第2話 望まなかった再会

 そのまま朝までバイクをかっ飛ばしていた俺は、結局朝方、夜が明ける頃に帰ってきて、布団で死んだように眠った。


 気がつけば、土曜日の昼すぎ。


「あー。時間を無駄にした」

 と、1人愚痴りながらも、その日はもうやる気が起きず、ダラダラとゲームをしたり、テレビを見たり、ネットサーフィンをしたりで、終わる。


 実に不毛な土曜日だった。


 恋人もいない、作るのも最近は面倒になり、バイク以外は趣味すらない。このまま寂しい中年になるのだろうか、と不安にすらなっていた。


 翌日曜日。


 俺は何の気なしに、朝9時頃からバイクを動かした。

 そもそも「群れる」のが嫌いな俺は、「バイクは所詮、1人で乗る物」という、信念にも似た気持ちを持っていた。


 そのため、大抵はソロで走る。


 その時も、ソロで向かったのが、関東、特に首都圏のツーリングライダーのメッカ、とも言われる、埼玉県秩父市だった。


 東京からは山一つ越えるだけで、片道せいぜい1~2時間で行ける距離にあるし、秩父市街を少し離れると、快適なツーリングコースが待っている。


 特に、国道140号。荒川沿いを走り、奥秩父のダム湖に向かう道は、時間や曜日によっては、ほとんど交通量がなく、もちろん信号機も少ない、バイクにとってはまさに「垂涎」の道となる。


 その日は、天気がいい、暖かい日曜日だったから、結構な数のツーリングライダーの姿があった。


 ある人は、俺と同じくソロで、ある人は集団で。


 だが、大抵は「男」ばかりである。ライダーには圧倒的に男が多いし、年齢層も金銭的に余裕がある中年以上が圧倒的に多い。


 そんな俺は、いつも通りに、道の駅大滝温泉の駐車場に入り、バイクを停めて、喫煙所を目指した。


 元々は、長らく「禁煙」していた俺。大学生時代は吸っていたが、社会に出てからはほとんどタバコは辞めていた。ただでさえ、タバコ代が上がってバカにならないのだ。


 だが、最近になって「再開」していた。原因はもちろん、仕事の過度なストレス。言い方は悪いが「囚人」みたいな生活のあの現場にいては、誰でも気が狂いそうになる。自然とタバコが復活していた。


 そして、タバコというものは、一度でも「復活」すると、再度「禁煙」するのに非常に時間がかかる。


 紫煙を燻らせながら、空を見ていた。天にトンビか鷹らしき鳥が飛び、快晴とは言えないまでも、そこそこ暖かい陽光の差す、春の穏やかな1日。


 ふと見ると、俺と同じような形の銀色のバイクが駐車場に入ってきた。カタナだった。


 いやよく見ると、そいつは「カタナ」は「カタナ」でも、旧型の「GSX1100S」の方だった。


 全長が明らかに新型より長いし、特徴的な「伸び上がる」ような油冷のエンジン音が響いている。


 しかも、そいつに乗っていたのは、明らかに「女」だった。それも若い。フルフェイスヘルメットの後頭部から長い髪がはみ出していた。


 シート高が新型の825ミリほど高くはない、775ミリの旧型カタナ。

 だが、重量は新型の215キロよりはるかに重い254キロくらいだったはずだ。取り回しだって悪いし、今のバイクと違い、扱いにくい。


 そもそも、わざわざこんな面倒な旧型バイクに女が乗るのは珍しい。


 自然と注視していた。

 ヘルメットを脱ぐと、身長165〜170センチほどの、スラっとしたモデル体型。ストレートのロングヘアーは黒髪が美しい。そして、特徴的な切れ長の二重瞼ふたえまぶたの目。

 服装は、茶色の革ジャンに、ブルージーンズ。


(ん? あいつはまさか)

 どこか見覚えがあった。いや、俺の考えが間違っていなければ彼女は、恐らく俺の昔の知り合いだ。


 喫煙所で、タバコをもみ消し、足早に彼女の方に向かって歩いていた。


 道の駅の入口の建物に向かう彼女と、途中で目が合った。


 両者立ち止まって、しばし沈黙。

「あれ。山谷くんじゃない?」

「げっ。マジで森原もりはらか?」


 明るい声を上げて、近づいてくる彼女に対し、俺だけが明らかに不服そうに顔を歪めていた。

 それに気づいた彼女が大きな声を上げる。


「ちょっと、ちょっと。今、げって言った?」

「ごめん……」


 そう。俺には彼女には「出来れば会いたくない」という事情があった。



 話は、4年前の大学卒業間近に遡る。

 俺は、この女、森原沙希さき人気ひとけがない、大学構内のある場所に呼び出していた。


 元々は、同じ大学、同じ学部、同じ学年で、よく同じ授業を受けていたし、ゼミも同じだった関係で、仲良くなり、いつの間にか、授業のノートを貸し合う仲になっていた女こそ、彼女、森原沙希。


 人当たりが良く、よく気が利く子で、おまけに美人だったから、彼女は男女問わず人気があり、モテた。彼女を狙っている男子が多いことも耳にしていたし、そんな中、彼女と少しは「仲がいい」という自負もあった俺は、彼女を呼びだしたのだ。


