水族館の帰り道

 三人での水族館巡りは、途中昼食を挟みながらも何の問題もなく進んだ。


 展示物は様々な種類の魚たちはもちろん、展示の仕方にも創意工夫が凝らされており、どれも見応えがあるものだった。


 その他にも屋外エリアでは可愛らしいペンギンへのエサやり、イルカのショーなどといった体験型のイベントもあり十分楽しめた。


 しかし楽しい時間というのは、あっという間に過ぎていくもの。当初の真那の希望通り水族館の展示を一通り見終えた頃には、水族館の閉館時間ギリギリになっていた。


「――すいません、陽翔君。真那をお任せしてしまって」


「大した重さだから気にしなくていい。それに真那も今日は凄く楽しんでたから、疲れてたんだろう。寝ちまうのは仕方ない」


 チラリと背後で安らかな寝息を立てている真那を見る。帰りの電車に乗った時点で舟を漕いでいたので、眠ってしまっても特に驚きはなかった。


 三人は現在、水族館を出て帰路の途中だ。辺りはすっかり暗くなっており、夜空に月が昇っている時間帯だ。


「もし抱えるのが疲れたら言ってくださいね? 私が代わりますから」


「さっきも言ったけど、真那は小さくて軽いから平気だ」


 実際、真那は小柄ということもあって背負っていても肩車と違い大して苦にならない。それに陽翔にも男としてのプライドはあるので、真澄の出番は来ないだろう。


「……陽翔君、今日は付き合ってくれて本当にありがとうございました。おかげで今日は真那にとっても最高の一日になったはずです」


「大袈裟だな。俺は別に大したことをしたわけじゃないぞ? まあ、真那が楽しんでくれたのなら何よりだけどな」


 陽翔がしたことと言えば、真那に誘われて今日水族館に来ただけ。


 ただまあ、姉である真澄の目から見ても楽しんでいたように見えたのなら、誘いに乗った甲斐もあったというものだ。


「大袈裟なんかじゃありませんよ。実はこの子、以前から水族館に行きたいと言っていたんです。いつかお父さんやお母さんと一緒に行きたいって……両親は仕事が忙しい人たちでしたから、一度も実現したことはありませんでしたけど」


「…………」


 それが二度と叶うことのない願いであることを、今の陽翔はよく知っている。だからこそ、ふと一つの不安を覚えてしまった。


「……俺が一緒で本当に良かったのか?」


「もちろんです。両親と一緒にという願いは叶いませんでしたが、今日は陽翔君が一緒でした。それが真那にとってどれだけ嬉しかったことか。今日のことは、真那にとって間違いなく思い出に残る一日になったはずです。私が姉として保証します」


 自信に満ちた発言をしながら、真澄は微笑む。


「それに今日は私も楽しかったんですよ? きっと真那と二人だけだったら、こんなに楽しくはありませんでした。陽翔君がいてくれたからこそです」


「……それなら良かった」


 陽翔は短く返すと、過剰な感謝が照れ臭くてほんのり熱を帯びた顔を見られたくなくて、そっぽを向いた。


 羞恥の感情を誤魔化すように、今日一日を振り返る。


 三人で訪れた水族館は初めて見るものばかりで、真那ほどではなかったけれど陽翔も随分と楽しんだものだ。


 けれど心の底から楽しめたのはきっと、水族館だけでなく……、


「真澄」


「はい、何ですか?」


 隣を歩く真澄の名前を呼びながら、彼女の方に向き直る。


 キョトンと小首を傾げる真澄の瞳と見つめ合いながら、陽翔は自分の想いを口にした。


「俺も楽しかったよ。二人と一緒に水族館に行けて良かった」


 陽翔の言葉に一瞬目を丸くした真澄だったが、次の瞬間には「それは良かったです」と言って破顔した。


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