クリスマスの予定

 結論から言うと、勉強会をしたおかげで陽翔たちの期末試験の結果はかなり良かった。


 陽翔と大地は前回よりも高い点を取れた上に、もっとも成績が悪かった綾音も今回はいい結果を残せたようで、真澄にとても感謝していた。おかげで今年のクリスマスは、恋人として二人で楽しく過ごせると喜んでいた。


 こんな感じで期末試験は概ね良い結果で終わり、現在は冬休みも間近に迫っていた。


「――戸倉君、今月の二十五日は空いてますか?」


「…………!」


 それはいつも通りの夕食の席でのことだった。真澄は普段と変わらぬ様子で訊ねてきた。


 突然のことに思わず箸の手が止まり、大きく見開いた目を真澄に向ける。


「戸倉君? どうかしましたか?」


「あ、いや、何でもない……」


 動揺を押し殺しつつ、首を傾げる真澄に陽翔は何とかそう答えた。


 今月は十二月。十二月の二十五日と言えば、一部の人間にとっては特別な日だ。恋愛経験皆無の陽翔でも、知ってるぐらいには当たり前のことだ。


 そんな特別な日の予定を訊ねるというのは、とても大きな意味を持つ。いったい真澄は、どんな意図で予定の確認をしてきたのだろうか。


 とりとめない思考を脳内で繰り返しながら、真澄の次の言葉を待つ。


「実は今度のクリスマスは、豪勢な夕食を用意しようと思っているんです。ですから、もし戸倉君にクリスマスの予定があるのなら、先に聞いておきたいと思いまして」


「ああ、そういうことか……」


 つまりクリスマスは何か特別な用事があるのか、料理の都合もあって確認しておきたかったというわけだ。全身を包んでいた緊張感が、一気に霧散する。陽翔の不安は、杞憂だったみたいだ。


 そもそも冷静に考えれば、真澄が陽翔のことをで見るわけがない。見ていたなら、こんなに気軽に部屋に上げたりはしないはずだ。


(バカか、俺は……)


 穴があったら入りたいとは、今の陽翔の心境を表すにピッタリな言葉だ。もうすっかり冬なのに、顔だけ夏のように熱くなる。


「それで、どうですか? クリスマスに何か予定はありますか?」


「俺がクリスマスに予定なんてあるわけないだろ。大地たちと違って恋人がいるわけでもないしな」


「恋人と過ごすだけがクリスマスの過ごし方ではありませんよ。家族で過ごしたりはしないんですか?」


「……実家は遠いからな。それに、家族でクリスマスって年でもないしな」


 少し間を置いてから答える。やや強張った声になってしまったが、真澄は気付いた様子はない。


「それなら、クリスマスは一緒に過ごせますね」


 まるで、陽翔とクリスマスを共に過ごすのを望んでいるかのような発言。男ならうっかり勘違いしそうになってしまうが、先程の失敗もあり今度は勘違いなんてしない。


 少しだけドキリとしたが、決して動揺なんてしていない。


「……せっかくのクリスマスに俺がいても邪魔にならないか?」


「私の方から誘っているんですから、邪魔なはずないじゃありませんか。それに真那も、戸倉君と一緒の方が嬉しいはずです。そうですよね、真那?」


「うん、私もクリスマスは陽翔お兄ちゃんと一緒がいい。……お父さんとお母さんは、帰ってこないみたいだし」


 食事の手を止めて会話に加わった真那の声が、尻すぼみしていく。普段の明るい姿が嘘のようだ。


 彼女にとって両親と会えないのがどれだけ辛いことなのか、見ているだけで嫌というほど分かる。


「私と真那の二人だけでクリスマスというのは寂しいですから、戸倉君も遠慮しないでください」


 ここまで誘ってくれているのは彼女たちの親愛の証、悪い気はしない。むしろ、断る方が失礼に当たるというものだ。


 それに何より、ここで断れば両親が帰ってこないことで落ち込んでいる真那が更に悲しむことになるのは明白。


 天真爛漫な真那に暗い表情は似合わないし、させたくはない。となれば、陽翔の答えは一つしかない。


「そこまで言ってくれるのなら、クリスマス当日はお邪魔させてもらうよ。豪勢な夕食、期待させてもらうからな」


「はい、いつも以上に腕によりをかけて作りますから、期待していてください」


 真澄の隣で、真那は「やったあ! 今年は陽翔お兄ちゃんと一緒だ!」と諸手を挙げて喜びを露わにする。


「陽翔お兄ちゃん、クリスマス楽しみだね!」


「そうだな、楽しみだな」


 陽翔の参加に嬉々とする真那に、自然と笑みが溢れる。


(クリスマスか……誰かと一緒に過ごすのは初めてだな)


 諸事情で家族でクリスマスを過ごしたことはなかったし、よくツルむ大地と綾音ともクリスマスだけは一緒ではなかった。


 十六歳にして、初めて経験する誰かと過ごすクリスマス。柄にもなく心が踊っている自分がいることを、陽翔は自覚した。



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