第四十二話 フラグ回収

「おうふ、今日は本当に災難だねぇ。まさかこんなことになってるなんて」


 私たちは新しい土地を確保すべく行動を始めていた。

 ここは前から目を付けていた場所で、少々遠くはなるけど、大通りから直通で来れて、かつそれなりの面積がある露店群。


 一帯の露店は全てとある一家のもので、そこと交渉を付ければ簡単に大きな敷地を手に入れられる。出している商品も品質が良く、仕入れ先として申し分ない一家。私たちからも、かなり良い条件を提示できる。……そのはずだった。


「……完全にモンスターハウスになってるな。どうやらフラグ回収したのはお前の方みたいだぜエコテラ。マーケットの中なら魔法を打たれることはない? 全然そんなことなかったな」


「ふざけてる場合じゃないでしょ! ってか、この露店にいた一家はどうなったの? あの家を交渉を付けないと、もう仕入れた商材を置いておけないんだけど! ……って、交渉なんて考えてる場合でもないのか!」


 カッツァトーレの言う通り、辺りの露店は全て、一つのモンスターハウスになっていた。およそ商売の出来る店ではなく、謎の家屋がそびえ立っている。私は良く知らなかったけど、異世界って街中でもこんなことが起きるものなの?


「ま、敷地確保に関してはむしろこっちの方が簡単だな。この土地は元々誰のもんでもないんだろ? なら、隠れてる魔獣ども追い払えば、この敷地はもう俺たちのもんだ。こんな街中だから、多分組合にも連絡が言ってると思うが……まあ早いもん勝ちだろ、こういうのは」


 カッツァトーレが何かやる気になってる。いや、彼みたいな戦闘タイプからしたら、むしろ得意分野なのかもしれない。私としても、敷地確保の費用が浮くならそれに越したことはない。この一家から仕入れが出来ないのはちょっと困るけど。


「こうなっちゃったことには仕方ないよね。うん、魔獣を追い払って、この敷地を頂いちゃおっか。と言っても、ほとんどカッツァトーレ頼みになっちゃうんだけど、大丈夫かな? 私に戦闘能力なんてないから」


「結構良い身体つきしてんのに勿体ないよなぁ。エコテラはともかく、エコノレも戦えないとか。しゃーない、俺に任せろ。魔獣の十体や二十体くらいなんてことはないさ」


 おー、カッツァトーレが頼もしい。考えてみれば彼は精霊種だし、攻撃魔法の中でも上位の空間魔法が使える。エコノレ君も商店の防衛にと言っていたし、こと戦闘において彼以上の適任はいないのかもしれない。


 フンスと気合を入れたカッツァトーレは、不気味なモンスターハウスにズンズン踏み入っていく。まだ朝方だっていうのに、この周囲は何故か暗く、今にも魔獣が飛び出してきそうな雰囲気が漂っていた。


 古くなった南京錠を壊して扉を開けると、ミシリという古木の音を立てて崩れ落ちた。もう扉という体を成していなかったのだ。


 ……おかしい。ここは少し前まで露店群があったはずで、このモンスターハウスが出来たのもここ数日の話。ここまで老朽化が進んでいるなんて、どう考えても不自然だ。

 しかし、カッツァトーレはまったく気にせず屋内に入っていく。


「ねぇ、こういうことって割とある話なの? 随分落ち着いてるけど。おかしくない? ちょっと前まで露店だった場所に建物が出来てる上に、こんな老朽化してるなんて。何がどうなったらこういう事態になるのかな」


「あー、俺も落ち着いてるわけじゃねーってか、落ち着かざるをないってか。まぁモンスターハウスが突然現れるってのは、百年に一回くらいはあるかな。けど、ここはちょっと特殊みたいだ。後で大長にも報告しに行かねーと」


