第五話 二重人格

「にしても、改めて感じると身長が高いなエコノレ君は。今は私の身体だけど、ちょっと気を抜くと転びそうで危ない。でも髪が長いのは高評価だぞ、エコノレ君!」


 建物や扉の大きさを見る限り、185cmはあるんじゃないだろうか。地球では152cmだった私からすると、かなりの大男だ。


 これが今の私の身体。

 前世、というべきだろうか。もう向こうの身体は捨ててきた。あちらに戻ることは出来ないらしい。


 私は地球では、結構優秀な女子高生だった。商業高校に通い、大学レベルではないにしろ専門的に経済学を学んでいたのだ。

 しかし現在の日本では、就職してしまえばそれを活用する機会は激減する。それが私には耐えられなかった。


 商業高校と言っても学ぶことは様々で、簿記や情報科目、そして経済学が主。簿記であれば就職後活用するのは用意なはず。

 けれど私が一番好きだったのは経済学で、あれは商業の歴史の集大成だ。


 これほどの学問、そう簡単に手放してなるものかと、半ば意地を張るように勉強を続けていた。おかげで成績は良く、複数の一級資格を得ることにも成功した。高校生としては充分だったはず。


 そんな折、これまたとても大きな男に出会った。

 全身黒ずくめのスーツで軽薄な笑みを浮かべた、とても不気味な男だった。よく覚えていないが、目には米印のような印があったと思う。


 その男は、私の才能を生かす場所を提供できると話を持ちかけてきた。

 学校内だったし、始めは就職の話かと思った。けれどそうでないことはすぐに分かった。


 校内の誰も、彼の存在に気付かなかったのだ。私の目の前に確実に彼はいるのに、まるでそこに誰もいないかのように振る舞う学友。それどころか、私にも気付いていない様子だった。そんな彼女たちに、私は恐怖を覚えていた。


 彼は私の内心を無視して次々と話を進めていく。

 そんな彼の言葉は、混乱した私の頭の中に易々と入り込んでくるのだ。


 異世界で私の力を必要としている人がいると。そこに行けば私は必ず世界に名を轟かせる経済学者になれると。


 正直そんなものはどうでも良かった。今すぐ大物になりたいわけではなかった。

 けれど試しに私の力を必要としている人物について質問してみると、不思議と興味が湧いてきた。彼を助けてあげたい。彼の力になりたい。そんな思いが強くなってきた。


 そして私は決断したのだ。地球で積み上げてきた全てを投げ出し、この知識ひとつで彼を救って見せると。

 後悔がないわけではない。けれど、この機会を逃したら私はもうこの知識を活用できないと考えたら、動き出さずにはいられなかった。


 両親には悪いと思っている。成績こそ良かったが、両親とはまともに話をしてこなかった。その上で二度と会えない異世界という場所まで来てしまったのだ。これほど親不孝なこともないだろう。


 だけど、それはパラレルさんが何とかしてくれると言っていた。

 世界を渡るほどの力を持つ彼だ。きっと何か考えがあるのだと信じて、私はこちらに来た。


 手をグーパー閉じて開いて、足を折って伸ばして、身体の調子を確認してみる。

 身長もそうだけど、男性の身体というものを私は知らな過ぎた。こんなにも筋肉量に違いがあるものなのか。


 地球では平均以下の運動神経だった私は、エコノレ君のたくましい身体に感動している。

 きっと彼は、男性の中でも高い身体能力を持っているのだろう。細身だが筋肉質で、体重もかなり重い。


 もし世の男性が皆エコノレ君と同じような肉体を持っているとしたら、むしろ恐ろしくてならない。だから彼が特別なはずだ。


 しかし、エコノレ君はどうして騎士にならなかったのだろうか。これほどの肉体を持っていても騎士にはまだ不十分ということなんだろうか。

 私にはまだ分からない。幸い彼の記憶は共有しているし、少し時間を作って思い出してみるとしようか。


「おや、エコノレ。もう起きて大丈夫なのか? まだ30分くらいしか経ってないと思うが」


 おっと、身体の調子を確かめながら考え事をしていたら、いつの間にか下の階まで来ていたみたいだ。

 私の悪い癖だな。集中するとすぐに周りが見えなくなる。


 しかしどう説明するべきか。

 ここはエコノレ君のフリをするべきかな? いや、私は女だ。必ずボロが出る。

 それに、エコノレ君を救ってくれた恩人は、今や私の恩人も同じこと。嘘を吐くのは忍びない。パラレルさんも、特に異世界人であることを隠す必要はないと言っていた。


「実は、私はエコノレ君ではないのです。信じてはもらえないかもしれないですけど、私は異世界から来たんです。元は地球という星の、日本という国で暮らしていました。そしたらパラレルという男性に出会い、エコノレ君に憑依する形でこちらに」


