第六話 異世界

 それからも談笑は続いていく。時刻は夕方で、もう太陽がかなり傾いていた。

 異世界でも、太陽が下がれば空が赤くなるのは変わらないんだなぁと、ぼんやり考えてみる。


 コンマーレさんは日本出身ということだけれど、積極的に日本の話をしたいわけではないらしい。

 彼はもう1000年もここで生きているし、日本のことなんてほとんど覚えていないのかもしれない。


 いやでも、彼はこちらの世界に来た年を正確に把握していた。覚えていないなんてことはないと思うけど。


 そもそも、タイタンロブスターは歳を重ねるごとに知能が高くなる動物。1000年も生きているのなら、彼の頭の中は私の想像の範疇に収まっているはずがない。

 一見中学生くらいに見える長男の男の子も、500年くらいは生きているらしい。


「お姉さん、苦手な海産物とかありますか? そろそろ夕飯の準備をするので」


「え? 私のこと?」


 コンマーレさんと談笑していると、例の男の子が話しかけてきた。

 けれど、どうして彼は私が女だと分かったんだろう。今の私はエコノレ君の身体で、口調こそ違うけれど男性にしか見えないはず。


 確かに話の流れから二重人格というのは分かるし、今の私を女性と判断したのも頷ける。しかし疑問に思わなかったんだろうか。


「ああ、さっきもエコノレ君に話したけどさ。本来魔法を使える人間は、相手が特別隠していない限り、相手の正体がわかるもんなんだよ。それに、自分じゃ気付いてないかもだけど、君結構女性的な顔つきしてるよ。髪も長いし」


 そ、そうかな。エコノレ君は確かに年齢のわりに童顔だけど、私の好みの男性。そんなに女性っぽい顔だったかな? 鏡か何かでちゃんと確認したい。


「それで苦手な海産物とかありますか? エビが苦手とか」


 長男君がせかすようにまた再度聞いてきた。

 そうだよね、このくらいのことには早く慣れなきゃ。異世界なんだから、きっと性別の違う二重人格の人もいるんだろう。


 それにしても苦手な海産物か~。

 前世ではエビとカニがアレルギーで食べられなかったけど、エコノレ君はどうなんだろう。ん~でも、ずっと食べなかったせいでもう嫌いになったしなぁ。エビカニは止めておこう。


「エビとカニは苦手かな。前世ではアレルギーでね、もう臭い嗅ぐだけで……」


 しまった! この子たち全員ロブスターだった! やっちゃった!

 皆人間の姿をしているからつい忘れてしまっていた。気を悪くしないだろうか。不安だ。


「そうか? 食ってみると意外と旨いもんだぞ。俺は特にエビが好きだな! ぶりっぶりに身が詰まってる奴が良い。あ、ちなみに俺はエビのしっぽまで全部食べる派な!」


「僕もエビは好きですね。転生してアレルギーを克服したなら、一度食べてみると良いですよ」


 えぇ、この子たち、普通にエビとか食べるんだ。むしろ好物なんだ。

 ちょっと意外かも。いや、言われてみれば、ロブスターはエビとは若干違うし、何なら共食いもするんだっけ。じゃあ普通のことかな。


「ハハ、あんま気にしなくていいぜ。俺たち結構特殊な部類だし、そもそも感性が人間とは全然違うんだ。そりゃ共食いは犯罪だけど、別の生き物なら普通に食うぞ。あホラ、俺が倒したメルビレイ。アレだって人間並みの知能を持ってるけど、俺たちゃ普通に食べるしな!」


