第34話 僕とクリスマス①
緊張しているのか、昨日はよく寝付けなくて若干寝不足気味である。
ふらふらと起き上がり、冷たい水で顔を洗って無理やり目を覚ました。
目は覚めてもこみ上げてくるあくびは抑えきれない。くあっと口を開けてあくびを漏らしながら、僕は自室に戻る。
宮村さんといるときにあくびなんかしたら失礼だな。僕ごときにそんなことをされたらさすがの宮村さんもブチ切れるに違いない。
とは、さすがに思わないけど失礼なのは確かだ。
行きにエナジードリンクでも飲んでいくか。
綾瀬さんと五十嵐さんに見繕ってもらった服を着て、僕は早々に家を出た。
何というか、家にいると落ち着かない。そわそわしているのは今も一緒だが、その姿を家族に見られるのが嫌だった。
なので、家を出たのは集合時間の一時間以上前だった。
とりあえずコンビニに立ち寄りエナジードリンクを購入する。翼を授けてくれる例のアレである。
ちびちび飲みながら駅に向かう。この辺にしても特にすることはないので電車に乗ってしまい移動することにした。
本日は十二月二十五日。
つまりクリスマスである。まだ昼前だというのに、電車の中は少し混み合っていた。
家族連れというよりは恋人同士が多い。ちらほらと友達同士であろう同性のグループも見えたが、とにかく若者ばかりだった。
去年まではこの日に何か特別なことが起こることはなかった。
クリスマスプレゼントで貰ったゲームを朝からプレイしたり、アニメを観まくったり、とにかく家から出ることはなかったのだ。
だから、こんな光景も初めて見る。
世の中のリア充達はこんなに朝早くから行動しているのか。元気なものだな。
そんな僕が。
今年は友達……それも女の子と一緒に過ごすのだ。これはもうリア充みたいなもんだ。
憧れていた漫画やアニメの青春の一ページのようなイベントを僕はこれから体験するわけだ。
もちろん宮村さんにそんな気はないだろうし、今日という日を選んだのもきっとたまたまだ。
ラブコメ的な展開が待ち受けていないのだとしても、それでもクリスマスという特別な日に誰かと会っているだけで僕からすれば奇跡そのもの。
綾瀬さんや五十嵐さんにも相談に乗ってもらってプランは考えた。プレゼントも用意した。
今日は、これまでの感謝の気持ちを持っておもてなしをするんだ。
頑張れ、僕。
駅に到着したのは集合時間の三十分前だった。コンビニで立ち読みしたりしたのがいい時間潰しになったらしい。
三十分なら待てるな。
幸い、今日の気温は極寒というほどではない。冬なのでもちろん寒いが、我慢できるくらいのものだ。
なので、改札前で待とう。
そう思って改札を出たところで、僕は目を疑った。
他にも待ち合わせをしている人がたくさんいる。なので改札には広場があるとはいえ、それでも人がごった返していた。
にも関わらず。
僕はその中から、宮村さんの姿をすぐに見つけることができた。
いや、どうしてもういるんだよ?
もこもこのついた上着と、膝丈くらいのスカート。足はタイツに守られているので寒そうには見えない。
綾瀬さん達の言っていた通りなのか、宮村さんはマフラーや手袋といった類の防寒具はつけていない。
はあっと手に息を吐いて温めた彼女は、カバンから手鏡を出して前髪をいじる。
そして、鏡を見ながらにこりと笑みを浮かべた。何かいいことでもあったのだろうか。
僕は彼女に近づきながらそんなことを思った。
「あ、あの」
僕は声をかける。
手鏡から視線をこちらに向けた宮村さんは一瞬とても冷たい目をしていた。
こんな僕でさえ、まだ一度も向けられたことがないくらいに真っ黒な瞳だった。
「あ」
しかし、僕の顔を見た瞬間にいつもの宮村さんの顔に戻った。
けれど、僕はさっきの顔が忘れられずに顔を引きつらせていた。
「や、えっと、違うの!」
僕の異変の原因にすぐにたどり着いた宮村さんはあわあわとしながら言葉を並べる。
「さっきから何度かナンパみたいなのに声かけられて。それで、ちょっと鬱陶しいと思ってただけで! 別に丸井がどうこうじゃないからっ!」
「あ、そういうこと」
よかった。
マッハで何かしたのかと思った。何ならまだ始まってもいないのに何かやらかしていたのかと思った。
僕は心の中で安堵する。
「さっきからって、宮村さんいつからいたんですか?」
まだ三十分前なのに。
その前からいたということか?
「いや、そうは言ってもちょっと前だよ? ほんとに、一時間前とかじゃ全然ないから」
再びあわあわとしながら今度は盛大に視線を泳がせる。
ちょっと前から今までの時間であの顔するくらいナンパされていたのなら、短いスパンで声かけられていたことなる。
本当に一時間前から待っていたのか?
「……一時間前?」
「ほんっとに! 違うから!」
ここまで言うのだから違うのか、というか仮にそうなのだとしてもこれ以上触れると良くない気がするのでこの辺で終わらせておこう。
「なんか、いつもより背が高いような」
視線がいつもと違うことに気づいた僕はふとそのことを口にする。
「ああ、靴がね」
言いながら宮村さんが靴の裏を見せてくれる。ヒールブーツとでもいうのか、かかとが少し上がっているが、ハイヒールみたいに細くはない。歩きづらくはなさそうだ。
「それでですか」
ただでさえ僕の方が身長低いのが目立つのに、これだとさらに小さく見える。
それも宮村さんのオシャレだろうから僕からは何も言えないが。気にしても仕方ないので、とりあえず移動するか。
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