばめの子安貝”、“火鼠ひねずみ皮衣かわころも”の五つを満たした料理。誰もこの難題を達成してくれる者は居らぬのか……」


 当初は殺到した希望者も、そのお題を聞くとお手上げだと言って皆帰ってしまった。


 いや、それらしい料理を作る者は数名出たのだが――



『そんなおとぎ話のような料理ができるか!!』

『俺を馬鹿にしおって! そんな女なんぞ、一生独身でいやがれ!!』


 などと吐き捨てるものだから、結局は婆さんが塩をまいて追い返すことになる。

 そんな事を繰り返しているうちに、やがて誰もカグヨ姫のもとを訪れなくなってしまった。



「まぁ、いいじゃないですか。カグヨ姫に変な虫が寄り付かなくなったのですから」


 婆さんは慰めるように翁に言うが、翁はカグヨ姫が哀れで仕方がなかった。



 ――こうなったらつがいとなる男の竹人形を作ってみるか?


 そんなことを翁が思い始めた、とある満月の夜。我こそはカグヨ姫の望む料理を作る者だと、名乗りを上げた若者が現れた。



「お前は商人のところのせがれではないか……」

「はい。父が竹細工の件で翁にはいつもお世話になっております」


 突然翁の家を訪れてきたのは、齢十八ぐらいの背の高い青年だった。彼はハキハキとした口調で、驚く翁たちに向かって愛想良く挨拶をした。



 彼は名を三佳みよしと名乗った。


 そういえばあの商人は、どこかのくらいの高い家の娘を貰ったと言っていたな。ということは、この三佳はその娘との間にできた息子だろう。


 商売も軌道に乗って、いっぱしの商家としてみやこに家族で住んでいると噂で聞いていたが……どうしてその息子が我が家にやってきたのだろうか。



「実は私……翁の竹細工に惚れ込んでおりまして」


「……ワシの竹細工に?」


「はい。父の商売に付き添っていた際に、たまたま翁の作った物を拝見いたしまして。あまりに見事な緻密な出来映えと、見る者を思わずうならせる芸術性。そしてなによりも、竹に込められた愛情が素晴らしかった。一目見た時から私は、貴方の作品に心を奪われてしまいました!」


 三佳はそう言うと、背負いの竹籠たけかごから沢山の竹細工を取り出した。その細工は翁も良く知る品々で、どれも自分が商品として作り上げた物ばかりだった。



「いや、違うぞ……これはワシの作品ではない!!」


「はは、やはりお分かりになりますか。まだまだ私も、精進が足りないようだ」


「――ということは。これら全て、三佳が作ったと!?」


 はい、お恥ずかしながら……と照れ臭そうに頭を掻きながら三佳は答えた。だが翁はあまりの驚きで、返す言葉を失ってしまっていた。


 三佳は謙遜をしているが、それは人生の大半を竹細工に捧げた翁だから気付けたこと。隣りで見てきた婆さんでさえ、それが翁の作った物と言われても分からない。まさに瓜二つの出来栄えであった。


 彼が翁に心から憧れていることは、誰の目にも明らかだった。



「それで、お前はカグヨ姫の望む料理が作れると言ったが……」

「はい! 是非とも挑戦させていただきたく」


 もはや他の有象無象の男たちとは違い、三佳はすっかり歓迎ムードで翁の家に迎え入れられていた。


 彼は居間で婆さんの出したお茶をズズズと飲みながら、事のあらましを説明し始める。



「準備で他の者よりも遅くなってしまいましたが、どうにか姫の出したお題に沿う料理を編み出すことができました。ですのでこうして支度したくを整え、こちらへさんじた次第なのであります」


「――いや、挑戦自体はこちらも有り難いのだが。しかし婿入むこいりとなると、家業の方は継がなくても大丈夫なのか?」


「えぇ。私よりも、商売にけた兄がおりますので。後継者はそちらの兄になります」


「ふむ、そうなのか……」


 商人とは長い付き合いだから、翁も商家の方を大事にしてほしいと願っていた。とはいえ、そんな心配は無用だったようである。


 むしろ翁よりも後に妻を迎えたというのに、ちゃっかりと優秀な子を何人も育てている商人が少し憎らしく思えてきた。



「あやつめ、良い妻を迎えたな」


 自分と同じく遊んでばかりだった商人が、子供の教育をマトモにやったとは思えない。恐らくは妻が厳しくしつけたのだろう。


 いやはや、お互いに良き妻に恵まれたものだ。婆さんだってたまに暴力を振るってくること以外は最高の妻である。もし三佳がカグヨ姫と結ばれるのならば、自分達のような円満な夫婦になって欲しいものだが……。



「では、さっそく調理を始めたいと思うのですが……」


「お、おぉ。何かワシらで用意する物はあるのか?」


「いえ、すべて私の方で手配済みです。なのでお二人には調理の場所だけお借りしたい。お題についても、調理をしながらご説明いたします。是非、翁たちにはその目でしっかりと私を見極めていただきたい」



 もちろん、カグヨ姫も。と言って、青年は真剣な瞳で竹から生まれた姫を見つめた。カグヨ姫も、そんな三佳を見定めるかのようにジッと見ていた。



「では、先ずは“仏の御石の鉢”からお見せいたしましょう」

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