第36話 僕とクリスマス③



 絵梨花と萌が丸井と買い物に行った日のこと。


「早苗の疑うような言葉に対しては全て『クリスマスなので』と答えろ。それで解決するのがクリスマスというイベントよ」


 と絵梨花が言ったところで丸井は腹痛に襲われてトイレに向かった。残された萌はおかしそうに言う。


「本当に解決するかね?」


「ま、普通なら無理だろうけど。早苗だからね」


 絵梨花がくすりと笑いながら言うと、萌も納得したように「ああね」と声を漏らした。


「好きな男に『クリスマスなのであなたの為に必死に考えました』なんてこと言われりゃ、嬉しくて些細な疑問は吹っ飛ぶだろうさ」


「確かに。さなちはあれで脳内お花畑だからねー。白馬に乗った王子様とかに憧れてるタイプでしょー?」


「ああね。ロマンチックなシチュエーションとか好きだもんね。結局マルオのこと気になり出したのって文化祭なんでしょ?」


「あ、私も聞いたよ。なんか男子に絡まれて困ってたところをまるっちが助けてくれたんだってね。まるっちも案外男だよね」


「にしても、見た目がヒョロすぎてとてもじゃないけど、王子様って柄じゃないよ」

 

「でもさなちはまるっちにゾッコンだからねー。さなちにしてみれば、まるっちは……」


 そんな話をしているとスッキリした顔の丸井が戻ってくる。


「王子様、ねえ」


「見えないよねー」


 何故か自分を見てニヤニヤと笑っている二人。戻ってきて早々に丸井は頭上にクエスチョンマークを浮かべるのだった。


「なんですか、二人して?」


 二人がそんなことを話していたことは、もちろん丸井は知りもしない。



 * * *



「一応クリスマスなので」


 これで解決するかは定かではないけど、とりあえず綾瀬さんに言われたとおりに言おう。


「……え」


 すると、宮村さんは驚いたような顔をして数秒固まる。そして、徐々にあわあわとした表情に切り替わる。


「あ、や、そ、そうなんだ! 丸井もそういうこと考えるんだね!」


 早口だった。

 自分の好きなジャンルのことをつらつらと話しているときのオタクくらい早口になっていた。


「そういうことならありがたく貰っとくね。お金はあとで渡すから」


「別にいいですよ。僕が観たいと思ってた映画ですし」


 これは僕のおもてなしの一つだから、とは言えないのでそう言っておく。


「でも」


「大丈夫です」


 しかし、どこか納得し切れていない様子の宮村さんは思いついたように売店コーナーを指差す。


「あれ奢る!」


 ポップコーンとかジュースか。

 もともと映画中はあまり飲食はしないんだけど、それで宮村さんが納得してくれるなら受け取っておくか。


 ポップコーンが嫌いとかはなくて、長い映画になればなるほどトイレが怖いんだよなあ。


 とはいえ、まだ少しだけ時間があったのでグッズコーナーを適当に物色してから売店に向かう。


「これでいい?」


 宮村さんが指差していたのはポップコーンとジュースのコンビセット。以前、映画を観に来たときに一緒に買ったものだ。


「ええ。大丈夫です」


 結局あのときも映画終わっても残ってたんだよな。今回はそうならないように頑張って食べよう。


 前回と同じような感じで注文を済ます。

 上映開始まではまだ時間があったけど、劇場は公開されていたので入ることにした。


 劇場内はまだ明るく、スクリーンには注意事項のような映像が流れているだけだった。

 他に人もいないので何だか変な感じである。こんな時間に入ることなんてまあないもんな。


「誰もいないね」


「まだ開始まで時間ありますし」


 僕が取った席は劇場のど真ん中である。席を確認してから僕らはそこに座った。


「……」


「……」


 隣同士なので、必然的に結構近い距離になる。この前の映画もそうだったと言われるとそうなんだけど、今回は二人だし、その辺も相まってこの前よりずっと緊張する。


 こんなときこそ宮村さんのコミュ力を発揮して雰囲気を保ってほしいものだ。

 縋るような思いで隣を見ると宮村さんも緊張している顔をしていた。


 僕の視線に気づいたのか、宮村さんも僕の方を見てきた。当然、目が合う。


 言葉が出ないまま、数秒だけ見つめ合う形になってしまう。どうしてか、視線を逸らすことができなかった。


 そして。

 数秒見つめ合った僕らはどちらからでもなく笑いだした。


「なんか変だね。なに緊張してんだろ」


「あはは、僕も同じようなこと思いました。いつもどおりでいいんですよね」


「うん……今はそれでいいんだよ」


 そんな感じで緊張も解けたので映画が始まるまでの間は、映画の内容について話したりした。


 話し出すと時間が経つのはあっという間で、いつの間にか周りには人が増えていて、劇場内は暗くなって、そして映画が始まった。


 あーあ、トイレ行くの忘れた。

 僕がそう思ったのは映画が始まって十分ほど経ち、尿意に襲われたときだった。


 このまま終わりまで我慢できるとは思えない。始まって間もないし、今ならばトイレに行ってもまだ大丈夫だろう。


 ということで、僕は早々に席を立ったのだった。

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