第四十一話 野蛮で気弱

「いや~、これはちょっと。早急に対処しないとマズいことになっちゃったね~。どうしたもんか」


 後日、私の商店には大量の商品が運び込まれてきた。まだ朝も早い時間だというのに、皆熱心に働いている。そのほとんどは、ここよりも住宅街からほど遠い、お客さんの寄り付かなくなってしまった地域で、露店を経営していた人々だ。


 いや、自分の家を守ろうと必死なのは良くわかるよ? でもさ、限度ってもんがあるじゃん。こちとら、昼前くらいに新しい倉庫が準備できる予定だったのに、こんな早朝から大量の商品寄こされても置く場所ないって。


 ホントに、この国のこういう文化は嫌いだ。仕事は出来るだけ早い方が良いみたいな。確かに作業がスムーズに進むのは良いことだけど、こっちの事情を考えずに行動するのは違うんじゃないかって。それともあれかな? 私に嫌がらせしたいとか? それなら大成功だよ。おめでとう。


「本当にマズいじゃないですか。野菜の類は……最悪木箱にぶち込んで積み上げれば良いですけど、冷凍庫まだ追いついてないですよ! ってか、なんでそっちの用意できてないのに生ものの仕入れにGOしちゃったんですか!?」


「い、いやぁ。私としたことが、すっかり失念していたよ。でも今、ランジアちゃんも急ピッチで仕上げてくれてるし、アラレスタも本業ほっぽって開発してるよ。……それに! 生ものこんな朝早くに卸せるわけないと思ってたし!」


 連中、本当に嫌がらせがしたいのかな。確かに野菜を朝早くに卸すのはまだ分かるよ。収穫のタイミングとかもあるし。でもさ、生ものをこんな時間に持ってくるのはおかしいでしょ。何? 夜中に解体してきたの? ホントに意味わかんない。


 っていうか、本当ならプロテリアが開発に回るべきなんだけど。冷蔵庫も冷凍庫も、彼が開発したんだから。ランジアちゃんもアラレスタももう作れるって言ってたけど、開発者のプロテリアがいた方が楽なことも多いでしょうに。


「とにかく今の私たちに出来ることは、商品を置いておく場所を確保すること! 冷蔵庫だの冷凍庫だのはその後! 取り敢えず常温保存できる奴はそのまんまにしておいて、プロテリア! 君は氷魔法で生もの冷やしといて。すぐに場所用意するから!」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 一人行動は……!」


 プロテリアにそれだけ伝えて、私は商店から走り出す。開店作業を終わらせてからにしようと思ってたけど、もう今から交渉に行くべきだ。そうしないと、とてもあんな量の商品は置いておけない。


 このマーケットという土地は、誰のものでもない。それこそ、政府だってこの土地を所有してはいないのだ。そこに、民衆が勝手に露店を構えて商売をしている。だから、交渉次第で土地を確保するのは簡単だ。現に、今の商店予定地もそうやって獲得した。


 けれど、試運転を始めてからというもの、この商店の周りの露店も、順調に業績を伸ばし始めている。ウチの商店は集客力があるが、その分混雑も多いんだ。それを嫌ったお客さんは、ウチの前までは来るけど、結局近くの露店で買い物をして帰る。


 周りの商店は、私たちのおこぼれをもらっている形になるのだ。しかしその結果、売り上げが伸びつつあるのも事実。いくら私たちが仕入れ交渉をしても、もうこの場所を手放しはしないだろう。それに、大挙してもらった頑固者の末路も見せたばかりだし。


 だから今回は苦肉の策だ。ある程度大通り沿いにはあるけど、少々遠くて、それなりの面積がある商店群の一角。そこを頂こうと思う。大丈夫、交渉のカードも既に用意してある。後は向こうが乗り気になるかどうか。


