第35話 僕とクリスマス②


「行きますか?」


「ん? んー、うん」


 こんなところにいつまでもいても寒いだけなので移動を提案したのだが、どうにも宮村さんのリアクションの歯切れが悪い。


 彼女は毛先を指でくるくるといじりながら、こちらをちらちらと見てくる。


 何かを間違ったか?

 あるいは、現在進行形で何かを間違えている?


 移動の提案は正しいはずだ。

 だってこんなところにいてもいいことは一つもないだろうから。


 その前か。

 五十嵐さんは女の子の変化に気づけと言っていた。靴の件か? あれは気づいたに含めていいだろう。


 つまりそれでもない。

 僕が遅れたこと? いや遅れてないよ。そもそも移動することには関係してない。


 なんだろう。

 そう思いながら宮村さんに再び視線を向ける。彼女はまだ毛先をいじっていた。


 髪か!


「髪……」


「え、あ! うん!」


 いつもと違って毛先にパーマがかかっている。他のところを気にしすぎて気づかなかった。


 危ねえ。

 宮村さんずっとヒントくれてたのに。


「いい感じですね。クリスマスだからですか?」


 クリスマスだからオシャレをするというのはよく分からないけど、多分みんなそんな感じだろう。


「まあ、そんな感じ……」


 言おうとして、宮村さんは口をへの字に曲げて考える。そして、僕の方をちらと見て意を決したように口を開いた。


「今日、丸井と会うから。だから……」


 言いづらそうに、そっぽ向きながら宮村さんはそんなことを言った。

 僕と会うからオシャレをしてきてくれたのか。そう思うととても嬉しい。

 僕もせめてものレベルだけどオシャレ的なことをしてきたつもりだし、そういう気持ちなのかも。


「ありがとうございます」


「なんでお礼言うのさ。変なの」


 くす、と小さく笑って「行こ」と、宮村さんは歩き出した。僕もそれについて行く。


 駅前から移動し映画館に向かう。結果的に集合が予定より三十分近く早くなったので、その分映画までの時間が空いてしまった。


 けれど、どこかに立ち寄るほどでもないので映画館で時間を潰すことになる。

 いい意味でだけど早速予定が狂ってるな。


 映画館までは歩いて少ししかないので時間を少しでも潰したいこの状況としては非常に残念なことだ。


 あっという間に映画館についてしまう。


「それで、何の映画観るの?」


 宮村さんにはどの映画を観るかは伝えていない。そして僕としては観る映画は既に決まっている。

 何なら、既に席を確保している。


 もちろん僕がこんなに用意周到に立ち回れるはずはなく、この裏には綾瀬さんと五十嵐さんの助言があった。


『そういえば、さなち観たい映画あるって行ってなかった?』


 スイパラ以外のどこかへ行くとなったときに第一に上がった候補が映画だった。


 こういう言い方は良くないだろうけど、二時間くらい潰れるのがポイント高い。

 その上『映画はその後の話題にできるから初デートにはもってこいだ』という綾瀬さんのお墨付き。


 これがデートなのかどうかは改めて置いておくことにする。僕だけがそう思っている状況が恥ずかしい。


『そういえば誘われたな。なんだっけ、あの』


『サンタの話だったよね。えっと』


 ポチポチとスマホを触りながら五十嵐さんが険しい顔で言った。


『そうそうこれこれ』


 見つけたようで、スマホの画面を僕らに見せてくれる。そこには『誰がためにベルは鳴る。』という作品が表示されていた。


『でも誘われたってことは観に行ったのでは?』


 当たり前のことを言うと二人は同時に首を振った。断ったのか。


『あーしはそういうファンタジーの中でもロマンチックとかお涙頂戴みたいな映画好きじゃないの』


『私は血が飛び散らないと満足できないタイプだから』


 五十嵐さんは映画の趣味がイカれているということが新しく露見した。


『でも早苗は一人で行動ができない奴だから結局観に行けてないんじゃね?』


『そうだねー。観に行ったっていう話は聞いてないね』


『わざわざ言わないのでは?』


『いや、さなちは言ってくるよ。誰かに感想とか話したいタイプだから』


『ちょうどクリスマスの話らしいし、いいんじゃない?』


 ということで映画を観ることになったのだ。


「これなんですけど」


 劇場にある『誰がためにベルは鳴る。』のポスターを指差すと、宮村さんの顔がぱあっと明るくなった。


「え、丸井もこれ観たいの!?」


「ええ、まあ」


 めちゃくちゃ観たいと言えば嘘になるけど。でもあらすじを見てみると面白そうな話ではある。


 映画は基本的にアニメ映画以外は劇場で観ないから、こういうのは新鮮に思える。


「あたしもね、これ観たかったの! でも一緒に行ってくれる人いなくて困ってたんだあ」


 そう言う宮村さんは本当に嬉しそうで、その笑顔を見れただけでこの映画を観ることにした意味はあった。


 ありがとう。

 綾瀬さん、五十嵐さん。


「それはよかったです。あの、一応チケットも既に取ってまして」


 普通に考えるとこれ結構気持ち悪くない? 僕の気のせいかな。用意周到過ぎると、何こいつ気合い入りすぎやんってなる可能性ない?


「ほんとに? え、わー、ど真ん中じゃん!」


 僕が見せたチケットを見た宮村さんが嬉しそうに言う。本当にわかりやすい人なので一緒にいて辛くない。

 彼女が嬉しそうだと僕も嬉しく思える。不思議なことだ。


「どうしたの? 丸井ってそういうことできたっけ?」


 確かに宮村さんの疑問は尤もである。

 恋人はいない、どころか友達さえいないぼっちの僕がこんなことできるはずがない。

 そう思うのは至極当然のことだ。


 いつもの僕ならここで動揺して言葉を詰まらせるのだが、今日の僕は少しだけ違う。


 先日の綾瀬さんの言葉を思い出す。


『早苗の疑うような言葉に対しては全て「クリスマスなので」と答えろ。それで解決するのがクリスマスというイベントよ』


 本当にそうだろうか、と半信半疑ではある。しかし、僕にはそれ以外の選択肢はない。


「えっと、一応クリスマスなので」

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