 私が語る相手はタイタンロブスターという種族の、コンマーレという男性。

 さっきまでまさにロブスターの姿をしていたのに、今は青髪の美青年だ。身長はエコノレ君よりも低いけれど、頼もしさは彼以上。


 エコノレ君の記憶をたどってみると、タイタンロブスターという種族はかなり特殊な生態を持っているらしいことが分かった。


 まず、彼らには寿命が存在しない。理由は判明していないが、世界中に分布する彼らは生まれながらにして無限の命を持っているというのが通説だ。


 そして脱皮をするたび、特殊な才能を獲得するのだという。

 それは大きな肉体であったり、魔法の才能であったり、果ては人間にも等しい知能まで。長い時を生きるタイタンロブスターは皆高い知能を有しているのだという。


 しかし繁殖能力が弱く、大いなる力をもたらす脱皮も大変危険なため、その絶対数は少なく、現在では希少動物らしい。

 昔にどこかの国の貴族が、無限の命に嫉妬して乱獲したことも関係しているとか。


 そんな希少動物の彼は、私の言葉を聞いてとても意外な顔をしていた。まるで懐かしい友人に出会ったかのような、そんな顔だ。


「異世界……日本だと!? ああ、君も異世界から来たのか! まさかこんな所で出会えるなんて!」


 彼は今、何と言った? 私も、異世界から来たといったのか? ということはもしかして……。


「コンマーレさんも、異世界から来たんですか!? それも、日本を知っている?」


「その通りだよ、俺も日本出身だからな! いや~日本か、懐かしい名前を聞いた。その単語が他人から飛び出すなんて、思ってもいなかったよ」


 本当に嬉しそうだ。ノスタルジーと言えばいいのか。今にも泣き出しそうなほど表情を崩している。

 周りにいる彼の子どもたちも、父のそんな表情に驚いている様子だ。


「コンマーレさんは、どのくらい前にこの世界に来たんですか? 私はつい先日来たばかりなんです」


 あまりに日本を懐かしんでいる彼に、私は思わず質問してしまった。

 この問いかけをすれば、悲しい気持ちになるのは彼だけではないのに。つい先のことも考えずに聞いてしまった。気を悪くさせないだろうか。


「あぁ、かなり昔になるな。もう1000年以上この世界に……」


「1000年!? ということは、コンマーレさんは鎌倉、いや、もっと昔の時代の人ということですか!? もしかして、源平武者とか?」


 彼から飛び出した単語のスケールに驚きを隠せない。

 確かにタイタンロブスターは無限の寿命を持つ生き物だけれど、まさかそんなに大昔の人物が出てくるなんて思ってもみなかった。


「え? いや、俺がこっちに来たのは2020年だったけど。源平の時代が1000年前ってことは、もしかしてそっちの時間は全然進んでないのか?」


 ? どういうこと? 2020年なんてついこの間だけど。

 こっちの世界では1000年も経っているのに、向こうでは1,2年くらいしか経っていないというの?


 とにかく今は、彼が日本人というのが分かっただけでも充分かな。この世界には、私一人だけじゃないんだ。

 でもパラレルさんは、私の知識を活かせるって言った。てことは、そんなに沢山はこちらの世界に来ていないはず。コンマーレさんと出会えたのは運がよかった。


「まあそれはまた後で話そう。次はこちらから質問しても良いかな。まず、君がエコノレではない、というのはどういうことなんだ? 少なくともさっきまでは確実にエコノレだったよね」


「それなんですが、どうやら私、エコノレ君の身体に憑依する形で転移してきたみたいです。いや、正確には憑依とも違うかも。こう、二重人格みたいな感じです。今は私のターン」


 自分で言っててもかなり不思議だなぁと感じる。前世の私は二重人格ではなかったし、周りにも二重人格の人はいなかったと思う。


 だから私には分からない。ひとつの頭にふたつの人格が混在しているというは、これが正しい感覚なのか。

 そもそも性別の違うふたつの人格を持っている人なんているのかな?


「なるほどな~。なら、急に彼が疲れを訴えたのも関係があるかもしれない。もっと検証が必要だな。これからどうするつもりなんだい? 必要なら手助けをするけど」


「それは、私が決めることじゃありません。私はあくまでも知識をエコノレ君に伝えるために来ただけで、この身体の持ち主はエコノレ君ですから。でもきっと、彼は動き出しますよ、すぐにでも」


 そんな風に、会話は続いていく。彼はこの会話を聞けているのかな。

 私の時は、ぼやけていたけど全部聞こえていた。でも、今のエコノレ君はもう寝ちゃったかもしれない。

 後でちゃんと全部説明しなおしてあげないと。

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