「おっ、エコテラじゃねーか! 久し振りだな! ってか、プロテリアかアラレスタは一緒じゃねーのか? 一人行動は控えろって、大長にも言われてんじゃねーの?」


「カッツァトーレ! 久し振り! えへへ、思わず飛び出してきちゃった。ちょっと緊急事態でね。そっちは大丈夫なの? 今日は山に行かないんだ」


 不意に声をかけられた。振り向くとそこには、しばらく顔を見ていなかった男が立っている。相変わらず怖い顔で、いかにも野蛮ですって雰囲気がビシバシ漂っている。しかしその瞳の奥に、気弱で優しい彼もいるということを、私は良く知っていた。


「今日は狩りに行かねーんだ。何かプロテリアが、大量の仕入れがあるはずだから山には行くなーって。なぁ、今日は本業の仕事もなくてよ、付き人がいねーんなら、俺を連れて行ってくれ。暇で暇で仕方ねーんだ」


 そっか、プロテリアが事前に伝えておいてくれたのか。彼は本当に気が利く。

 私もカッツァトーレとはそこそこ仲良くなったけど、自分から話しかけに行くほどではない。というか、正直苦手意識もある。だから別の人にお願いしようと思ってたんだけど、プロテリアにはお見通しだったみたいだね。


「じゃあお願いしよっかな。マーケットの中なら安全だとは思うけど、万が一魔法を撃たれでもしたらこの町ごと吹き飛んじゃうからね。精霊カッツァトーレに護衛を任せます!」


「毎日ナイトをとっかえひっかえとは、贅沢な姫様だな。この間はアラレスタで昨日はプロテリア。そして今日は俺か。ま、それも悪くない。では、謹んで拝命いたします」


 ちょっと癪に障る言い方だな~。でも、彼がおちゃらけてくれるのは正直ありがたい。ずっと面白いし、緊張もほぐれるしで助かっている。それに、護衛をとっかえひっかえしてるってのも、あながち間違いじゃない。


「じゃあナイトさん、馬の手綱を握ってくれるかしら? 私、馬に乗れないんだよね」


「ハハハ、まあ馬を操るのは結構コツがいるしな。ここの馬はかなり暴れるし、魔法を使えないエコテラじゃどうしても難しいと思うぜ。ど~れ、カッツァトーレ様の華麗な馬裁きを見せてやろうかな」


 彼はそう言うと、商店脇にある馬小屋に入っていく。コンマーレさんの家から勝手につれてきた二頭の馬は、今はここで暮らしているのだ。何分、私もプロテリアも商店にいる時間の方が長いから。昨日はここで寝たし。


「お~よしよし、ここいらの馬にしては珍しいくらい、人慣れしているんだな。今まで気性の荒い奴ばっかりだったが、コイツなら気が合うかもしれん。それに、身体つきも目を見張るものがある。良い馬だ」


 カッツァトーレ、分かっていないな。あれだけフラグを立てたんだから、そこは盛大に回収しなきゃ。それこそ、馬に足蹴りされるくらいのコメディアン精神がないと、これから先やっていけないよ?


「な~にボーっとしてんだ。ホラ行くぞ。もう時間もあんまりないんだろ?」


「何か、カッツァトーレがカッコよくてウザイ。そういうのはエコノレ君の役回りなんだけど」


 馬の上から手を伸ばすカッツァトーレは、不覚にも少しカッコよかった。私より身長低い癖に、生意気な。本当に、こういうのはエコノレ君だけにしてもらわないと、私の心臓が持たないよ?


「面と向かってそういうこと言うかね普通。安心しろや、俺は人間と恋仲になるつもりなんてねーから。そもそもオメェ、雌しべ持ってないだろ。じゃあ俺と恋仲になんかなれねーよ。変なこと言ってないで、ちゃんと掴まってろ。飛ばすぞ!」


 早口でまくし立てるカッツァトーレは、不覚にも少し可愛かった。

 私は、私よりも一回り小さい背中に抱き着き、手を前で組む。プロテリアのときもそうだったけど、こうしていると今の私の大きさというものが良くわかった。


 チラリと上を見上げてみると、景色がすごい勢いで流れていく。受け止める風も、照りつく太陽も、全てが心地よく感じられた。それはきっと、カッツァトーレから漂う温かい森のにおいが、そうさせるのだろう。

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