 あのクジラ、知能が高い生き物なんだ。考えてみれば、ロブスターが言葉を話せるんだから、それも普通のことかもしれない。


 でもそう考えると、余計食べたくないかも。

 人間と同等の知能を持っているってことは、当然家族がいて、殺されれば仲間が悲しむ。それを食べるなんて、私にはちょっと厳しいかな。


「分かりました、エビカニは挑戦してみます。ただその……メルビレイさんは私には出さないでください。ちょっと怖いので」


「分かりました。父さんはいつも通り? 食べたいものがあれば用意するけど」


「いや、特にないかな。今日は……彼と彼女? の歓迎だから、張り切って作ってくれよな」


 コンマーレさんの言葉を受け、長男は厨房の方に向かった。他の子どもたちももう厨房にいて、料理の手伝いをするつもりみたいだ。


 彼の子どもは全部で四人。長男に、次男。それから長女に、末っ子の次女。

 皆前世の私より幼い見た目だけど、私よりずっと年上なんだろう。タイタンロブスターは先天的には知能を持っていなくて、長い年月をかけて人間並みの知恵を得るはずだから。


「なぁそう言えば、君の名前は何ていうんだ? あいや、無理に教えてくれなくても良いが、呼び方がちょっと不便でな。エコノレと呼ぶわけにもいかないし」


 確かにその通りだ。私を呼ぶとき少し不便だろう。


 でも……。できるだけ前世のことを思い出したくない。名前みたいに日常的に使っていたら、きっといつか地球に帰りたくなる。私はそのくらい意志の弱い人間なんだ。エコノレ君を助けることも、きっと途中で諦めてしまう。


「エコテラ。もちろん偽名ですけど、今はこれで勘弁してください。特に何も言わずこちらの世界に来てしまったので、向こうのことを深く考えたくないんです」


「エコテラ。良くわかった。俺は最初ロブスターとして生きてきたが、エコテラは人間だからな。思うところもあるだろう。扱い易いものを使うと良い」


 コンマーレさんが理解のある人で良かった。彼も異世界出身だから分かるのだろう。向こうの世界が今どうなっているのか。考えなければ良いのに、どうしても考えてしまう。

 エコノレ君にも、改めて全部説明したい。


 と、そんな話をしていると、子どもたちが料理を運んできてくれた。

 出てきたのは刺身と、米かな。酢飯ではないようだけど、お寿司に近い。


「悪いな、日本を思い出したくないという話をしたばかりなのに。港がすぐそこにあるから、ここいらじゃ歓迎の食いもんなんだ」


「ご心配ありがとうございます。大丈夫ですよ、私もお寿司は大好きですから。それにせっかく子どもたちが作ってくれたものなので、美味しくいただきます」


 コンマーレさんは本当に優しい。私の気持ちをちゃんと考えて言葉をかけてくれる。今は彼の言葉が温かい。


 まずは宣言通り、エビから挑戦してみようかな。

 前世ではアレルギーで食べると酷い症状が出てたから、臭いを嗅ぐだけで嫌がっていたけど、エコノレ君の身体ではきっと大丈夫だろう。彼は頑丈だから。


「では、いただきます」


 これはもう日本とか関係ない。癖みたいなものだ。ご飯を食べるなら、これを作ってくれた子どもたちに感謝を伝えないと。


 口に運んでみると、意外に臭いもきつくなく食べやすい。醤油とかはないようだけれど、このエビの味だけでも充分食べられる。


「おいしい!」


 エビってこんなに美味しいんだ。知らなかった。今まで食べなくても大丈夫と思っていたけど、知らないうちに損してたみたい。

 じゃ、じゃあ、もしかしてカニも?


「おいしい! 今まで嫌ってたのが嘘みたい!」


「喜んでくれて何よりだよ。ここの海鮮は全部おいしいからじゃんじゃん食べてくれ」


「ありがとうございます! 皆も、おいしいご飯ありがとう!」


 改めて子どもたちにもお礼を伝える。

 ここはとても温かい家だ。家族みんなが、私のことを思ってくれている。本当に運が良かった。


 それからも食事を続ける。さっきまで子どもたちはあまり私に話しかけてこなかったけれど、食事の席では沢山話をしてくれた。彼らの生活とか、この大陸の状態とか。情報としては充分だ。


 食事も終わり、やはり急に眠気の襲ってきた私は、長男君が案内してくれた部屋に再び戻った。


 改めてよく見てみると、女性ものの多い部屋だ。鏡台もあるし、服も女性もの。コンマーレさんの奥さんの部屋かな。


 ほんのりと女性の香りがするベットに身を預けると、私は途端に眠りについてしまった。

 異世界初日だったけれど、今日は楽しい一日だったな。



~~~~~~~~~~



「なるほど良くわかった、今の俺の状況というものが。パラレルという男は、こういう形で俺に知識を与えたのか。確かに都合が良いが、少々複雑な気持ちだな……。俺は、この女性の生活を破壊してしまったのだから」

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