 ま、マジですか。なんで私、よりにもよってそんな場所を引き当ててしまったんだろう。

 というか本当に、ここで露店を構えていた一家が心配になってきた。モンスターハウスが現れたのが夜中だったら、誰もいなかったんだろうけど、もし昼間に突然現れたんだとしたら、ここにいた人たちは……。


「悪運が強いなぁお前は。大当たりというか大外れというか。とにかく俺から離れるなよ。こうなったら、もうモンスターハウスから出るのも危険だからな。俺の手が届く場所の方がずっと安全だ」


「わ、分かってるよ。私が死んだらカッツァトーレも死ぬんだから、そう思って慎重に行動してよね! 結構簡単に爆発するって、アラレスタから聞いたから!」


「怖えこと言うなよ! 魔獣よりお前の方が怖くなってきたわ! ……でもそうだよな。魔法的干渉を与えただけで爆発しかねないんだから、いつもより慎重に行動しねーと」


 そう言って、カッツァトーレは私の手を握った。


「こうしてた方が良いだろ。森の精霊には脈拍を抑える効果とか、心を落ち着かせる効果とかもあるからな。少しは楽になるはずだ。魔力暴走も起きにくいはずだし」


 優しい。カッツァトーレが優しいと何かキモイ。いや、キモイは良くないか。私のことを考えてくれてるわけだし。でもなぁ、第一印象がアレだから、カッツァトーレには野蛮な男というイメージが。こんな紳士的なのは解釈違いなんだよね。


「でもありがと。感謝してるよカッツァトーレ」


「……ハズいこと言ってんじゃねぇよ。気を引き締めとかねーと、ホントに死ぬぞ。俺はこんな所で大爆発とか嫌だからな!」


 紳士的なのも解釈違いだけど、照れてるのもまた解釈違いだなぁ。私はどうやら、カッツァトーレに対する印象を間違えてたみたいだ。

 確かに野蛮でバカだけど、それだけじゃない。ちゃんと精霊らしいところもあるのが、カッツァトーレなんだ。


 そんな彼は今、私の手を引いてモンスターハウスを突き進んでいる。

 いつ、何処から魔獣が襲ってくるかも分からないけど、カッツァトーレが最大限警戒してくれているから、私は安心できる。……彼は気が気でないだろうけど。


 屋外よりもさらに暗く不気味な屋内は、魔法なんてからっきしの私でも分かるほど、不快な魔力で満たされていた。なんかこう、空気に重みがあるというか、湿気が凄い時みたいな不快感がある。


「……止まれ」


 扉を三つスルーしたところで、カッツァトーレが歩みを止めた。

 彼の言葉を信じて、私もこれ以上進むのを止める。これまで以上に警戒している彼の様子から察するに、この先に何かがいるんだろう。


「ちとめんどくさいな。近づいたことで魔獣の正体は分かったんだが、ここじゃあ分が悪い。だから、敢えて見つかって、敵をモンスターハウスの外までおびき出すぞ。俺が合図を出すから、来た道をまっすぐ走って戻れ。絶対に後ろを振り向くんじゃないぞ。追いつかれてぶっ殺される」


 さっきよりも真剣な表情のカッツァトーレからは、言いえぬ危機感が感じられた。多分だけど、彼が一緒でも命の危険がゼロとは言い切れないのだろう。それほどまでに、彼は敵の魔獣を警戒している。


「それじゃあ行くぞ。3……2……1……! 走れッ!」


 彼の合図に合わせ、私は必死で走った。背後からは、老朽化した木材を粉砕する音が聞こえる。恐らく、カッツァトーレの魔法だろう。魔獣をおびき寄せているんだ。


 ちょっとびっくりしたけど、絶対に後ろは振り向かない。そんなことをしている暇があれば、一秒でも早くこのモンスターハウスから脱出するのだ。外も安全とは言い切れないけど、この場所に留まるよりはずっといい。


 わずか数メートル。扉までの短い距離を全力で走った私は、留まることなくドアノブを回し外へ出た。あとはカッツァトーレが出て来れば……!

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