クリスマスプレゼント
十二月二十五日。それは世間一般で言うところのクリスマスと呼ばれる特別な日だ。
例年は何の変哲もない一日で終わるが、今年は違う。今年の陽翔には、クリスマスを共に過ごす人がいる。
もちろん甘い関係ではなく、ただの隣人としてではあるが、それでも陽翔には特別な日であることは間違いない。
そして冬休みに突入してから数日後。クリスマス当日の夕食の時間帯に、陽翔は真澄と真那の元にいた。
「これは凄いな……」
陽翔の視線の先には、数々の料理が並んでいた。
テーブルに並ぶ料理は、どれも手が込んでいることが一目で分かる。きっと相応の時間をかけて作ったのだろう。
どれも食欲をそそる香りを放ち、陽翔の腹が空腹を訴えかけてくる。
「これ全部、黒川が作ったのか?」
「はい、そうですよ。それがどうかしましたか?」
「いや、どうかしたってわけじゃないけど……全部ってことは、あのローストビーフも黒川が作ったってことだよな?」
テーブルを彩る数々の料理。その中でも特に陽翔の目を引いたのは、野菜と一緒に丁寧に盛られたローストビーフだ。
料理に詳しくない陽翔でも、ローストビーフは作るのが大変なことは分かる。というか、普通は家で作るようなものではない。買って済ますものだ。
「ローストビーフって、家庭で作れるようなものだったか?」
「そんなに難しいものではありませんよ。作るのに時間がかかりますから、普段は作りませんが」
「……前から分かってたつもりだけど、黒川って本当に料理上手だな」
「……そんなことはありませんよ」
言いながら、真澄は少しだけ顔を逸らす。まるで逃げるように顔を逸らした真澄の耳の辺りは、ほんのり赤くなっていた。
「それより戸倉君も来たことですし、冷めてしまう前に食べましょうか」
それから三人は席に着くと、乾杯をしてから食べ始める。
結論から言うと、真澄の料理はどれも期待以上の味だった。正直、『美味い』以外の言葉を持ち合わせない自身の語彙力のなさを、今日ほど呪った日はない。
「ごちそうさまでした。普段のメシも美味かったけど、今日は一段と美味かったな」
「お粗末様です。満足してもらえたのなら、何よりです」
今日の夕食はいつも以上に美味しかったこともあって、随分と食べすぎてしまった。テーブルの上の料理も、ほとんどなくなっている。
とはいえ、悪くない気分だ。この幸せな満腹感にいつまでも浸っていたくなる。
しかしまだやることがあるため、陽翔は居住まいを正す。
「あー……黒川、真那。突然だけど二人に渡したいものがあるんだ、今いいか?」
「渡したいもの……ですか?」
「え、陽翔お兄ちゃん何かくれるの?」
陽翔は予め用意していた紙袋二つを手にすると、それぞれ二人に手渡す。
真那の袋は真那が両手で抱えるほど大きく、対照的に真澄の袋は片手で持てるほどのサイズだ。
「戸倉君、これは……?」
「まあ、そのなんだ……クリスマスプレゼントってやつだよ」
「わざわざ用意してくれたんですか?」
「今日はクリスマスだしな。大したものじゃないけど、受け取ってくれ」
「……大したものじゃないなんて、そんなこと言わないでください。プレゼントを用意してくださっただけでも、十分嬉しいです。ありがとうございます、戸倉君」
「……どういたしまして」
陽翔はポリポリと熱っぽくなった頬をかく。
何がおかしいのか、真澄はそんな陽翔を見てクスリと笑った。
「ほら真那も、戸倉君にお礼を言いなさい」
「はーい。ありがとう、陽翔お兄ちゃん! 凄く嬉しい!」
クリスマスプレゼントがもらえたことが余程嬉しかったようで、真那はかなりテンションが高い。
「ねえねえ陽翔お兄ちゃん、早速開けてもいい?」
「それはもう真那のものなんだ。好きにしろよ」
許可を得た真那は紙袋を開封すると、大きな紙袋の中身を多少手間取りつつも取り出す。
「わあ、これ可愛い! 陽翔お兄ちゃん、これ何なの?」
「ネコの抱き枕だ。真那は可愛いものが好きって聞いてたし、この前のぬいぐるみも喜んでくれたからな。気に入ってもらえたか?」
「うん。凄く可愛いね、この抱き枕。私気に入っちゃった、大事に使わせてもらうね」
「気に入ってもらえたのなら、何よりだ」
抱き枕をギュっと抱き締める真那の姿に、思わず笑みが溢れる。
素直に喜んでくれる姿は、渡した身としても見ていて嬉しい。選んだ甲斐があるというものだ。
「お姉ちゃんはどんなものもらったの? 早く開けてみてよ」
「開けますから、そんなに急かさないでください」
真那に促されつつ、ゆっくりと丁寧な手つきで紙袋の中身を出す。
「これは……ハンドクリームですか?」
「冬は乾燥して手が荒れるからな。特に黒川は家事もしてるから、手も荒れやすいと思ってな。一応匂い付きの奴と無香料の奴で一本ずつあるから、両方試してみてくれ」
真澄のプレゼントに選んだハンドクリーム。二本あるのは、セット販売していたからだ。
真澄は無言で、ジっとハンドクリームに視線を注ぎ続ける。その表情からは、彼女の心情を推し量ることはできない。
「あー……もしかして気に入らなかったか?」
「い、いえ、そんなことはありません。凄く嬉しいです。戸倉君が私のために買ってくれたんですから、嬉しくないわけありません!」
「そ、そうか、なら良かった」
内心気に入られなかったらどうしようか不安だったが、まさかここまで喜んでくれるとは思わなかった。
「……大事に使わせてもらいますね」
淡い笑みと共に、真澄はガラス細工でも扱うような手つきでハンドクリームを胸元に抱き寄せる。
この表情を見られただけで、プレゼントを用意した甲斐があったと思えた。それほどまでに今の真澄は可憐で、陽翔の胸を否応なく高鳴らせた。
「こんなに素敵なクリスマスプレゼントをもらったのですから、私たちもお返しをしないといけませんね。――真那、あれを持ってきてください」
真澄が言うと、真那は「分かった!」と元気良く答えてからリビングを出て行った。
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