ホワイトデー

 バレンタインから一ヶ月後。現在の陽翔は面倒な期末試験も終わり、一年生でいられる時間も残り僅かとなっている。


 大半の生徒が数日後に訪れる春休みを待つだけとなる時期だが、陽翔は違った。


「――真那、これホワイトデーのお返しな」


「やったぁ! ありがとう、陽翔お兄ちゃん!」


 放課後になりいつも通り黒川家を訪れた陽翔は、手に持っていた紙袋を真那に手渡した。中身は今言った通り、ホワイトデーのお返しだ。


 真那はもらったお返しを、瞳を輝かせながら早速開ける。


 紙袋の中の缶のフタを開けると、中には色とりどりの包材に包まれたキャンディーが入っていた。


 包装ビニールに包まれた色とりどりのキャンディーは、鮮やかな色合いをしていてまるで宝石箱のようだ。


「綺麗……これ何なの、陽翔お兄ちゃん?」


「キャンディーだよ」


「これ、キャンディーなんだ……本当にもらっていいの?」


「もちろん。その反応を見る限り、気に入ってもらえたみたいだな」


「うん、凄く嬉しい! ありがとう、陽翔お兄ちゃん!」


 キャンディーはホワイトデーのお返しとしては定番すぎるかと不安もあったが、眼前の真那を見た限りだと杞憂だったようだ。


 ほっと胸を撫で下ろす。真那いつだって無邪気に喜んでくれるから、渡す側としても気分がいい。


 真那はひとしきりハシャいだ後、近くでやり取りを見守っていた真澄の元へ駆け寄る。


「見て見て、お姉ちゃん。これ、陽翔お兄ちゃんが私にってくれたんだよ。凄く綺麗だよね」


「良かったですね、真那。……戸倉君、真那のためにわざわざありがとうございます」


「この前のバレンタインのお返しだ。お礼を言われるようなことじゃないだろ。それより黒川、お前の分もお返しは用意してるから受け取ってくれ」


 ハシャぐ真那を尻目に、真那に渡したものとは別の紙製の袋を渡す。


「ありがとうございます……今開けてもいいですか?」


「もちろん。それは黒川のために買ったものなんだ。黒川の好きにしろよ」


 本音を言わせてもらうなら、反応が怖いから自分の見ていないところで開けてほしいが、真澄の反応が気になるという思いもある。


 故に居心地の悪さを感じながらも、陽翔はこの場に留まることを選んだ。


 陽翔から許可をもらうと、「では遠慮なく」と真澄の繊細な指が渡した紙袋の中から、白地の箱を取り出した。


 箱を開くと、中から出てきたのはオープンハートのネックレス。シルバーの輝きと、オープンハートの先に付いている薄桃色のカラーストーンが目を引く。


「…………」


 真澄は黙々と箱の中のネックレスに視線を注ぐ。ジっと見つめるその姿は、ネックレスを気に入ってくれたのか、それとも不服なのか窺い知れない。


 真那の誕生日とクリスマスで、すでに二回も真澄に贈りものをしたことがあるが、それでもこの瞬間には慣れることができない。


 しばしの沈黙の後、真澄はゆっくりと形のいい唇を開いた。


「戸倉君、どうしてこれを私に?」


「それを見つけた時、黒川に似合うと思ってな。……もしかして、気に入らなかったか?」


 訊ねるも、不安で後半は弱々しい声音になってしまったのは仕方のないことだろう。


 だが当の真澄は一瞬キョトンとした表情を浮かべた後、クスリと口元を綻ばせた。


「戸倉君の目には、私が喜んでいないように見えますか?」


 弾んだ声で言いながら、真澄は丁寧な手つきでネックレスの留め具を外すと、細いチェーンを首に回してから再び留め具をつけた。


「どうですか、戸倉君。戸倉君の思っていた通り、似合っていますか?」


「……ああ、似合ってるよ。少なくとも、俺が思ってたよりもずっと」


 首に巻かれたシルバーのチェーンと、胸元で決して派手ではないが、オープンハートのネックレスが存在を主張している。


 買って良かった。少なくともそう思える程度には、ネックレスを着けた真澄の姿は様になっていた。


 今ばかりは、ネックレスを選んだ自分のセンスを褒め称えてあげたいくらいだ。


「あ、ありがとうございます。そう言ってもらえると、私も嬉しいです……大事に使わせてもらいますね」


 言いながら、首にかけたネックレスを両手で優しく包み込む。綻んだ真澄の表情はあまりにも魅力的で、グっと込み上げてくるものがあった。


 普段の彼女なら、こんな隙だらけの姿はまず晒さないだろう。それぐらい、渡したネックレスを気に入ってくれたという証拠だ。


 その理由の一端が自分だと思えば、こんなに嬉しいことはない。


(本当に買って良かったな)


 跳ねる心音を自覚しながら、真澄に釣られて陽翔の表情も緩んでしまうのだった。


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