 当然、目的なんて決まっている。

「好きだ。付き合って欲しい」

 大学生活を通して、ずっと「いい友達」状態で来ていた俺は、その現状を変えようと、一大決心をして、この告白という大勝負に出た。


 勝算はそれなりにあったのだ。断られる要素はないはずだ、という自信すらあった。


 だが。

「うーん」

 困ったような表情で、彼女は考え込んでしまった。しばらくの間、「いい」とも「悪い」とも言わなかった。


 もどかしいと思って、待っていると、

「私はね。君とは男女の仲になるより、いい友達でいたいんだ」

 それが答えだった。


 つまりは、

「一生いいお友達でいましょう」

 というていのいい「断り」だった。


 俺は彼女にフラれたのだ。

 4年間も思いを秘したまま、やっと告白したのに、あっさりと玉砕していた。


 その苦い思いがあったから、もちろん、卒業後に彼女と連絡を取り合うことはなくなっていた。互いに連絡先は知っていたが、結局、男女間で「いい友達」なんてのは無理だと悟った。


 つまり、早い話が俺にとっては「気まずい」相手だった。



 ここは、そそくさと逃げよう、とも思ったが。

 目の前の彼女はあっけらかんと笑っていた。


 ヘルメットで髪型が崩れるのを気にしているのか、長い髪を触りながらも、彼女は、


「いやー、君。全然変わってないね」

 その笑った顔が、とてつもなく可愛かった。


 そう。俺が惚れた「森原沙希」の笑顔だった。


「悪かったな、ガキで」

 むしろ、フッた相手を全然気にしていない、森原の態度の方が、俺は逆に気になっていた。


 とりあえず、立ち話もなんだし、ちょうど昼飯時ということで、俺は彼女を施設内にある、食堂に誘った。


 幸い、彼女も1人のようだったからだ。


 並んで歩く彼女に少しだけ緊張を覚えながらも、俺の興味は別のところにあった。

「で、なんでバイクに乗ってるんだ、森原? お前、元々自転車部だろ? しかもよりによって、カタナかよ」

「で、どうしてタバコを辞めたはずの君が、タバコを再開して、しかも新型カタナに乗ってるの?」

 2人の質問が完全に被っており、お互いに笑ってしまった。


 森原が、高校・大学時代を通じて、自転車部だったのは覚えていた。大学時代当時は、そこそこ値段が高い、ロードバイクに乗っていたからだ。そもそも彼女がバイクに乗っていた記憶が俺の中にはなかった。


 食券を買い、注文を待ちながら、まずは森原が答える。

「確かに高校・大学と自転車部だったんだけどね。さすがに体力の限界を感じてね。それとあのカタナは、父のお古だよ。いいバイクだから、捨てるのもったいないと思って、私が乗ってるの」

「へえ。まあ、確かにあのカタナはいいバイクだよ。マニアに売れば、高い値で売れるんじゃないか?」

「だから売らないって」

 そもそも俺は、森原が大型二輪免許を持っているのすら知らなかった。知ってるようで、彼女の内面はよく知らなかったのだ。


「で、君は?」

 テーブル席に向かい合って座り、頬杖を突いて聞いてくる彼女の瞳が、どこか眩しく感じられた。

「俺は、単に仕事のストレスだよ。ムカつく野郎が多くてな。やってられねえんだ。元々、あの新型カタナを買ったのだって、仕事のストレス発散のためもある」


「ふーん」

 とは言っていたが、彼女の顔には「納得していない」と書いてあるように思えた。


 注文は、俺がカレーライス、彼女が山菜そばとわらじカツ丼のセットだった。

「カレーライスって、子供みたいだね」

 言いながらケタケタと明るい声で笑いだす彼女。そういう屈託のない、明るい部分に俺が惚れたのは確かだった。


「いいだろ、別に。それより森原こそ、何でそばにわらじカツ丼なんだよ。太るぞ」

 女子に対しては「禁句」とも言えるこの言葉さえ、彼女にかかれば、


「大丈夫。私の場合は、胸に栄養が行くから」

 と、その豊満な胸を革ジャン越しに、誇らしげに見せるように突き出してくる。


 確かに、彼女はスタイル抜群で、胸も大きかった。女性としては、魅力的なのは確かだ。


 だが、そんな彼女だからこそ、もう付き合ってる彼氏がいるだろうし、もしかしたら、結婚してるかもしれない。


 そう思って、躊躇している俺に対し、彼女の方がむしろ「無防備」だった。


「ね。良かったら、今度一緒にツーリング行かない?」

「えっ」


 寝耳に水すぎて、俺はどう答えていいか、わからないまま。

「だからツーリングだって。私、今、OLしてるんだけどさ。どうも趣味が合わなくてね。一緒にツーリング行ってくれる相手がいないんだ」

「いや、まあ。普通のOLはツーリングは行かないだろうけどな」


「だからいいじゃん。せっかく再会したんだからさ。お願い」

 懇願してくるが、俺の内心は、別のところに興味が沸いている。


「お前。今、付き合ってる彼氏は?」

「いないよ。っていうか別れた」

 あっけらかんと、彼女は何でもないことのように言っていたが、つまりは「フリー」ということだ。


 元彼氏でも何でもない。「寄りを戻す」わけでもないが、仕事運がない俺に巡ってきた、久々の「チャンス」だと思った。


 何故なら、彼女は俺と同い年とは思えないほど、相変わらず可愛らしかったからだ。


「まあ、気が向いたらな」

「何カッコつけてんの。山谷くん、受ける」

 こうして、俺は、「彼女」と再会し、ひょんなことから、一緒にツーリングに行こうという約束まで取り付けていた。


 結局、その後は、埼玉県朝霞市に住んでいる彼女と途中までツーリングまがいに並走して、帰宅することになった。


 だが、事はそう簡単に、とんとん拍子には進まないのだった。

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