一人じゃない

 真澄が本心を口にした後。彼女は今まで堪えていたものを吐き出すように泣いた。時間にして、大体数分といったところだ。


 その間、陽翔は黙々と真澄を見守っていた。


「……その、お恥ずかしいところをお見せしました」


 泣き止んだ真澄は、ボソボソと消え入りそうな声で言った。拭った目元だけでなく耳の辺りもほんのり朱色に染まっていることから、今の彼女の心情は容易に想像できる。


「人前であんなに泣いたのは、生まれて初めてです。……さっき見たことは、誰にも言わないでくださいね? 特に真那には」


「言わねえよ。俺はそこまで意地の悪い人間になったつもりはねえぞ」


 泣かせてしまった原因の一端が陽翔にもある以上、好き好んで口外するつもりはない。


「……ありがとうございます、戸倉君」


「別にお礼を言われるようなことじゃない。黒川を泣かせたなんて綾音辺りにでも知られたら、面倒なことになるのは目に見えてるからな」


「ふふふ、私がお礼を言いたいのは、そのことではありませんよ」


 未だに目元が赤い真澄の唇が苦笑の形を作る。


「戸倉君の言葉のおかげで、私は自分に素直になれました。一人だったら、多分全部諦めてしまっていたと思いますから。……戸倉君がいてくれて、本当に良かったです」


 だから感謝させてほしいと、真澄は言葉を重ねた。涙と共に色々と吐き出したからだろう、今の真澄の表情は晴れ晴れとしたものになっている。


 真澄の純粋な感謝の想いは真正面から受け止めるのはやや気恥ずかしくて、視線を少し真澄から外してしまう。


「まあ……力になれたのなら、何よりだ。けど、あんまり無茶はするなよ。今日みたいに辛くなった時は、俺も手を貸すからさ」


「え……?」


「何だよ、その反応は? 俺、何かおかしなこと言ったか?」


「い、いえ、そういうわけではありません。ただ……」


「ただ?」


「手を貸してくれると言われて、少し驚いてしまって。これ以上戸倉君に迷惑をかけるのは……」


 拍子抜けするほど大したことない理由に、溜息と共にガクリと肩を落とす。


「あのな、こっちは事情を知っちまったんだ。放っておけるわけがないだろ」


 むしろ今更変に距離を取られる方が困ってしまう。


「俺なんかがどこまで力になれるかは分からないけど、少なくとも黒川が真那と一緒にいられるぐらいの力は貸してやるよ。だから、変に遠慮なんてするな。黒川は一人じゃないんだからさ」


 そもそも、真那と一緒にいたいと言わせたのは陽翔だ。ならばその責任ぐらいは取るべきだ。


 ハッキリと意思を伝えるとしばらくポカンとした表情を浮かべた真澄だが、不意に頬をスっと静かに伝うものがあった。


 真澄が涙を溢したと気付いたのは、それから数秒後。あまりにも静かに涙が溢れたものだから、気付くのが遅れてしまったのだ。


「ど、どうした黒川? 何でまた泣き出してるんだよ……」


「だって、戸倉君が優しくするから……嬉しくって」


「優しくって、俺がいつお前に優しくしたよ?」


「今言ってくれたじゃないですか、力を貸してくれるって。私にとっては、十分優しいです」


「そんなことで泣く奴があるか……」


 ガリガリと乱暴に後頭部をかく。


 一応喜んでくれているということだろうが、泣かせてしまったということには変わりない。日に二度も女の子を泣かせてしまったこともあり、かなりバツが悪い。


 この状況をどうにかしたいが、残念ながら陽翔は泣いている女の子の涙を止めるような気の利いた言葉を知らない。故に陽翔には、この居心地の悪い状況を受け入れる以外の選択肢はなかった。


 溢れる涙を拭いながら、真澄は唇を動かす。


「そんなことなんかじゃ、ありません。戸倉君にとっては大したことがなくても私にとってはこれ以上ないくらい嬉しかったんですよ」


 瞳を細め、ムっとした表情で抗議する真澄。


「私、この一年はずっと一人で頑張らなくちゃって思っていたんです。あの子のために……死んだ両親の代わりをできるのは私しかいないんだって」


 真澄は「でも――」と続ける。


「今、戸倉君が手を差し伸べてくれました。私が一人じゃないんだって、教えてくれました。それがどれだけ嬉しかったか、分かりますか?」


「……別に、黒川がそこまで言うほど大したことを言ったつもりはないんだけどな」


 陽翔はただ、妹のために自身すら顧みず一生懸命な女の子の助けになれればと、そんな気持ちで口にしただけだ。真澄が語るほど、大したことをしたつもりはない。


「戸倉君にとっては大したことじゃなくても、私はその言葉で救われたんです。だから、ありがとうございます」


「……どういたしまして」


 他人からの感謝を素直に受け取れないほど捻くれているつもりはないが、真正面から受け止めきれるほど純粋でもない。


 故にやや硬い声音で、ぶっきらぼうに答えた。


 そんな陽翔を、真澄はクスクスと口元に手を当てて笑う。まるで心の内を見透かされているようで、頬に熱が集まるのが嫌でも分かった。


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