約束

「はい、どうぞ。陽翔お兄ちゃん」


 しばらくしてから戻ってきた真那は、部屋を出る前には持っていなかった紙袋を陽翔に渡してきた。


「どうぞ、戸倉君。私たちからのクリスマスプレゼントです、受け取ってください」


「え? あ、ええと……いいのか、俺がもらっても?」


「もちろんです。そのために用意したものですから、むしろ受け取ってくれないと私たちの方が困ります」


 自分がプレゼントをもらえるなんて発想はなかった上、クリスマスプレゼントをもらったのは生まれて初めてのことで、反応に困る。


 しかし、せっかく用意してくれたプレゼントを無下にするのも申し訳ない。


 そういうことならと、いきなりのプレゼントに目を白黒させながらも陽翔は受け取った紙袋の中に手を伸ばす。


「これは……マフラーか?」


「はい、私と真那の二人で作りました」


 マフラーはグレーとブラックのツートンカラーのシンプルなデザインで、実用性を重視しているように見える。


 グレーとブラックでそれぞれ出来に差があるから、二人は色で分けて作ったのだろう。とても暖かそうで、手作りということもあってか二人の心遣いが感じられた。


「戸倉君のくれたプレゼントに比べると大したものではありませんが、気に入ってもらえると嬉しいです」


「いや、大したことないなんて卑下することないだろ。マフラーを手作りなんて十分凄いぞ」


 陽翔はマフラー作りに関して素人だが、それでもマフラーを作るのが容易でないことは簡単に想像できた。


 手作りのプレゼントなんて、もらうのは生まれて初めての経験だ。何より陽翔のことを想って用意してくれたプレゼントが、嬉しくないわけない。


「……ありがとうな、黒川。このマフラー、大事に使わせてもらうよ」


「陽翔お兄ちゃん、そのマフラー半分は私が作ったんだよ! 何度も失敗しちゃったけど、諦めないで頑張ったんだ!」


「そうか。なら真那もありがとうな」


 感謝と共に優しく頭を撫でてあげると、真那はふにゃりと崩れた表情で「どういたしまして!」と答えた。


 明日からでも使おうと心に決め、広げていたマフラーを丁寧に折り畳んで紙袋に戻した。






「戸倉君、今日はありがとうございました」


「何で黒川がお礼言うんだよ。感謝するのはこっちの方だろ」


「そんなことはありません。戸倉君が来てくれたおかげで、今日真那は楽しい一日を過ごせました。私の方こそ、感謝させてください」


 ソファーに腰かけた真澄は、隣の真那を優しく撫でる。


 真那は安らかな寝息を立てており、目を覚ます気配もない。随分とハシャいでいたから、疲れたのだろう。


「知ってますか? この子、戸倉君とクリスマスを一緒に過ごせるからって何日も前から楽しみにしてたんですよ。カレンダーを見て、今日になるのを心待ちにしてたんです」


「俺とのクリスマスをそんなに楽しみにしてたのか?」


「はい、物凄く。両親は仕事で忙してくて、クリスマスはいつも私と二人きりで過ごしていました。だから、今年は戸倉君がいてくれて嬉しかったんだと思います」


 真那のことを語る真澄の声音は、どこまでも柔らかい。


「おかげで今年は、真那も楽しくクリスマスを過ごせました。本当にありがとうございました」


「……どういたしまして」


 気恥ずかしさに襲われ、逃げるように視線を逸らした。感謝したいのはこちらの方なのに、くすぐったい気持ちにさせられてしまった。


「……っと、もうこんな時間だな」


 時刻はすでに十時を回っており、普段と比べるとかなり遅い時間まで真澄たちの元に残っている。


 流石にこれ以上長居するわけにはいかない。そろそろ帰るべきだ。


「長居して悪かったな。俺はそろそろ帰るよ」


 立ち上がり、身支度を整えてから玄関に向かう。玄関までは見送るからと、真澄も一緒だ。


(クリスマス、楽しかったな)


 クリスマスという一年に一度だけの特別な日が、こんなにも楽しいものだとは思いにもよらなかった。


 そう感じられたのはクリスマスという特別な日のおかげなのか、それとも真澄たちと一緒に過ごしているからなのか。答えは陽翔にも分からない。


 この先、今日に勝るクリスマスを経験することはないだろう。そう確信できるくらい、楽しい一日だった。


(もう終わりなんだな……)


 だからこそ、今はその終わりを惜しいと感じている。もっと続けたいと身勝手な想いが顔を出している。


「……また来年もやりたいな」


 思わず、願望が口をついて出てしまった。


 しまったと後悔するが、もう遅い。真澄のポカンとした表情が、彼女が今の発言を耳にしていたことの証左だ。


 いくらなんでも厚かましいにもほどがある。きっと真澄も、呆れているに違いない。そう思っていたが、


「……それなら、来年もクリスマスは三人で一緒に過ごしませんか?」


「来年も?」


「はい、来年も今日みたいに三人でクリスマスを過ごしましょう。きっと楽しいはずです」


 真澄は「それに」と続ける。


「私も戸倉君と一緒にクリスマスを過ごせて、楽しかったですから。来年も今日みたいに、一緒がいいです」


「…………ッ!」


 陽翔の胸が、さながら暴れ馬ように脈打つ。今の言い方は卑怯だ、普通の男子なら勘違いしていたところだ。


 幸い陽翔はそこまで自惚れていないから、おかしな勘違いなどしないが、それでも動揺せずにはいられない。


「お、俺も今日は楽しかったよ。来年も今日みたいに過ごしたいと思うくらいにはな」


「それなら約束ですよ、戸倉君? 来年もクリスマスは、私たち三人一緒です」


「ああ、約束だ」


 小さな約束を一つ交わし、二人は別れる。


 部屋に戻った陽翔の脳裏に、今日一日のことが思い返される。


 美味しい料理の数々、贈ったプレゼントを喜んでくれた真澄たち、そして二人が陽翔のために用意してくれた手作りのマフラー。


 その全てが、思い返すだけで自然と頬が緩んでしまう。


「来年か……待ち遠しいな」


 陽翔は、来年のクリスマスが今から楽しみで仕方なかった。






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